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敵役の春

敵役は変身もせずに、踏切を待っていた。


スーパーからの帰りで、家路に向かう途中の踏切だった。敵役こと岩下隆は、今日は暑い春の日だからと、そうめんとキムチと氷を買った。すべて混ぜて、食べるつもりだ。揖保乃糸は買えなかったからなんか似た変な名前のそうめんを買った。


まあ別に、ニセモノでも悪くないよな。ニセモノであることを誇れば。岩下隆は、考えていた。そして俺は一生敵役を抜け出せないだろうと、思った。カンカンカンカン・・・・・・。踏切が赤く唸る。敵役は、今までに自分を嫌った人たちの顔を思い出している、そして、今でも彼らの敵意が、自分に向いていることを確かめる。


「しってるんだ。俺がこの矢印を反転させる方法は「今からこの踏切に飛び込んで、轢かれれば一発さ「究極的な加害者が、被害者になるにはそれしかないんだ
「もう、そうめん、食べなくてもいいかもな……


そう呟きながら、岩下隆はじっと立ちつくしている。踏切はカンカンカンカン言う。岩下隆はおだやかに微笑んでいる。踏切は音を止めた。岩下隆は踏切を渡る。人々は日常をすすんでいく。


「でも、ニセモノでも悪くないよな、ニセモノであることを誇れば」「やっぱり、暑い日に食べるキムチそうめんは、最高やからな。」

「変身」


岩下隆はそう呟く、ほほえみほほほえみのまま。彼の肩幅がバカみたいに広がって、マリオの妨害みたいな棘が四本生えてくる。人々はぎょっとして走り去る、蜘蛛の子のようにいなくなってしまう、車のクラクションがラッパのように鳴る。誰かがヒーローに通報する、悲鳴がそこかしこで聞こえている。


岩下隆は、そのままじっと立ちつくす。なにも破壊することのないまま。ヒーローが近づいてくる足音が響いてくる。岩下隆は、じっと聴いている。俺の命運を決める音だ、殴られる時を待っていよう。敵役はてんしのようにほほえんだ。


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