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宗教的終末の技術的実現ーミニ読書感想『透明性』(マルク・デュガンさん)

仏作家マルク・デュガンさんの『透明性』(中島さおりさん訳、早川書房、2020年10月25日初版発行)が考えさせられました。トランスヒューマニズム(超人類)と意識のアップロードがテーマのSF作品。冬木糸一さんの『SF超入門』(ダイヤモンド社)で取り上げられているのをきっかけに手に取りました。以下、感想はネタバレを含むのでご注意ください。

トランスヒューマニズムは、ハラリ氏の『ホモ・デウス』で言及され、印象に残っていました。遺伝子工学などの科学が発展すると、いまの人類より明らかに進化した神人類(ホモ・デウス)が誕生するという言説です。ハラリ氏は、神人類になる富裕層と、そうした進化の恩恵を得られない低所得層との格差の問題を予言しました。

本書では、そうしたトランスヒューマニズムを追求するグーグルに対し、元グーグルでアイスランドに密かな集団を置く女性が革命的奇襲を図る物語。その奇襲とは、「人間の意識や記憶を、人工的な肉体に置き換える」という、「意識のアップロード」の実現でした。

舞台となる近未来では、人々はグーグルをはじめとしたネットサービスにあらゆるデータを渡している。このデータの集積を活用し、自分自身と全く同じ存在を人工的肉体に移す技術が、主人公が社会に打ち出した革命です。

何が革新的なのか。それは永遠の命が手に入るからです。

トランスヒューマニズムは、どれほど今の人類より高度化しても、死を遅らせるのが精一杯です。少なくとも肉体は有機物。対して意識のアップロードは、文字通り不死。しかも、意識が磨耗すること、老化することがありません。主人公の説明では、たとえ移管した人工的肉体が何らかの理由で破壊されても、すぐさまスペアに意識を再現して再生が可能。進化するまでもなく、今の自分で、永遠の生が得られるわけです。

主人公は、この意識のアップロードに値するのは、地球と人類社会の持続性に貢献する者のみだと予言する。アルゴリズムが選別するのです。つまり、消費主義的で、環境保護意識のない者は生まれ変われない。永遠の生が欲しければ、悔い改めよというのです。

これは、キリスト教などにおける「最後の審判」と瓜二つではないのでしょうか?

つまり本書は、科学の進歩の先には、宗教的終末の技術的再現があり得ると指摘している。これが何より面白いと感じました。

あり得る話だと思うのです。ただでさえ、生成AIなどの原理は素人には魔術と変わりありません。意識をアップロード出来ると言われれば、それが不可能だと反証することは困難。あとは、その受け皿となる人工的肉体が登場すれば、本書で語られる永遠の命は、絵空事とも思えないのです。

生成AIは、人間の言葉をそれらしく再現することに成功した。この先、私の人格にそれらしく似たプログラムが誕生すれば、それは私とどの程度違うのか。少なくとも、周りにとっては「私」と「私を再現した意識のアップロード人形」の判別は、できないのではないか。

最後の審判は、そんな形で顕現するのかもしれない。

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