メモ1_ジョブ理論

因果関係でイノベーションを伝えることの大切さ:ジョブ理論

前回、紹介した『突破するデザイン』の読書感想文が、想像より多くの人に見ていただけたので(ありがとうございます!)、今回はそれに関連する本として、クリステンセン教授のジョブ理論の本を紹介したいと思います。

ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム
クレイトン・M・クリステンセン(他著)、依田光江(訳)
ハーパーコリンズジャパン 2017.08

著者のクリステンセン教授は、言わずと知れた名著『イノベーションのジレンマ』で有名な人ですが、彼がこの本を出したのは1997年と、もう20年以上も前のことです。イノベーションのジレンマが、イノベーションと市場の関係性を解き明かした内容だとすると、当時その一方で、どうすればイノベーションを起こすことができるかということを、長い考察と検討を重ねて学術的に取組んでいたものが本書の内容になります。

ジョブ理論の構造

ジョブ理論を端的に図で整理すると、このようになるかと思います。

まず登場人物は顧客と商品です。この2つ関係性をつなぐものに『仕事』と『雇用』の矢印が出てきます。この名づけらたユニークな言葉の意味は「顧客は商品をつかって何かしらの仕事を片付けたいので、商品を雇用して解決して結果的に顧客が進歩する」という、世の中のサービスの仕組みを仕事=ジョブに例えたものです。

このジョブは状況によって変わります。例えば、ミルクシェイクを買う顧客は「甘く冷たい飲み物が飲みたいから」というのが一般的な捉え方ですが、車に乗っている状況では「退屈な運転の時間を埋め合わせる」として、子どもと一緒にお店を訪れた父親の状況では「子どもにいい顔をしてやさしい父親に思ってもらえる」としてミルクシェイクを買う=雇用します。このジョブが何かを見極めるというのが、ジョブ理論を基盤となる考え方です。

こう説明すると、マーケティングで有名な「人々はドリルではなく穴が欲しい」や、ユーザー視点で考える「デザイン思考」を思い浮かべた人もいるのではないでしょうか。

本書でも、これらの視点はジョブ理論の考え方に通じるということを述べていて、概念だけでなくジョブ理論を実践していく中でも、感情面に着目したエスノグラフィ的なアプローチや、使用前後までの顧客の行動や気持ちを捉えたカスタマージャーニーマップの捉え方に近い要素が、読み取れます。

違いをあげるとすると、ドリルの話やデザイン思考が視点や考え方であることに対して、ジョブ理論はこれを仕組みとして、学術的な視点から顧客と商品のつながりを因果関係として捉えていることかと思います。そしてもう一つ、ジョブ理論を実践するための発想視点や気を付けるべき点など、まさに(長い時間をかけて構築されたと思われる)理論が本書には集約されています。

下のノートのメモに代表的な内容を書いてみましたが、興味を持った方はぜひ本書を読んでみて下さい。

イノベーションはデータで示せない

本書の中でクリステンセン教授は、データ分析に対する危険性を述べています。実はデータとは人為的なものなので、自分が信じたいようにデータやメッセージは適合させてしまうものだということです。そのあたりが本書の原題『Competing Against Luck』に込められているのではないかと推察します。(原題の意図は正直なところよくわからないので自信ないですが)

また、ジョブ理論を実践するうえでは、データとしては扱いにくいものがたくさんあります。例えば、顧客が考えているジョブの感情面を見つけることは、アンケートやインタビューから簡単に取れるものではありません。そこで観察などが必要になったりしますが、それは観察者による仮説であって、客観的・定量的に示せるものではありません。

本書の中での実践プロセスの解説でも、方程式的なフレームワークやメソッドがあるわけではなく、こういう観点で考えてみようというTIPS的な内容の紹介が中心となっています。大事なのは顧客のジョブが何かを自分自身で見つけることであって、データやフレームワークに頼るのは本末転倒ということなのだと思います。

デザインリサーチについて

ここで少し、僕の仕事に関わる話として、デザインリサーチのことを紹介したいと思います。僕は普段の仕事で、デザインの立場からリサーチを行うことを専門に取組んでいるのですが、そこでは例えば、直接的には関連性がなさそうな事象、例えば社会トレンドや顧客の特徴的な行動などから変化の兆しを見つけて、新しい商品やサービスのコンセプトや企画の方向性を提案する、というようなことをしています。

この取組みは、ビジネス側の人から見ると決してロジカルな方法ではないので、はじめは疑問(と不安)を持たれることが多いのですが、提案の背景に「なぜなら~」という理由を説明することによって、納得感や共感を得られることがあります。

で、この本を読んで、自分がやっていることは結局のところ、この因果関係を説明することなのだと思いました。新しい発想はデータによって自動的に生み出されるものではない、だけどそれを単にヒラメキで片づけるのではなく、「なぜなら~」の因果関係を見つけて構造的に示すことができると、本質のずれない議論や検討につなげられるのではと考えます。

そう考えるとこのジョブ理論は、例えばデザイナーが新しい提案を説明する際にとても助けになることだと気づかされます。

前に紹介した『突破するデザイン』は、デザイン思考だけに頼ることへの打開策として多くの気づきがありましたが、ジョブ理論はより実践的な事業企画などの場面で、それをどう実践して、かつビジネス側の文脈で因果関係を説明できるか、ということに多くの学びがありました。といっても、まだ自分の中での理解はまだまだ浅いので、これから実践で学んで理解を深めていきたいと思っています。

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最後に全体を通しての感想ですが、とても温かみを感じる文章なのが印象的でした。学術視点から書かれた経営学などの本は、全般的に文章が難解な傾向があります。(特に翻訳された本は言葉づかいの違いもそう感じることが多いです)それに対してクリステンセン教授の本は、一人の生活者の目線から語られていることが多かったり、世の中を良くしていきたいという思想が文章の端々から感じられ、なんというか人柄が伝わってきます。翻訳も素晴らしいと思います。

なので、ビジネス書に苦手意識のある人でも、この本はとても読みやすいのではないかと思います。ご興味がありましたらぜひ読んでみてください。

ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム

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デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。