【小説】SAVERS特別作戦任務 ラストバタリオン 第10話

「ゲームオーバー、だな」

 焦土の中に、佇む影があった。
 煙を吸い過ぎた私の意識は、どうやら体を離れたがっているらしい。
 そのぼやけた視界に、はっきりと浮かぶ人影はかの事件の首謀者に違いなかった。
 傍らには、拳銃――否、マシンピストルを構える鼻の高いゲルマン系の人間が居る。

「貴様ら、国家転覆は重罪だという事を知っているのか……何故この場に、現れた……いや、影武者か? ええいこの際何でも良い……ハァ、クッ……!」

 拳銃を、震える手で構えた瞬間、手が衝撃によって弾け飛ぶ。
 銃は目の前で、鮮血と共に宙を舞い、私の唯一の抵抗手段が目の前に失せる。
 傍らの薔薇ヶ咲に目をやると、歯を食いしばりながら一歩ずつ退いているようだ。
 
「影武者ではないよ。なぜなら、今や君達の力は我々のアジト―――だと思わせている所に分散しているのだから。恐れる事は何もない。そして、今武器の工場を破壊しようとしていた様子が見えたが、いやはや、夜分遅くに恐れ居る」

 歪な笑みを浮かべ手を鳴らす男に、唾を吐く。

「あぁ打つ手無しだな、それは認めよう。現実は非情そのものだ……だが、私は、私は屈さんぞ。貴様という邪悪の暴力にだけは。お前の魔弾が胸を貫こうとな! 何が目的か言ってもらおうか精神的に追い詰められているのは貴様だぞ!」
「ふむ、死に際に放つ命の閃光といった所か。良いだろう。私の目的をいい加減喋ろうか」

 白く歯を剥き出しながら、私の前で男は笑う。
 
「私、佐塔はかつて、天護の町で育った」

 マントを脱ぎ、手袋を脱いでこちらへと近付く。
 その手袋に隠されていたのは、機械的な義手。
 四本指の、歪な形の手を露わにしながら、眉を顰めつつ佐塔は語った。
 関節を鳴らし、さながら映画の人造人間のように。

「悪霊や悪魔蔓延る時代があった。そうだな快? そして、君の少年時代の活躍によって悪は滅びた――それこそが、噂に聞く禁忌の召喚者、その神話だと聞いているが」
「もう昔の話だ……それがどうした」
「しかし、私の家族は、助からなかったぞ。妹も、兄も、姉も、父も母も耄碌していた祖父でさえも――――そして、私の手足もだ」

 靴を脱いで、更に近寄って足を振りあげ、足をこちらの肩に預ける。
 その足は、人間の足を模した、というよりも歪な鉄クズを寄せ集めたかのような造形をしていた。

「よく見ろ。お前は、私を救ってはくれなかった。警察もだ。兵隊も何の役にも立たなかった。もう昔? そうだな。18年前の話で、戦いが終わった後だものな」
「……まさか、テレビで報道されていた、一名!」

 そうだ。
 思い出した。
 かつてグループホームのテレビ番組で、災害にあった一世帯の中で、たった一人の少年が救助されたというニュースを見たことがあった。
 当時、私は――ただ楽観的に、怪物達だけを倒していけば、平和になるとそう考えていた。
 目の前に起こる悲劇だけを、ただ能動的に救って。
 あの時の、私の力なら未然に、あるいは寄り添ってやることだって出来たかもしれない――ここで、巡り合うとは。

「お前達が自称する“正義の味方”とやらはいつだってそうじゃあないか? 事が起こってからでなければ動かないし、事を解決した後は放っておく。目の前の悲劇だけが全てで、液晶越しの惨劇には目を瞑りのうのうと生きる。貴様らは、人の悲劇を機械越しに”情報”として知ることができながらその”感覚”を知り得ない。それが、火事であれ、魔物に喰われ弄ばれたとしても」
「ふざけるな! 隊長がどんな思いでこの組織を――」
「黙れ仔犬が吠えるな! これは、復讐だ。過去の怨霊たちを蘇らせ、貴様の為だけに全てを巻き込んだ復讐なのだ」

 ――――確かに、私には復讐を受ける責務があるかもしれない。
 だが、ここで死ねば、一体どうなる。
 あのかつての平和は、ただ破壊されたままになる。
 SAVERSの意義は。

「――ならば地獄の果てでも罪を償おう。だが、仮に私が、死んだ所でこの日本は、どうなる?」
「いいや。君には苦しんで生きてもらおう。世界が滅ぶのを咥える指もないまま赤子のように泣き叫んで逝け――」

 瞬間。
 ほんの一瞬だけだが、力が湧いた。
 この男へ、飛び掛かり――――炎の中へと。

 目の前を染める赤。
 紅。
 朱。
 
 熱い耳に聞こえて来るのは、部下の呼び声。
 体は互いに地面に勢いをつけて転がり、建物の硝子を突き破ったらしい。
 破片を纏いながら、壁にぶつかって、後頭部を打つと、目の前に炎に照らされ、すぐさま立ち上がる佐塔の姿が見えた。

「お前には、生き地獄を味わってもらう……意地、でもな……そのために、そのためだけに、戦時の霊を操り、受肉させたのだから……」

 全身の痛みは、怒りが抑えてくれたらしい。
 今となっては、かえって動きやすい。

「ならば、私は私の罪を、君の罪と共に裁くとしよう! 君を無力化し、君を牢に、私は霊を祓う!」
「今更、遅いわ!」

 鋼鉄の拳が飛び、肉の拳によって交える。
 戦いは終わらないようだ――――。


  

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