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分類その3「雑学や知識の探究を主軸にした作品」

推理小説は本来、真犯人さがしを目的とした読み物であるが、時としてその目的を見失うほど、作者が作品の世界観を構築してしまう場合がある。
ただし、推理小説に舞台設定の魅力はとても大切だ。歴史ロマンだったり黒魔術だったり自然科学だったりと、読者が興味を示すだろう専門分野の、より深い見聞や博覧を物語の背景に据えるのは、作品の奥行きを増しミステリ趣味を膨らませる雰囲気づくりとして欠かせない要素だと言える。

しかし時としてその趣味・趣向は、登場人物たちにとって殺人事件の真相よりも重大な意味と価値を持ち、犯人さがしをそっちのけにして古代の謎や象形文字や絵画に隠された歴史の秘密へとテーマそのものが移ってしまって、肝心要の殺人事件がそっちのけにされるという面白い現象も見られるのである。

古典的な名作にもそれらの傾向が顕著なものもあるが、最近ではやはりトム・ハンクス主演で映画化もされたダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード」が代表選手だろう。
この作品、殺人事件はほぼ刺身のツマである(笑)。犯罪捜査の手順としては、かなり遠回りしていると言わざるを得ないが、読者が作者の趣味に同調してしまい、素数の2乗の和が666なんていうトリビアに夢中になるので、全く違和感もなく誘導され、迷宮美術館の中を引っ張り回されるのである。

中には事件らしい事件も起きず、その真相すらもどうでも良くなって終わる作品まである(笑)。

過去にタイムリープできる新薬とかも登場するので、この「猿丸幻視行」は最早純粋なミステリ小説ではないとも言えるのであるが、その部分を除いても、この作品もまた、和歌の世界に傾倒するあまり、読者を選ぶところがあるだろう。
正直私などは、全くついて行かれなかった口だ。それでも列記とした江戸川乱歩賞受賞作で、ジャンルを問われれば推理小説以外の何でもない。
そもそも柿本人麻呂という人物自体が、歴史ミステリの中の謎の人物なので、ここから着想を得る事自体は凡庸とも言える。

私の結論としては、こういった専門知識はミステリ趣味を盛り上げる為の背景に徹するべきであり、読者を何をもって愉しませるのかという焦点として、謎解きの中核を逸らしてしまう危険性がある為、バランスを大切にしなければならないと思うわけである。


2023.3.18


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