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#252 豊島区の橋

今日は取引先へ訪問。

要町駅に降り、少し時間があったため目的周辺をぷらぷらと散歩をしていました。

すると。

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橋だ。

豊島区に橋?


橋があったってことは昔は川が流れていた場所?

気になってきました。

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谷端川

豊島区、北区、板橋区、文京区をかつて流れていた谷端川という河川がありました。

1962年(昭和37年)に谷端川は暗渠(目に見えない水路)の下水道となりました。

谷端川の水源は、千川駅と要町駅の間にある「粟島神社」でした。

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かつて、粟島神社から椎名町駅方面へ川が流れ、そこから要町を通るそんなルートでした。

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参照:http://wanjin.blog.fc2.com/blog-date-20180328.html


谷端川の歴史

もともとは粟島神社の弁天池などの湧水を集めて流れる細流でしたが、千川上水の余水を流し込むようになり、水量が急激に増えました。

それにともない、全流域で水田の開拓が行われ、水田耕地が増えました。

また谷端川は大雨のたびに溢れる川で、流域の都市化とともに改修されていきます。

1924年7月、谷端川の水量調節のために石神井川への放水路が開削。

1928年には千川(谷端川下流部)の大改修が決定し、1934年に下流部を鉄筋コンクリートの暗渠にし、その上を幅員18mの道路とする総延長3,272mの下水工事が竣工した。

上流域も都市化とともに工場排水や生活排水のため水質が悪化し、1958年には全域暗渠計画実現のための猛運動が展開され始めた。

1962年に河川としての谷端川は廃止され、1964年までに全区間が暗渠の下水道となりました。

また、1959年の狩野川台風でも谷端川上流部は洪水を起こし、1965年に下板橋付近から北に向かって石神井川に流れ込む第二排水路が開通。

参照:wikipedia


かつて川だった場所の面影があることに少しだけワクワクした日でした。


ちなみに北荒井橋にこんな銅像があったのですが、どんな銅像なのか知ることはできませんでした。


どなたかご存知の方はいらっしゃいますか?

もしいらっしゃいましたらコメントに残していただけると幸いです!!


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