見出し画像

何度読んでも美しい冬の星座のような短編集ーミニ読書感想「なめらかな世界と、その敵」(伴名練さん)

ハヤカワ文庫に収録された「なめらかな世界と、その敵」(伴名練さん著)を読んだ。単行本に続く再読だけれど、初読と同じように感動した。何度読んでも面白い。何度読んでも美しい。冬の星座は、2年前も2年後も美しい。同じように本書はこの先何度繰り返し読んでも、燦然と輝くんだろう。オールタイムベスト・オブ・オールタイムベスト。伴名練さんは凄まじい短編集を世に送り出してくれた。


収録の6篇全て外れなし。自分はとりわけ、トリを飾る「ひかりより速く、ゆるやかに」が胸に刺さっている。文章が美しい。物語も美しい。全てがきらめいて、宝物のように心に残っている。

修学旅行から帰る高校生を乗せた新幹線が、ある「未曾有の災害」に巻き込まれ、欠席し取り残された生徒がその悲劇や謎に向かい合う(このあらすじは、表紙背面にも書かれているのでネタバレではない)。その生徒の思い。埋め込まれた秘密。展開されるミステリー、納得のラスト。無駄なものはひとつもない。

解説で言及されているように、伴名作品は「エモい」。エモーショナルで、時にリリックな文体が心を揺らす。しかしながら物語としては骨太で、数々のSF作品のオマージュや、過去作の試みを踏まえた力強い展開となっている。強さと美しさ。このバランスが絶妙だ。

美しい歌は聴き終わるまであっという間だが、本書も文字を追うごとにするすると物語に引き込まれ、感情を昂らせられ、終着駅に行き着く。ページを閉じて顔を上げると、夕日や夜景、その時の景色がいつもより少し、美しく感じられる気がする。

単行本を買った方に対してもおすすめしたい。単行本発刊時はコロナ禍前だった。文庫化にあたっては、コロナ禍を反映した微妙な修正が加わっていて、その心遣いに著者の繊細さを感じる。また、米ソ冷戦の「あり得たかもしれない未来」を空想する「シンギュラリティ・ソヴィエト」では、ウクライナへのロシア侵攻を踏まえた変化もある(自分は文庫版あとがきを読むまで気付かなかった)。

現実は小説ほど美しくないことが多い。だからこそ私たちは、物語の美しさを心にためこみ、生きていく。本書はその意味で、たくさんの熱と原動力をこの身に授けてくれる。いま、生きづらいと感じる人にぜひ手に取ってみていただきたい。

この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

万が一いただけたサポートは、本や本屋さんの収益に回るように活用したいと思います。