おさやん

北海道十勝出身・東京在住。カルチャーと人が好き。人の奥底にある美しさに惹かれます。映画…

おさやん

北海道十勝出身・東京在住。カルチャーと人が好き。人の奥底にある美しさに惹かれます。映画と音楽の感想と、撮影した写真のアップが主ですが、深夜ラジオみたいな雑記も書いていきたいです。

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【感想】市子 ※ネタバレあり

良質な作品を観た後は言葉よりも感覚がじんわりと自分の中に残る。市子もそういった作品だった。 ミステリーのように謎がなんなのかを気にしながら見ているつもりが様々な者から観た市子像に自然にスポットライトが当たるように構成されており、市子の謎を追っているつもりが気づいたら彼女自身の実像を追いかけている秀逸な構成。 冒頭のシーン、市子が汗を垂らしながら歩く姿のままならなさ。その存在感に一気に引きこまれる。真夏の海から真っ黒な服を着た市子が歩いてくる。 少し猫背のようにも見える首

    • 見た目のコンプレックスの話

      自分の顔にコンプレックスを抱えるようになったのはいつからだろう。少なくとも小学生の頃はそんなことはなくて中学生くらいからだろうか。 私は子供の頃アトピーが本当にひどくて。自分でみても鏡に写る自分の顔が汚く思えてしまったことがはじまりかもしれない。あるいは写真に写る自分の姿が嫌だなって思って、行事の時などに自分の顔が写らないように逃げるようになったことがはじまりかもしれない。 とにもかくも理由やきっかけはいつだかわからないけど私は自分の顔にコンプレックスがある。なんというか

      • 誰もがきっとたたかっているから

        週末に岩井俊二監督のキリエのうたを観た。 今日はインタビューを読んで、パンフレットを読んで、余韻に浸っていた。 本作は音楽映画であると同時に震災による喪失を描いた作品だ。 映画から受け取ったメッセージのことを考えながら、街を歩く人に、かつて出会った人に思いをはせた。 あの人も、あの人も、やりきれない喪失感と闘いながら生きているのかもしれない。自分には知り得ない辛さをのりこえて、あるいは、辛さと共に歩んでいるのかもしれない。 つくづく人生には平等や慈悲はないな、と思う。

        • 喪失を実感する時とは

          お盆がすぎ、夏が終わる。そんな日にふと、色んな人との別れが今後増えてくるのかな、と思う。 死や喪失について考えるとき、おばさんのことを思い出す。正確にはおばあちゃんの妹なので叔祖母と呼ぶらしい。」「おおおばさん」なんて呼んだことはないのでここではおばさんと書く。 実家は二世帯でおばあちゃんと共に暮らしていた。おばさんは家から徒歩数分のところに住んでいてよくおばあちゃんとおばさんは互いの家を行き来していた。 本当に小さな頃から家にあそびに行っていたからとても近い親戚だった

        【感想】市子 ※ネタバレあり

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        • 【MOVIE】映画の感想
          27本
        • 【Pick】お気に入りのnote
          24本
        • 【Essay】日記や思ったこと
          103本
        • 【MUSIC】音楽関連のお話
          21本
        • 【Photo】撮影した写真
          18本
        • 【Column】ノウハウやコラム・考察
          2本

        記事

          心の想うままを、選択できるように

          なんだか久しぶりに自分の頭の中がまっさらにリセットされたような気分だ。 8月に1週間くらい北海道に帰っていた。パソコンも持っていかず、SNSも最低限しか見ず、1週間をすごして帰ってきたら、ものすごく頭の中がすっきりしていた。 北海道では頭も使わず、本当にやりたいことだけをして、会いたい人だけと会う時間をすごせた。 帰ってきたとき、今ならどんな情報も取り入れられるし、なんでもやれるような気がした。 ここ最近の自分はいかに限られた脳内リソースの中でかつかつに歩んでいたの

          心の想うままを、選択できるように

          自分の中の偏見の話 / 過去の感謝を忘れない話

          最近考えていることをぽつぽつとつづります。 自分の中の偏見の話今年で30になる。価値観をアップデートし続けていくことの難しさは自分の中で固定観念が占める割合が大きくなっていくからなのかもしれない。 人は自分の見たいように世界を見るというけれど、最近以前にも増して自分の決めつけや偏見で世界を見ているのではないか、と自戒をする機会が増えた。誰かにそう言われたわけではないけれどそんな感覚があるのだ。 フラットでいることは簡単なようで難しくて、気づいたら自分の正解や正義に固執し

          自分の中の偏見の話 / 過去の感謝を忘れない話

          【感想】コーダ あいのうた ※ネタバレあり

          これぞ映画。映画である必然性がある作品。 後半ずっと涙が止まらなかった。言葉にできないいろんな気持ちがあふれてただただ感動した。辛さやもどかしさや思い、その全てがごちゃまぜになった。全体的には辛さや残酷さの成分が多かったように思う。ただその中でもひしひしと存在している思いに力強さがあるから感動するのだと思う。 最後の約30分、発表会からの歌のシーンはとにかく泣けてしまう。 ろう者としての目線が描かれる音が消える演出。無音の世界。聴こえない娘の歌。感動する人々。娘だから誇らし

          【感想】コーダ あいのうた ※ネタバレあり

          Re:Start

          破壊と創造、青春と老後。はじまりとおわり。おわりとはじまり。 約3年前。一度ぶっ壊れて止まって。動き方がわからないまま。目をつぶったまま這うようにして歩んで、かつての自分の心のあり方もわからないまま。過去と比べてなんだかなって嫌になって、だけど少しずつ回復して。今に至る。 振り返ると幼児帰りしてまた自分をもう一度作り直すようなそんな日々だったように思う。 過去と因果。あれがあったから今の自分があると規定するのは簡単だけど、本当のところはわからない。自分は自分だ。今は今だ

          「迷惑をかけてはいけない」という呪い

          仕事は好きなはずなのに仕事にはしんどい気持ちもともなってくる。この辛いような、心がずしんと重くなるような気持ちはなんなのだろうか。 考えた結果たどりついたのが「迷惑をかけてはいけない」という自分に対する強い呪縛だった。 日本人なら多くの人が小さいころから「人に迷惑をかけてはいけない」と何度も何度も言われながら育ったのではないだろうか。 自分自身が嫌なことをされてもあまり気にならず、というか気づかず鈍感で、一般的に言う人に迷惑をかけられることを気にしない人間であるので、何を

          「迷惑をかけてはいけない」という呪い

          想いがこだまするあの瞬間をまた JAPAN JAM 2022

          夢見心地だったRISING SUN2019のELLEGARDEN。野外フェスが本当に夢の時間になってしまった2020年。あれから約3年がたった。 あれから色んなことがあった。ボロボロになりながら働いたこともあった。恋愛からは距離をおいてお休みをしてみることにした。ほとんど鬱になって屍のようになりながら這いつくばったときもあった。 LIVEがない日々の中でも音楽には何度も力をもらった。辛いことも嬉しいことも色んな経験をするたびに好きな音楽の幅は広がっていった。今まで特別では

          想いがこだまするあの瞬間をまた JAPAN JAM 2022

          コロナ禍での実家帰省と祖母の変化と。

          noteを書こうとするといつも「一定ちゃんとコンテンツにしなければいけない」という意識がはたらき挫折してしまうのだがあまりに更新頻度が減ってしまったのでTwitterの延長のような、あるいはもっと気軽な気持ちで今日はnoteを久しぶりに書いてみようと思う。特にメッセージもないけれどただただ最近のできごとと思ったことを綴っていく。 先日、約2年ぶりに実家に帰りった。新型コロナウイルス流行以降は初めての帰省だ。 1年以上帰省の期間が空くのは社会人になりたての年ぶりだった。

          コロナ禍での実家帰省と祖母の変化と。

          『竜とそばかすの姫』を個人的に考察・解釈してみた ※ネタバレあり

          観てきました、竜とそばかすの姫!今作もいろんな意味で細田さんらしい作品で良い点もたくさんありつつ、脚本やストーリーのわかりづらさが目立った作品でした。故にレビュー等で「どういうこと?」という声もたくさんあったので、こういう話かな~という個人的な解釈を記していきます。随時追加するかもです。 ※あくまで個人的な解釈になります。 物語の全体感テーマ:主人公すずが自分を愛せるようになり、アイデンティティを確立し、自分の足で歩みはじめるようになるまでの物語 すずは母親が自らの命と引

          『竜とそばかすの姫』を個人的に考察・解釈してみた ※ネタバレあり

          2021年のあゆみかた

          年が明けた。今年は2018年ぶりに東京で年をこした。年末の東京は普段のにぎやかさが嘘みたいに静かですきだ。今年はいつもより少しばかり人の気配がしたがそれでもやはり静かだった。 東京暮らしも5年。いつの間にか4年の札幌暮らしよりも長い時間を東京ですごしていたようだ。 実家に最後に帰ったのは2020年1月。今、十勝にはどんな空気が流れているのだろう。11月に結婚式で札幌に帰った。かつて生活の中心だった街なのに今暮らしている街と全く違う空気が流れていることを感じるほどに自分は東

          2021年のあゆみかた

          心に住んでいる人の分だけ人は人でいられる

          「君の心の中が私でいっぱいになればいいのに」 昔そんなことを言われたことがある。 その時ふと考えた。自分の心の中にはだれが住んでいるのだろうか。 何人の人が住んでいて、だれが、どれくらい、自分の心の中を満たしているのか。 思うに自分の心の中が心地いい人で満たされているほど、 そして、その人たちへの気持ちがあたたかなものであるほど、 人は豊かでいられるのではないだろうか。 独りとは、物理的に人といっしょにいないことではなく、 だれも心の中に住ませてあげられない状態なん

          心に住んでいる人の分だけ人は人でいられる

          手放してしまったのは自分の心なのかもしれないね。

          コロナ禍の世界で、人と人との距離は、前よりもずっと遠くなった。 東京というコロナが蔓延する世界で独り身で生きていると、人との距離を強く強く感じた。 しかし、最近気づいたことがある。 人と人との距離以上に、遠くなっていたのは「自分の心」と「自分自身の距離」なんじゃないかと。 私は自分の心に鈍感だ。自分自身の扱いが丁寧ではない。だから辛いことや嬉しいことがあってもついつい感情を噛みしめることなく通りすぎてしまう。 だからこそ人と関わることを通して、人と関わるからこそ、人を

          手放してしまったのは自分の心なのかもしれないね。

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          2020/10/26-27 小樽

          2020/10/26-27 小樽

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