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『ザ・ボーイズ シーズン3』『ベター・コール・ソウル』の、人物の「視野の狭さ」をコントロールする演技法(入門編)

『ベター・コール・ソウル』の衝撃。

おひさしぶりです。
約3週間ぶりの演技ブログ「でびノート☆彡」なのですが、そのあいだ何をやっていたのかというと・・・ゆうばりファンタ映画祭に参加したり、コロナ陽性で倒れていたりもしていたのですが・・・基本的にはずーっとNetflixドラマ『ベター・コール・ソウル』を観ていました(笑)。シーズン6まであるんですが、見始めたらもう止まらなくなっちゃって。
で、これを見始めたらほかのドラマや映画が見れなくなっちゃって(笑)。

いやいや、だったらその『ベター・コール・ソウル』の演技について「でびノート☆彡」に書いたらいいじゃないか!と、ボクも思いましたよ。でも書けなかったんですよね。
それは『ベター・コール・ソウル』の俳優たちが演じている芝居がちょっと見たことのないタイプの演技法で・・・なんというか「演技に見えない」んですよね。そして「俳優の演技プランが見えない」!!

画面上で起きてることは荒唐無稽なことも多く、人物の行動もぶっ飛んでるんですが、俳優たちその演技法が「感情を演じてる」ようにも見えないし、「キャラを演じてる」のでも、「目的を軸に演じてる」ようにも見えない。

現代的な演技なのでもちろん「コミュニケーション」を軸に演じられているのだけど、見てるとどうもそれよりも人物の行動や情感に影響を与えている別の要素があるようで・・・それを3週間、延々と観察・解析していたんです。

そして『ザ・ボーイズ』シーズン3でも!

そうこうしているうちにAmazonプライムで大好きな『ザ・ボーイズ』のシーズン3が始まってしまって、正直いまは忙しいのになとか思ったんですがw、見てみたら・・・なんと『ベター・コール・ソウル』と同じ演技法で演じられていて・・・え?え?シーズン2まではそんなことなかったのに!

正直ストーリー的には『ザ・ボーイズ』シーズン3はシーズン1・2よりも地味な展開だし、『ベター・コール・ソウル』だってそもそも大ヒットドラマ『ブレイキング・バッド』のスピンオフだったんですが本家『ブレイキング・バッド』よりはぜんぜん地味な話なわけですよ。どちらもただただ人間関係が複雑にこじれてゆく様を描いている。でも目が離せないんです。その人間関係のこじれ方がドラマで見たことないレベルのリアルさで、それがストーリーを予想もつかなかった方向にねじり上げてゆくので、とにかく視聴者はドキドキしっぱなしなんですよ。

ああ、なんでこんなに見ててドキドキするんだろう!というあたりを観察・解析していたら、今まで見たこともない新しい演技法の存在が見えてきたので、それについて今回は書いてみます。でも1回では書ききれないくらい新しい演技法なので、とりあえず「入門編」!ということで。

キーワードは「視野の狭さ」です。

人物の視野の狭さをコントロールする演技法。

『ベターコールソウル』や『ザ・ボーイズ シーズン3』で演じられているその新しい演技法とは、「見た目を演じる」でも「感情を演じる」でも「キャラを演じる」でも「目的を演じる」でもなく、もちろん現代的な芝居なので「コミュニケーションを演じる」演技法の発展形ではあるのですが、コミュニケーション以上にもっと重要な要素があるんです。それはなにか・・・「人物の視野の変化」です。

『ザ・ボーイズ シーズン3』ではホームランダーの行動が二転三転を繰り返しますよね。
スターライトやクイーン・メイヴや、それこそブッチャーやソルジャーボーイのことを過剰に怖れて脅したり、逆に仲間に引き入れてうまくやろうとしたり・・・それが行ったり来たりするので、傍目に見ると一貫性が無くて彼が狂ってるように見えたりするんですが、ホームランダーの中では一貫性も論理性もあるんです。ただ彼が重要に感じることと、重要でなく感じることが彼の中でコロコロ変わっていて、それが彼の行動をコロコロ変えてしまうんです。

彼は考え方を変えたわけでも、反省したわけでも、性格が変わったわけでもなく、隠していた本性が露になったわけでもなんでもない。ただホームランダーの中での「リスクの重要度」が状況によってコロコロ変わる・・・それが芝居を大きく変えるんです。

ホームランダーは自分が調子よくて機嫌がいい時は、スターライトやクイーン・メイヴのことを軽く見ている、あいつらは軽く制御できると。彼女らの反抗心のリスクを小さく小さく見積もっているんです。だから彼女たちを雑に扱うのです・・・が、自分自身の立場や精神状態が不安定になってくると、彼女たちの反抗心が怖くなってきてそのリスクがどんどん大きく大きく見えてきて、彼女たちに服従を約束させようとしたり、監禁したり、罰を与えようとしたくなる。それがシーズン3でのホームランダーの役作りの基本、彼なりの行動の一貫性です。

ホームランダーの鏡のシーン(名演!)も、よくある天使のホームランダーと悪魔のホームランダーみたいな対立表現じゃない。あれはリスクを怖れないホームランダーと、リスクに怯えるホームランダーです。
リスクを安く見積もったり、過剰に高く見積もったりすることで、ホームランダーの行動は一貫性がなくなって、彼はさらに人望を失ってゆく・・・なんでしょ。シェイクスピア?ってくらい人間という存在が、人間社会の不条理が精密に描かれたドラマですよね。でも実際、我々の生きてる社会ってこんなことばっかりじゃないですか。職場や様々なコミュニティーがこんな風なくだらないいざこざで日々崩壊してますよね。

『ザ・ボーイズ』のクリエイターで製作総指揮のエリック・クリプキはインタビューで「私たちが生きているこの狂った世界について語れることに興奮しています」と語っています。 そう、この作品は人間社会の理不尽をリアルに描写することを目指しているんです。そこで生まれてきたのがこの「人物の視野の狭さをコントロールする演技法」なんです。

一貫性の無さまでを織り込んだ多面的人物造形。

今まで俳優は、行動に一貫性の無い人物を演じるときは「表の顔と裏の顔」みたいに人格を複数用意して切り替えながら演じるか、もしくは「正常な状態と異常な状態」みたいに本性と変性意識状態の2種類の芝居を切り替え切り替え演じてきたんですが、今回のこの「視野の狭さをコントロールする」演技法では「視野」の範囲を移動するだけなので、人格は同じままなんですよね。すべてが本性なんです。

俳優たちは自分が演じている人物が「今、なにが見えなくなっているか」をセットしてその状態で演じています。だからその人物の本性のまま、一貫性ない行動を演じることができる。

でもよく考えてみるとこれって普通にわれわれ人間の行動パターンですよね。われわれの行動に一貫性が無いのは、その時々によって「気を取られているもの」が違っていて、そのせいで「重要に感じないもの」がその時々によって変わるからふと、あとになって後悔するような行動をしてしまうわけじゃないですか。

「もう絶対に甘いものは食べない!ダイエットする!」と思っている時は痩せたり健康になることが一番気になっていることなので、甘いものを食べずにいられますよね。 ところが!目の前に美味しそうなスイーツが現れると、そのスイーツを食べるとどんな喜びがあるんだろう?ということが一番気になる状態に変わってしまって、痩せたり健康になることなんてどうでもいいような気がしてくる・・・で食べちゃう(笑)。

ひとはいま一番気になるものが変わると、その真逆にあるリスクが見えなくなる、視野から外れてしまうんです。
これは禁酒でも禁煙でも禁ギャンブルそうですよね。頑張って守ってきてても何かのはずみに「リスク意識」が視野から外れた途端に思い切った行動をしてしまう。これ、禁酒する自分も、呑んじゃう自分もどっちも同じ自分の本性ですからね。

人間って「目的」も「キャラ」も維持できないし、行動に一貫性を持たせることが出来ないんですよ。それは、人格が変わるからでなく、「何かが気になってしまうことによって、別のなにかが見えなくなってしまう」という性質のせいです。

『ベターコールソウル』や『ザ・ボーイズ シーズン3』に出てくる登場人物たちはそのような意味においてリアルに描かれていて、そして俳優たちはその「一貫性はないけれど必然性はある」行動を「視野の狭さを演じる」演技で見事に演じているんです。

いや~「リアルさ」と「予測不能さ」を1つの演技の中で共存させるのは至難の業だったのですが、その至難の業に特化した演技法がついに登場した!!!と、ボクは『ザ・ボーイズ シーズン3』や『ベター・コール・ソウル』を見ながら拳を振り上げてました(笑)

善玉も悪役ももはや無い。人間がそこにいるだけ。

『ザ・ボーイズ シーズン3』や『ベター・コール・ソウル』において、もう悪役も善玉も無いんですよね。全員が良い行動もひどい行動もする。だって「人間」って自分も知らず知らずのうちに他人に酷いことをしていたりする存在ですから、誰もが。この2作品ではそこまで描かれています。

しかし『ザ・ボーイズ』はシーズン3でホームランダーやブッチャーだけでなく、多くの俳優たちの芝居が一気に「キャラ」から「人間」に変わりました。
特にブラック・ノアール、そしてヒューイはシーズン3で変わりましたよね。今回彼らはいままでの「キャラ」の単純な行動パターンからは想像できないような予測不能な行動をとっていたし、複雑な彼ららしい葛藤を演じていました。面白かった。
単純な自己中心キャラだったAトレインもその自己中心性と向かい合うという複雑な心情の芝居を見せたし、クイーン・メイヴも今回は本気の芝居を見せてくれました。ようやくキャラから人間になれた。

こんなにたくさんの俳優の芝居が一気に変わるってどういうことなんでしょうね? もちろん新しい演技トレーナーが入って何かしたんだと思います。だって10名以上の俳優の演技が偶然同時に新しくなるなんてありえないですから(笑)。
そういえば『ベター・コール・ソウル』も本編『ブレイキング・バッド』のキャラっぽい芝居から、スピンオフの第1話から全員が一気に変わりましたからね。あそこでも何かがあったんでしょう。

この演技の新しい流れ、面白いので「でびノート☆彡」でさらに追いかけてゆきたいと思います。
この「視野の狭さをコントロールする芝居」を俳優が具体的にどうやって演じるかについての解析は、長くなるのでまた別の記事<実践編>で書くことにしますが、こないだちょっとボクのワークショップでこの演技法を試してみたんですよ。本当に芝居や演技プランが全く見えなくなりました。ただその架空の人物がそこにいるような芝居に・・・いやー面白すぎる。

とりあえず『ベター・コール・ソウル』はNetflixで、『ザ・ボーイズ シーズン3』はAmazonプライムで見れますので、ぜひ見てみてください。メチャ面白いし、あそこがおそらく最先端ですよ。

小林でび <でびノート☆彡>


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