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師走だけど、がんばりすぎないで。

2022年もあと一ヶ月を切るという先週、実は思いきっり風邪をひいてしまいました。1週間以上も風邪で寝込んだのなんて10年以上ぶりでした。

思えばこの三年間、ずっと踏ん張ってきた分の力が抜けたのかもしれません。風邪が治って、ちょうど何かの区切りがついたかのような気分です。

わたしと息子はタイに住んでいるので、パンデミックが始まった時はロックダウンでした。忘れもしない2020年の3月26日。

その日、当時7歳だった息子に向かって「これはもしかしたら三年くらい続くかもしれないから、そのつもりで色々考えようね。」と言いました。

あれから三年、わたしと息子は友人家族の紹介で、海辺の街にある小さなオルタナティブラーニングスクールに通うために引っ越して、その小さな小学校のコミュニティの力を借りて生きてきました。

日本からすると信じられないかもしれませんが、パンデミックの間、息子はマスクを強要されることもなく、オンライン授業は両手で数えらる回数ほどしかなく、毎日元気に学校に行きました。たくさんの規制がある中でも学校の工夫で毎週遠足に行き、給食の代わりに毎日お弁当を持って行きました。すべての保護者が協力的で、お陰で知らない土地でも安心して暮らせました。

世の中ではパンデミックの間に子どもの機会が奪われたことについてや、今後それにより子どもたちの成長にどんな影響が出るのかという議論があります。大人がどんな行動を取るかで子どもの機会が決まってしまうというのは本当です。

今回のパンデミックの影響はネガティブなものが多いかもしれません。一方で子どもを最大限に守ろうと努力した大人たちのもとにいた子どもは(少数ですが)「こんな大変なことが起こっても、工夫して乗り越えられるんだ」とか「どこまで政府や社会と折り合いをつけて、どこまで自分の自由や権利を守ったらいいか」ということを身を持って学び、強くなったのではないかと思います。

有事に大人が子どもの機会を最大限に守るのは、簡単なことではありません。自分の時間を犠牲にすることもあるし、努力とアイデアがたくさん必要です。普段から他人任せだったり、他責思考だとそういう時に踏ん張れないで、流されしまうのではないかと思います。

実際に周りからは「そこまでしなくていい」と言われたことが何度もありました。そんなに大変な思いをして、子どもの教育に力を入れなくてもいいんじゃない?日本に帰ってくれば義務教育はタダだよ?学校に行かなくてもいいんじゃない?ホームスクールは?頑張らなくていいよ。

人それぞれなので、もちろんそれでも良いと思います。
きっとそのその方がコストもかからなくて楽だと思います。

一番いいのは、義務教育が子どもの機会を守るという場面でちゃんと機能していて、そこに帰ることだと思います。でも実際そうじゃない。

義務教育がタダでも、マスクと消毒と規制のストレスの中に子どもを放り込む気にはなれませんでした。

学校に行かないのは、ひとり親家庭のわたしと息子にとって、社会とのつながりを失い、孤立することになります。それをわたしも息子も望んでいません。

日本の人たちは帰国しないわたしに「頑張らなくていいよ、」という声かけをよくしてくれました。でも、正直全然嬉しくなかった。むしろ口だけで無責任だなあと思ってしまいました。

だってそれ以外に自分の自由を守る方法はないのだから、なぜそれを放棄することを勧めてくるのか不思議でした。

わたしは頑張ってでも、自由を守る方を選びたかった。

ひとくちに頑張らないのがいいっていうのは、わたしにとっては納得いかない、おかしなことです。頑張らなくていいところで頑張ってる人が多いから、「頑張らなくていいよ」が響くんでしょう?

でも一生懸命生きてる人に、その言葉は響かない。

一度しかない人生だから、自分がどこで頑張りたいのかよく考えた方がいい。だから、師走ですけれど、あなたのその頑張りは頑張りたいからなのか、あなた自身に問いかけてみてください。

もし「頑張らなくていいよ」があなたに響かないのならば、あなたはそのまま進めばいい。わたしは頑張っているあなたを心から応援したいです。

でももし「頑張らなくていいよ」が響くのであれば、あなたは頑張らなくていいところを頑張っているのだろうから、そんなあなたは頑張りすぎないで。






いただいたサポートは、博士課程への学費・研究費として、または息子の学費として使わせていただいています。みなさんのサポートで、より安心して研究や子育てに打ち込むことができます。ありがとうございます。