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おやつ論文|世界と違う日本の楽観性

「楽観的な人」

とはどういう人だろうか?
想像してみてほしい。


たぶん,こんな意見が挙げられると思う。
「何とかなるだろうと考える人」
「お気楽な人」
「のんきな人」

じつはこれ,
日本と海外では捉え方が違うという指摘もある。


それではネット上の辞書で意味を調べてみよう。コトバンクでは以下の通り記載されている。

精選版 日本国語大辞典
〘形動〙 物事の成り行きをよい方に考えて心配しないさま。先行きを明るく考えてくよくよしないさま。

デジタル大辞泉
[形動]物事をうまくゆくものと考えて心配しないさま。「楽観的な見通し」「楽観的に考える」⇔悲観的。

(2021年6月28日閲覧)


海外ではこういった捉え方はしていないのか?これまでの研究を紹介しながら,その違いを説明していく。

結論から言うと

・「楽観性」といっても海外と日本では捉え方が違う
・ 海外は前向きな問題対処,日本はお気楽と捉えられる

という指摘がされているという話だ。ここからはできるだけ平易に書いてはいるが,ちょっと研究の話になる。面倒な人は上の太字だけ理解してくれればOK。



楽観性研究の位置づけ

心理学ではSeligman(1990)を中心に,健康などとの関連性が研究されてきた。また,Seligman & Csikszentmihalyi(2000)によって始まったポジティブ心理学の中核にあるとも言われている(島井,2009)。

定義については,一般的なものは先ほどの辞書の通り。研究における扱いでは,

物事がうまく進み,悪いことよりも良いことが生じるだろうという信念を一般的にもつ傾向(戸ヶ崎・坂野,1993)

ポジティブな結果を期待する傾向(Scheier & Carver, 1985)

とされている。研究では「特性的」楽観性とか「素質的」楽観性として扱われることが多く,英語では”dispositional optimism”と言われる。


楽観性の測定

楽観性を測定できる日本語尺度では以下のようなものがある。
・改訂版LOT-R(坂本・田中,2002
・楽観・悲観性尺度(外山,2013
・楽観性尺度(吉村,2007

LOT-R(正式名称省略)は多くの研究で用いられており,知名度もある尺度ではあるが,一つ大きな問題がある。内的整合性(α係数)が低いという結果が複数報告されている(ここでは引用省略,外山(2013)を参照されたい)。要は,尺度全体でしっかり楽観性を測定できているか怪しい,測定の精度が怪しい,という結果が出ている。


日本と海外の捉え方の違い

こうした(他にもあるけど)背景を受け,吉村(2007)では楽観性尺度を開発している。今回の記事の発端はこの論文にある。

吉村(2007)では

日本における楽観性は健康にポジティブな影響を与える一方で,ネガティブな影響を与える可能性もあることを示している。

と述べており,日本語の「楽観性」は先述したScheier & Carver(1985)の「ポジティブな結果を期待する傾向」よりも広義の意味が含まれていると指摘している。

つまり,海外で「楽観性」というと,前向きに問題対処をしていこうとする態度を示している。一方,日本で「楽観性」というと,先ほど辞書で調べたような「お気楽さ」「のんきさ」も含まれてしまうと指摘している。
例えば医者から「糖尿病になってしまいますよ」と言われて「まぁどうせならんだろう」などと考えるような人も楽観性が高いと言えてしまう。

そこで,吉村(2007)では,こういった「気楽さ」とLOT-Rの「前向きさ」を含めた2因子の楽観性尺度を作っている。これらの因子は,
「前向きさ」――将来に良いことが起こるだろうという期待(LOT-Rの定義)
「気楽さ」――「深刻に悩んだりせず,物事を良い方に気楽に考えること」(日本的捉え方)
という意味を含んでおり,より広義の楽観性を捉えることができる新たな楽観性尺度となっている。


まとめ

ここまでの話をまとめると,
冒頭で言った

・「楽観性」といっても海外と日本では捉え方が違う
・ 海外は前向きな問題対処,日本はお気楽と捉えられる

という違いが指摘されていることが分かった。

今までのことを振り返り,日常場面の会話で「楽観性」と言えばお気楽なイメージを思い浮かべ,研究場面の会話で「楽観性」と言えばよりポジティブなイメージを思い浮かべていた。

吉村(2007)を読んで,こうした言語間の捉え方の違いだけでなく,
自身の生活と研究間での捉え方の違いも存在すると思い知らされたような気分になった。

まとめとしては変な言い方にはなるが,そういった齟齬に気づくことができるよう,丁寧(笑)な生き方をしていきたいなと感じた。


< 文献 >

坂本 真士・田中 江里子(2002).改訂版楽観性尺度(the revised Life Orientation Test)の日本語版の検討 健康心理学研究,15(1),59-63.

Scheier, M. F., & Carver, C. S. (1985). Optimism, coping, and health: Assessment and implications of generalized outcome expectancies. Health Psychology, 4, 219-247.

Seligman, M. E. P. (1990). Learned optimism. New York: Alfred A. Knopf.

Seligman, M. E. P. and Csikszentmihalyi, M. (2000). Positive psychology: An Introduction. In Special issue on happiness, excellence and optimal human functioning. American Psychologist, 55, 5-14.

島井 哲志(2009).ポジティブ心理学入門―幸せを呼ぶ生き方― 星和書店

戸ヶ崎 泰子・坂野 雄二(1993).オプティミストは健康か? 健康心理学研究, 6,1-12.

外山 美樹(2013).楽観・悲観性尺度の作成並びに信頼性・妥当性の検討 心理学研究,84(3),256-266.

吉村 典子(2007).楽観性が健康に及ぼす影響――リスクテイキング行動,生活習慣,楽観的認知バイアス,健康状態との関連から―― 甲南女子大学研究紀要人間科学編,43,9-18.

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