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近未来建築診断士 播磨 第4話 Part1-1

近未来建築診断士 播磨

第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.1『受注』 -1

 町内集会所の広い室内は、ちょっとしたアミューズメント施設のようだった。卓球台があり、麻雀卓があり、VRボックスがある。子供用の絵本棚やホログラム知育機、とどめに壁面埋め込みスクリーンとステレオスピーカーまで。
 春日居燕が袖を引っ張って耳打ちしてきた。

「一日中あそべそうね」
「うん。お金あるんだなきっと」

 こちらの密談には気付かず、それらを得意げに紹介しながら町会長と理事長は事務室に入って行った。

 ■

「では改めまして、町会長の元木です。こちらはアメンテリジェンスマンションの」
「理事長をやっとります能荏です」

 元木会長は70前後、細身だが血色も品もいい紳士然とした人物だ。そのために能荏理事長の品の無さが余計に目立つ。2人は同年代のようだが、理事長は声が大きく、目つきが悪い。彼の言葉はどうにも恫喝のように聞こえてしまう。恰幅のよさがそれに拍車をかけていた。

「このたびは町会長さんたってのご希望で、我がマンションの診断をすることとなりました。まーウチにかぎって何か問題も出るわきゃ無いと思っとりますがね」

 つまり発案は町会長のほうで、自分にはそのつもりが無い。言われたから仕方なく依頼したということだろう。面倒くさいと考えていることを隠しもせず、だらけた姿勢でソファにふんぞりかえり、春日居に向かって笑いかけた。この手の人物は時折出くわす。
 ちらりと春日居をみる。見事な営業スマイルだった。

「まあ、でもね。こちらのマンションももう50年近く手入れしてないということですから、このへんで専門家に見ていただいたほうが良いという町内会の判断です」

 元木会長はしどろもどろ気味にそう言って、人のよさそうな笑顔をこちらに向けた。普段からこの理事長には苦労していそうだ。同情する。

 かばんからホロプロジェクタを取り出し、応接机の上に置いた。腕の端末を操作して起動し、事前資料として受け取っている建物データを空中に表示する。

「事前に町会長から頂いたデータを拝見しましたが、とても良い状態だと思いました。50年間修繕の手が入っていないとは思えません」
「だろう?」

 理事長は相好を崩した。だがこれはおべんちゃらではない。実際にアメンテリジェンスマンションの状態はとても良かった。壁にひび割れが無く、防水に切れ目が無く、排気口が汚れていない。

 春日居に指示して、事前に作ってきた診断業務計画資料を配る。

「ですので、調査期間は短時間になると考えています。エントランスや廊下、屋上、エレベーター等の共用部を中心に拝見しようと考えています。もし空き家がありましたら、そちらも数件調査させていただければとも思っております」
「空き家ね。見る必要はないと思うが」
「管理システムが記録している、配管等の劣化診断結果表をお借りできれば、見る必要もないかもしれません」
「ウチのシステムはぜーんぶを記録しとるよ。その結果から自己修復素材を活性化させるんだ」
「カタログを拝見しました。50年前でこの機能を計画されたのは、本当にすごいことだと思います」

 概要を見た限りこの建物に診断が必要とは思えない。古いシステムだが機能は十分、建物をカバーできているようだ。理事長はぼくの言葉に気を良くしたのか、宙に浮くマンションの写真を自慢げに指した。

「私は第一期の居住者だ。この建物の性能に惹かれてね。どうだい、こんなマンションが他にあるか?アメンテリジェンスは、アメニティとインテリジェンスを併せた造語だ。『建物自身が居心地の良さを考え、形作る』というコンセプトだよ」
「いや、なかなかこんな建物を拝見できる機会はありません。この機会に是非、勉強させていただければ」
「おう!しっかり見てって。ただし手短にね!」

 町会長は理事長から見えない位置で目配せして微笑んだ。電話打ち合わせの段階ではどうなることかと思ったが、なんとか仕事が始められそうだ。

【続く】

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