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「長い下り坂」の時代をどう生きるか【『何度でもリセット』第1章無料公開 前編】

先月発売された『何度でもリセット』は、銀行員を21年、経営コンサルを15年経験したのち、60代で僧侶となり、築地本願寺の大改革で話題となった安永雄彦さんが、人生100年時代の生き方を説く1冊です。
発売を記念して、本書の第1章を無料公開します。
今回は前編。これからの日本と、そのなかで生き抜くためのマインドをお伝えします。

「長い下り坂」の時代をどう生きるか

人生100年時代と言われます。
この言葉を聞いたときに、あなたの心の中にはどんな感情が生まれるでしょうか。
期待、希望、夢。きっとそれだけではないはずです。
不安、恐れ、焦燥。明暗両極の感情が、同時に渦巻くような複雑な心境になる人が少なくないのではないでしょうか。
長生きできる時代は、豊かな時代である一方、底知れぬ不安を呼び込む時代とも言えます。
もしも日本の経済が長らく安定した右肩上がりが続いていて、今後も成長が続く予測が立つのなら、楽観できるのかもしれませんが、現実はそうではありません。

2023年に発表された日本の出生数は7年連続減少の80万人割れ。出生率は過去最低の1.26をマークし、少子高齢化による人口減少は加速する一方です。
一方で、近隣のアジア諸国の経済成長は著しく、相対的に日本は「安い国」へと向かっているという指摘が後を絶ちません。
日本社会に生きる私たちは今、誰もがこれまで経験したことのない「長い下り坂」の時代を迎えているのです。

上り坂の時代と下り坂の時代で、何が違うのか。
わかりやすいイメージとして、「山」を思い浮かべてみてください。

登山をするときに、上を目指すときのゴールは一つ、山頂です。行き方やルートは一つではないにしても、目標とする地点は皆同じです。
「下山」の場合はどうでしょうか。山の麓へと、目指す地点は一つではありません。
360度、ぐるりと見渡して、さてどこに向かって下りるのか。選択肢は無限にあります。
すなわち、「どこへ向かうのか」と目標を定める意思決定が不可欠になるのです。

経済が伸び、社会全体が成長している時代には、個人が何も努力しなくてもなんとか人生は進んでいくものでしょう。
しかしながら、低成長・停滞の時代には、何もしなければはじき出されるだけ。

山道を下るためには、登るときとはまた違った筋力が必要になります。
重力でスピードがつき過ぎないように、より慎重にコントロールする意識も大切になります。
備えるべきは、賢く下るための新しい知恵。そして、自分で進む方向を決める力なのです。

生き方の選択はより自由に
そして生まれた新たな問い

2023年の夏を迎えた今、世の中は一気に「再起動」のエネルギーを発散させています。
世界中を襲ったパンデミックによって、「閉じる」ことを強いられた3年を経て、移動や集合に関するさまざまな規制が解かれました。
世の中全体が他者との交流や再会の動きが活発化していることを、きっと多くの人が肌で感じていることでしょう。

私が教員を務めるグロービス経営大学院が主催する在校生や卒業生向けカンファレンス「あすか会議」も4年ぶりに対面で開催されましたが、参加者の人数は過去最大規模に。会場はものすごい熱気に包まれていました。
また、セッションのテーマは、最新テクノロジー活用や上場に向けた経営戦略など、以前にも増して「成長」に舵を切った印象でした。

これほど急速に世界が動き出している今、どこか心が追いつかない、落ち着かないという人も少なくないはずです。
他者との交流の機会を減らし、自分の内面に向き合わざるを得なかった数年間から転じて、一気にさまざまな他者の思いや行動の刺激を浴びる日常へ。

リモートで働ける環境が整ったことで、都会から地方へ移住するなど新しいライフスタイルを始めるハードルは、ひと昔前と比べて格段に下がりました。
技術の進歩は私たちの「できない理由」を減らす利便性をもたらす半面、「では、あなたはどう生きるのか?」という問いを突き付けます。

「選択肢はたくさんあります。あなたはどっちに進みたいですか?」

そんな問いかけに即答できる人は、どれだけいるでしょうか?
おそらく少数派です。
なぜなら、これまで真面目に働いてきた人ほど、自分の意思を後回しに、求められる役割に対して一生懸命に向き合ってきたはずだからです。

私はこの本を手に取ってくださったあなたへ、これから続く「長い下り坂」を、一歩一歩踏みしめて前に進むための〝杖〞を渡したいと考えています。

下り坂を進むには、不要な荷物を一つひとつ手放していかなければなりません。
登るときには必要で、今は不要となった荷物―「こうあるべき」という古い価値観や幻想です。

そして、代わりに握りしめるべきは、私たちの足元を支える〝杖〞―自分自身の内面にある希望や理想、ありたい姿を求める「自分の軸」です。

私もまた、下り坂に挑む者の一人です。
まずは、思考のリセットから始めていきましょう。

今はこれまでにないほど
思考のリセットに適したとき

これからの時代を生きやすくするための技法として始めたい、「思考のリセット」。
これまで大事とされてきた習慣や価値観、ノウハウを手放すことはいかにも難易度が高そうで、反射的に否定感情を抱く人は多いかもしれません。
しかし今、私たちは、かつてないほどのレベルで「思考のリセットに適した時期」を迎えているとも言えるのです。

あらためて振り返ってみましょう。2020年初め、世界中を新型コロナウイルスという未曾有の危機が襲いました。人類共通のリスクと立ち向かうため、「ソーシャルディスタンス」の確保が社会活動の条件となり、従来のビジネスでよしとされてきた常識がことごとく否定されたことは記憶に新しいと思います。
会食、接待ゴルフ、対面での打ち合わせや会議、お得意様への定期的なご訪問、毎日の出社。
これらはすべて、かつての〝ビジネスの常識〞で「なくてはならないもの」として認識され、大半のビジネスパーソンが何も疑うことなく日常として受け入れていたことでしょう。
しかしながら、感染症予防の名目によって、この常識は突如「あってはならないもの」へと180度転換。対策を余儀なくされました。
対面の打ち合わせや商談、会議はオンライン化し、在宅のままのリモート勤務を認める会社が急増。これまでは「重要な契約を取り付けるためには欠かせない」と言われていたはずの会食や接待ゴルフは、実施が難しい時期が3年続きました。

ではその間、ビジネスは何も進まなかったのか?
答えはNO。
料亭やゴルフ場で付き合いを深められなくても、オフィスに出社できなくても、ビジネスは問題なくプロセスを踏んで進められることを、多くの人が実感したはずです。
この変化を社会全体が同時期に体験したことは、非常に大きな意味を持ちます。

私たちは自らの力で、「常識」や「当たり前」を変えることができる。

「変わる」ことはそれほど難しいことではなかった、と社会の大半の人が実感することができたのは、私たちが前に進むための重要な糧であるはずです。
体験に基づく確信を、活かさない手はありません。

なんでもかんでも一生懸命にやる時代は終わった

先の見えない、でもだからこそ無限の希望があるとも言える荒野を前に、私たちがまず捨てるべき荷物は何か。

「なんでも一生懸命やればなんとかなる」という常識です。

気合い、根性、成せば成る。どれも、私と同世代か少し下の40代半ば以上の人たちにとって馴染みのある言葉ではないでしょうか。
学生時代の部活動では少々手が出るのは当たり前のスポ根指導を受け、社会人になってからも「とにかく量をこなせ!」「人の何倍も努力して結果を出してこそ一人前だ」という根性論にどっぷり浸かってきた世代です。
たしかに、昔はそれでよかったのです。人口が伸び、国内外のマーケットが伸び、仕事を頑張れば頑張るほど生産と売り上げに直結し、みんなの給料も上がって、会社も成長した時代だったからです。
また、会社の成長とともに、ビジネスパーソンとしての個人の実力もメキメキ伸びてキャリアアップも約束されていました。
つまり、総じて「一生懸命が報われる」時代でした。
何も考えずに目の前の仕事に没頭するだけで、未来が明るくなる。そんな時代だったのです。

ところが今は違います。「一生懸命だけでは通用しない」時代です。
世の中にはモノが溢れ、消費者はちょっとやそっとの新しさでは見向きもしない。
かつ、国内マーケットの縮小によって、経済の成長は鈍化し、給料は上がらず、若者はなかなか結婚しない。
技術革新のスピードは速く、どんなに周到な準備で製品開発を進めても、あっという間に抜かれるかもしれない不確実性。「AIが仕事を奪う」と危機感を煽る声もあちこちから聞こえてきます。
人口や経済が伸びるという前提が崩壊し、価値観が多様化する今の時代には、ビジネスの正解も一つではありません。
社会構造や個人の人生の変化に合わせて、知恵を絞らないと、生き残るのは難しい。
「とにかくこれを作れば売れて安泰」と長時間労働で稼ぎを増やすモデルは、すでに賞味期限切れを起こしています。安泰を約束してくれる正解はどこにもなく、時代は行き詰まっているのです。

こうした変化は、30年前のバブル崩壊の頃から始まっていて、何度も警鐘は鳴らされてきました。
しかしながら、日本の企業社会の意思決定層はいまだに「昭和」という成功モデルの常識を引きずっているため、なかなかモデルチェンジができません。過去の成功体験がむしろじゃまをしているのです。
改革の主役になるはずの若者たちは、高齢化社会におけるマイノリティであるために、その声はかき消されてしまう。ゆえに日本の企業文化が根本的に変わるには、相当の時間がかかるでしょう。
「会社は滅多なことじゃ潰れない。このまま逃げ切ればなんとかなるだろう」とタカをくくっているのは危険です。

自分はなんのために働くのだろうか?
なんのために働きたいのだろうか?
そのためには、自分をどう活かしていくべきか?

もう一度深く向き合い、意思を持って承認欲求を否定して自ら動くことを、私は強くおすすめします。

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