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外壁工事で『マインド・ゲーム』を思い出した

 住んでるマンションが外壁工事で養生ネットに覆われていて、晴天の日も窓の外はうっすら曇っています。緊急事態宣言は解除されたとはいえ出掛ける用事もなく、せめて散歩でもするかと思い立つのはだいたい夕方だったりするので、たまに昼間に外に出たときは予想外の明るさにおののきます。

 映画館を出たときみたいだ。

 さっきまで居た建物の中と今居る屋外とが繋がっている気がしなくて、時間なのか空間なのか飛び越えてしまった感覚になるのが、映画館に似ています。映画の場合は上映中に別世界を観て聴いているわけですが、マンションの場合は現実世界をずっと見て聞いていたのに外に出た瞬間に違う世界に来たような気になり、より不思議です。
 
 映画を観たあと、暗闇を出てすぐに現実に引き戻されることもあれば、余韻を引きずって半分映画の中に身を置いたまま数時間過ごすこともあります。半分は言い過ぎか。頭の片隅で、もしくは真ん中で、登場人物のことを思ったり、物語のテーマを考えたり、あるいは好きだったシーンを反芻したり、そのせいで目の前の現実が疎かになる、というようなことは時々あります。いい映画ほどなる。
 ただ、映画を見る前と後で現実の景色が違って見えるという経験をしたのは、一度だけ。『マインド・ゲーム』を観たときだけです。

 大学3年の夏でした。ネットで観た予告編にやられて、それ以上の情報を入れずに渋谷に行きました。当時は渋谷なんて映画を観る以外で訪れたことがなく、これといって嫌な目に遭ったわけでもないのに悪いイメージしかありませんでした。田舎者で小心者の完全なる偏見。
 その日は快晴でとても暑く、ギラギラしてる人たちやイライラしてるっぽい人たちをチラチラ見ながら汗ダラダラで坂を上ってシネクイント(今ある二代目ではなくパルコの上にあったやつ)に辿り着いて観たのが、アニメーション映画『マインド・ゲーム』です。
 悲惨な死に方をした主人公が神様に逆らって生き返りヤクザを殺したりクジラに飲まれたりする奇想天外な作品で、展開が早いのに情緒もあるし何より絵の躍動感が凄まじく、2時間弱の上映中、私はたぶんずっと口半開きだったと思います。3D映画すらなかった時代に4DXみたいな衝撃を受けました。

 そして上映終了後、映画館を出ると、渋谷の街が全く違って見えた。

 人も建物も青空も何も変わってないはずなのに、目に入るものすべてが鮮やかに迫ってきます。さっきまで観ていた映画がまだ続いているような、映画と現実が繋がってしまったような、ドラッグとかやったことないけどこんな感じなんじゃないかって思うくらいに。嘘みたいだけど本当の話。
 あまりにも衝撃的で、夏休み明け、大学(芸術学部の映像学科)の授業で出された「夏休み中に体験した出来事をもとに創作シナリオを書く」という課題に対して、『マインド・ゲーム』を観た直後に告白してフラれて映画館の前で車に轢かれて空を飛ぶ男の話というわけのわからないシナリオを提出したほどです。

 あれ以来一度も、映画を観た後に、というか何をした後でも、あんなふうに景色が変わったことはありません。あの感覚を、フィクションを観て現実の見え方が変わるというのをフィクションで表現するにはどうすればいいんだろうか、いつかやりたいな、なんて思っていたのですが、今年放送されたテレビアニメ『映像研には手を出すな!』の終盤でやってました。
 主人公たちが作ったアニメのDVDを買った名も知らぬお客さんが、鑑賞後に窓の外を見るとさっき観た架空の世界の建造物が現実の町の中にゴゴゴゴと立ち上がる、という描写。私の経験とドンピシャではないけれど、この感じこの感じ!と感動しました。
 ちなみに『マインド・ゲーム』と『映像研には手を出すな!』は同じ監督。湯浅政明おそるべし。あ、でも原作にもある描写なのかな、『映像研~』のあれは。だとしたら大童澄瞳もおそるべし。(敬称略)

 私の現実はというと、外壁工事のせいで羽毛布団を干せないまま梅雨を迎えてしまい悲しい。

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