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無数の分岐を生きた私ーミニ読書感想「森へ行きましょう」(川上弘美さん)

川上弘美さんの小説「森へ行きましょう」(文春文庫)が胸に残った。自分にとって、人生にとって、大切な一冊になった。生きるということは無数の分岐点に立ち、どの道を行くのか選ぶということ。何気ない日常も、何者でもない自分も、そうした選択の上にある唯一無二のものなんだと実感できた。


ある女の子が、「留津」と名付けられた世界と、「ルツ」と微妙に違う名前になった世界、二つのパラレルワールドが交互に進行する物語。生まれた日、生まれた場所、家族構成にほとんど違いのない「二人」の女の子のはずが、時を経るごとにどんどんと異なる人生を歩んでいく。

その道の異なり方は、まるで森を歩くようだ。

森には道はない。曲がり角は明確に示されない。しかし実は、目の前の木を右側に避けるのか左側に避けるのか、それだけでも向かうべき方向が変わってくる。その選択が実は大きな岐路だったと気付くのは後になってから。なぜなら足元を見ても枝分かれは分からず、振り返った轍だけが答えだから。

面白いのは、ある男性の存在。パラレルワールドのはずが、この男性は共通のパーソナリティ(特徴)を持つ。しかし、主人公の性格や経験、男性との出会い方が異なるだけで、この男性との付き合いは全く別物になる。

森の中のリンゴの木に、旅の最初で出会うのか末路で出会うのか、ブドウの木に立ち寄ってから出会うのか空腹で出会うのか、タイミングによってありがたみや印象が変わってくる。同じ森だとしても、歩く人が異なれば違う分岐が浮かび上がる。人生もまたそうなのだろうな、と思わされる。

この物語は、「あり得たかもしれない自分」を可視化する。主人公と同じように、名前が微妙に異なる自分が、違う次元を生きているかもしれない。その自分は、あの時の失敗を回避し、私よりも上手く生きているのかも。あるいはそうではないのかも。

だけどそんな自分に、どう手を伸ばしても出会うことはできない。森の中の幻影のように。

結局は、この自分を生きていくしかない。この森を迷うしかないのだと気付くわけだけど、不思議と気持ちはすがすがしい。

ここにいる私は、無数の道を選んできた。そしてこれからも、また選んでいく。選んでいくしかないし、選んでいきたいとも思う。

人生に辛くなったとき、私はまた本書を開くことになるのだろう。

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