多くの経営者は優秀だろうけど、同時に、優秀な人材に恵まれているんじゃないか説。
どうも、ゑんどう(@ryosuke_endo)です。
logmiに『仕事ができる優秀な人ほど、部下を育成できない理由
幹部・管理職に「変われ」と言う前に、見直したい組織のあり方』と題された記事が掲載されていたので思わずクリックして見に行くことにしました。
この記事の要約としては、仕事ができる優秀な人ほど部下を育成できない理由と、その対策について解説するものです。管理職の多くがプレイングマネージャーであり、そのために人材育成に対して十分な時間やリソースを割けていないという現状が指摘されているとともに、組織としての成長には、社長や経営層が自らの行動や表現の仕方を見直し、社員や幹部に対する教育やサポート体制を整えることが重要であると論ずるものとなっており、「名プレイヤー、名監督にあらず」といった格言をグラフとともに具体的な事例を用いながら解説していますので、興味がある方はご覧ください。
最近だと、駿台予備学校、東進ハイスクールで漢文などを中心に大学進学を目指す予備校生に指導をする寺師 貴憲さんが投稿した『予備校講師の新人時代、生徒に「東大出てない先生が、東大志望者の俺に教える資格あるんですか?」と言われたが世の中そうではないという話』がネット上で話題になっています。
これも「名プレイヤー、名監督にあらず」の逆問答だといえるわけですが、今回は無能派閥に属する人間として優秀な上司から求められたことに応えられない実績を積み重ねてきた立場から、「優秀な人たちは優秀な人たちでまとまって無能を引き上げてください」って話を書いていくことにしようと思います。
存続している企業≒存続させてる優秀な経営者がいる
中小企業庁が出している中小企業白書(2017)によると、企業生存率は、起業の1年後で95.3%、2年後で91.5%、3年後で88.1%、4年後で84.8%、5年後で81.7%となっており、10年後には72%(ベンチャー企業では6.3%)、55%(ベンチャー企業では0.3%)と年々減少していくといった数値が掲載されています。
これの意味するところは、いくらすばらしい製品やサービスを思いつき、形にしたところで、それを世の中で必要なものと認識されつつ、それを軌道に乗せて企業の利益を確保し続けられるかどうかは経営者の経営能力に依ります。
企業経営者が愚鈍で無能な存在だった場合、やることなすことが世の中の流れとは真逆に舵を切ってしまうのかもしれませんし、その下で働こうとする従業員の人たちも決して賢いわけでもなく、ただただ無闇矢鱈と売りつけたり売り抜けたりといった殺伐とした雰囲気の中で衰退の一途を辿っていくのでしょう。
つまり、企業が存続するってのは決して簡単なことでもなんでもなく、舵をとる存在である経営者が優秀でなければ市場競争の中で生存し続けることすら難しいのです。
厳しい生存競争の中で生き抜くためにやることといえば、自社の製品やサービスを市場の中で適切な場所に適切な機会と時期をみて提供する仕組みを構築することで、そういった仕組みから構築することができる人は得てして優秀な人でしょう。
ぼくのような無能には、仕組みや流れなどを構築する能力はありませんから。
優秀な経営者の求める要求に応えられる人材
上で見てきた通り、優秀な経営者が描く仕組みや工程などを実現できるだけの優秀な人材が組織にいるからこそ、経営者は積極的な戦略と戦術を想起し、実現していこうと躍起になるのです。
ただ、そこに付き従う人材が無能だった場合、実現することはできません。
そうなると5年、10年と存続することができている企業の中には、優秀な陣頭指揮を取る経営者だけでなく、付き従っている従業員も優秀だと言うことができます。
いくら優秀な経営者でも一人で何でもかんでもこなすわけにはいきません。1年365日、24時間といった時間的な制約を受けることは経営者であろうとなかろうと平等に訪れるもの。
企業を存続させるためには売上を上げ、経費を少なくし、利益を確保していく必要があります。でも、経営者一人では売上規模を大きくすることにも限度があるため、仲間を増やしていくことがどうしたって必要です。
ただ増えればいいってもんじゃありません。
優秀な経営者が思い描く戦略や戦術を実現できるだけの優秀な人材でなければいけません。経営者が思い描く戦略や戦術の中には、具体的に落とし込まれてきた経営上の数値があり、それを実現していくことによって市場における競争力を上げて生存確率を高めようとしています。
そこに何もできない木偶の坊が加わったところで、組織内の圧力や競争力、何よりも速度感についていくことができずに脱落していくこととなるのは明白です。
経営者に近いところにいる経営層は、自分がどう思うかといったことではなく、組織としてあるべき姿が何かを理解するだけでなく体現することができ、数値に落とし込んでいくことができる(その企業にとって)優秀な人材だってことがいえるでしょう。
優秀な経営者の求める要求に応えられる人材の要求に応えられる人材
経営者が存続させられる企業を経営している優秀な人材であり、その周りを固める人材も経営者の思う戦略や戦術を体現できる優秀な人材であるからこそ思い切った行動をとることが可能になります。
さらにいえば、その組織図上の下に位置する人たちも、そんな優秀な経営層の求める要求に応えられる人たちがいることによって存続するための成長を実現することが現実味を帯びてくるわけで、逆をいえば、末端にいる従業員が優秀でないのであれば残念ながら企業の成長はあり得ません。
冒頭で紹介したlogmiの記事は「仕事ができる優秀な人材が部下を育成することができない」点について解説していくものでした。「名プレイヤー、名監督にあらず」といった格言は的を得ていると思う反面、組織で動く以上は評価制度なども含めて考える必要があるでしょう。
いくら後輩や部下に対する指示や助言などといった行為や行動が適切に取れない人であったとしても、評価制度など人事考課が適切に機能しているのであれば問題ないはず。
さらにいえば、企業が求める人材像が曖昧であるが故に人材要件が固まっていない状態で面接等を行い、その企業に適合しない人を採用してしまった結果、離脱していく従業員が増えてしまっていることだって考えられるかもしれません。
世の中にある企業は弱肉強食の殺伐とした世界線で凌ぎを削りながら生き残りをかけて闘っていますが、企業内の人材は弱肉強食ではなく適者生存です。つまり、その企業に適応できる柔軟性を持っているのか、そもそもの素養としてその企業に適した特性や技能、知識を有しているのかどうか。
それも含めて優秀かどうかを判断すべきであって、それを「ただ成績がいいから」といった単純な価値基準で優秀かどうかを決めることはできないはず。だから、その組織における制度や評価軸に適合して自然と成績を収めることができる人は確実に優秀だといえるのではないでしょうか。
おわりに
わかりますか。ここまで記載した通り、優秀な経営者だから企業を存続させることができるし、その経営者の要求に応えられる人材だから企業は成績を伸ばすことができるんですよ。
さらに、その人材から指示を受けて実行する能力を備えた優秀な人材がいるからこそ、企業はさらに規模を拡大したり路線を変更するといったことが実現できます。
そう考えると、世の中には優秀な人しかいないんですかね。
いや、まだ、ぼくがいます。上司のいうことは理解できないだけでなく、理解したフリをする。「わかりました」と述べたのに、上司の求める水準では仕事ができず、独自の判断をしてしまうがために間違った方向で仕事を進めてしまうために怒られる。
そんな無能でも生きていける世界に、早くなって欲しいものです。
ではでは。
ゑんどう(@ryosuke_endo)
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