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連載小説★プロレスガールがビジネスヒロイン? 第十六章 スコアリング改革実行 <入社3年目秋~入社3年目冬>

第一章&全体目次はこちらから
トップ絵は、主人公ミナミが扮する黒マスクのヒール覆面サザン(^^♪


本章のダイジェスト

  • AIによるリアルタイム評価の実現に向けて、具体的にそのような機能を開発するか、要件定義から始めるミナミと橋本。サクラによる辛口指導、ミナミの素顔取り放題を対価とした雑誌記事へのアクセス、腹踊り(未遂)と引き換えに元大手団体ZWWの動画データにアクセスを獲得し、コンテキスト分析までできるようなAIの教師データを揃えていく

  • ミナミは取締役会で投資採算を説明し、担保を入れてのAI開発の承認を獲得。橋本はベンチャーキャピタルから資金調達を実現。すべては順調に

  • クリスマスに両国国技館でAIシステム初お披露目。ミナミも試合に出て新技を披露するも勝てず。AIシステムによるリアルタイム評価は好評だった

  • 試合後居酒屋で打ち上げをするミナミと橋本。その後、橋本は墨田川沿いを歩こうと誘い「4月本格納入が終わったら……」と何かを言いかけるが、結局お茶を濁す。そんな二人の頭上に、ちらほらと雪が降り始めた

本章本編

第84話 教育

「要件定義から始めよう」

 DXも要件定義からだったことを思い出す。

(片倉さんは、顧客の要望と解決策を、具体的な言語や数値で定義した仕様書のようなもの、って言ってたわよね)

 IT業界はやり方が共通しているみたいだが、AIの場合は要件定義を決めること自体がすでにAIコンサルの領域になるみたいだ。

「どんな項目を点数化するか。その項目をどのようなデータから抽出してくるか。これを構造化というんだ」

 ミナミはうんうんと頷くが、目は泳いでいる。

(構造化?む、難しいんですけど?)

「今のランキング評価は試合結果、試合内容、試合外貢献の3項目だね」

 評価内容はロジカルシンキングでさらに細分化されている。
 例えば、
 ・高い技術力で技の繰り出し、回避、攻防ができているか
 ・相手の技を引き出せているか
 ・観客が盛り上がる場面を作れているか、観客の反応は盛り上がっているか
 ・期待を越えるサプライズを魅せられているか

「動画を使ったマルチモーダルLLMの強みを生かして、このような小項目を評価できるように教師データをAIに教える方法が悩ましい」

 評価委員会メンバーレベルの専門的な知見や経験が必要な部分だ。

 ミナミは意を決してヘルプを仰ぐことにし、サクラにチャットを入れた。

「なんだか企んでるらしいな?」

 サクラは会議室に入るとソファにどかっと座る。

「サクラさん……お忙しいのにすみません」
「別にいいさ。同じヒール組の仲間だしな。で、何をしてほしいんだ?」

 二人はこれまでの経緯を説明する。
 すると、サクラは怪しい笑顔を浮かべた。

「じゃあ、一試合の動画を見ながら実際に評価してやろうか?」
「いいんですか?」

 こうして、3人の評価会が始まった。

「な、な、な、なんで私の試合なんですか?しかもボロボロだった試合じゃないですか」
「その方が実感湧くだろ?ほら、覚悟しろよ」

 乱暴な口調で容赦ない指摘が繰り広げられる。

 ヒールなのに入場が弱弱しい。
 動きはいいけど、技が単調。
 飛び技が多すぎ。
 観客煽り方悪い。
 受け身は流石。
 大技完全に読まれている。
 頭使ってる?
 だから負けるんだ。
 退場の仕方もヒールっぽくない。

(……いいところがほとんどない……)

 落ち込むミナミをよそに、サクラはさらっと提案する。

「週刊誌の記事が出てる試合なら、その記事と動画をAIに読み込ませればAIの学習は深まるんじゃねえか?」

第85話 週刊WW

 週刊WW記者の烏山に連絡すると、さっそく翌日の朝練時間にやってきた。
 そして、断りもなく新技練習しているミナミの写真を撮りまくる。

「あの、これは秘密練習なんですよ?それにマスクしてませんし」
「大丈夫。これは趣味だから」

(……趣味って変な意味じゃないでしょうね)

 あきれたもんだが、呼び出したのはSJWだから仕方がない。

「面白そうですね。会社に戻って協議してみます」

 ニヤリと笑う烏山。
 マスク姿のサクラが釘をさす。

「まだ記事にはすんなよ?」
「わかってますよ。でも、オマケは欲しいですね」
「じゃあ、若手覆面ヒールの素顔写真撮り放題をくれてやる」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください、サクラさん。それって私のことじゃないですよね?サクラさん?」

 サクラはミナミを完全に無視して去っていった。

 そして、ミナミと橋本は烏山との協議を本格化する。
 秘密保持契約書を締結すると、実際のデータベースを見せてもらう。

 ここ最近10年程度の試合であれば、メジャーな団体の試合はすべて電子記録が残っていた。少し大きな大会であれば各試合の記事原稿も残っている。

「すごいね。これならリアルタイムスコアリングのAI学習も捗るわね」
「記事には過去の経緯と試合の関係も書いてあるから、時系列コンテキストも分析できるよ」

 橋本は目を輝かせる。

「コンテキスト?」
「そう。試合前後の文脈のことさ。例えば、因縁のライバルだとか、前回までずっとかわされていた必殺技をついに成功させたとかね。試合単体ではわからない情報だ」
「たしかに。過去試合とのつながりは重要な要素よね」
「それに……」

 橋本がにやりと笑った。

「コンテキスト分析できれば、その後の出来事を生成することもできる。試合の最適マッチング提案できるかもしれない」
「……え?それってすごいことじゃない?」

 AIで、人間によるマッチングとほぼ同じことを実現できるかもしれない。

「ZWW時代の動画の使用権も取れたら、もっと分析精度はあがるんじゃないですか?」

 烏山の提案に、一同なるほどと唸る。

「じゃあ、おれが交渉しに行って来てやる。そのかわり、上手くいったらミナミはリングで腹踊りしろ」
「は、はらおどり?なんでそんなこと……」

 そして、翌日の朝練。
 ニコニコのサクラ。
 動画権利を保有しているZWW創始者に可愛がられていたサクラだからこその交渉成果だった。

「腹踊り忘れんなよ?」
「……絶対に、やりません」

第86話 取締役会

 ミナミは、秋になると取締役会の開催を要求した。
 橋本の見積書が整ったからだ。

 開発費:1億5千万円
 運用費:年間5千万円

「……」

 全員が沈黙する。

「ここで、公正な評価をアピールできれば、スポーツとしての評価を得ることができて、1.5倍以上の売り上げを期待できます」

 だが1.5億円の投資は重い。
 まだ、これまでの借り入れの返済も終わっていない。
 
「銀行は何と言っている?」
「はい……担保が必要だと……」

 大沢は目を閉じる。
 3年前。ZWWが解散。選手たちが帰る場所が無くなった。
 SJWは選手の帰る場所を残すという意思を込めて、起業時に無理を押して空きビルを土地ごと買い取り本社とした。それを担保に入れる決断は簡単にはできない。

(それでも……理解してくれるはず。ふたりの理念を実現するためならば)

 ミナミは心の中で祈った。

「……条件がある」
「はい」
「従業員を2人増やす。それと、選手との契約金額、従業員の給与を上げる。それでもきちんと回収できること。それが条件だ」
「……大沢さん」

 少ない人数で、安月給で頑張ってきた。
 人を一番大事にしたいという大沢の気持ちを象徴した条件。
 AIの導入で利益を確保できるなら、選手や従業員に回したいという気持ちを聞き、ミナミは胸が熱くなった。

 ミナミはその場で表計算を修正してみんなに見せる。
 純利益は6千万円を超える予想。
 回収年数は2.6年。IRR110%。

 ついに、取締役会の許可を獲得した。

 その後は大忙しだった。
 
 SJWのマネジメントデータベースへのアクセス。
 週刊WWの蓄積データアクセス。
 蓄積されている動画とあわせてAI学習。

 橋本は技術的な作業はエンジニアに任せて、自身はプロトタイプのフィールドテストのために、二日に一度はSJWに顔を出した。
 ミナミと一緒に現場の選手や営業を巻き込んだテスト対応に奔走した。
 
 その裏で、橋本はベンチャーキャピタルたちとの交渉、そしてDD(デューデリジェンス)もやっているらしい。

 季節は移り、クリスマスが近づく頃。

「10億円の資金調達が整ったぞ」

 約10%分の優先株をベンチャーキャピタル計5社に発行し、10億円を出資してもらうことが決まった。ハシモトネットワークスの企業価値が約100億円と認められ、スポーツAI開発も本格化できるということだった。

「すごい。本当におめでとう、橋本君」

 そして満を持して、本格的なトライアルの実施がアナウンスされようとしていた。

第87話 両国国技館

 クリスマス大会。
 昨年に引き続き両国国技館。

 事前に新システム試用をアナウンスしていたこともあり、1万1千人の超満員。
 SJWの単独興行記録を塗り替えた。

 AIマッチングによるメイン試合は、一年以上ぶり二度目のサクラとイズミのヒールタッグ。現状想定出来る中では群を抜いたスペシャルタッグであり、大きな話題を呼んでいる。

 ミナミは、第七試合。
 1年目の新人にしては悪くないポジションだ。

「第七試合なんて。私でいいのかしら?」

 橋本がチャカチャカとキーボードを叩く。

『入団1周年記念マッチです。ご祝儀です』

 瞬時に回答が返ってくる。

(ご祝儀って……AIすごいわね)

「あ、あと。さっき、偶然近くに神社があったから……」

 橋本は、ミナミに亀戸香取神社の勝運袋(お守り)を渡す。

「あ、ありがとう。嬉しい」
「試合終わったら、良かったら食事でも行かないか?」
「そうね。今日のAIお披露目のお祝いもしなきゃいけないものね」

 ミナミは橋本にウインクを送ると試合に向かう。

 試合の相手は中堅選手。
 これまでと一緒だと、徐々にじり貧になってフォール負けするパターンだ。

 序盤。
 関節技を織り交ぜていくミナミ。新しいスタイルだ。
 そこから打撃。効いてない。やはり、パワー不足は否めない。
 先輩の攻勢を何とか凌ぎ、ロープに振られた際にトップロープに飛び乗り、反動で反転してボディアタックを浴びせる。

(ここで盛り上げる)

 ミナミは、大きな声を上げた。

「とどめだー!」

 それを聞いた観客は歓声をあげる。

 ミナミはバックに回ると、相手の両腕を背中越しにがっちりと自分の両腕で挟んだ。そして、そのまま背面に投げる。
 タイガースープレックスホールドだ。

「「おおおー!異次元覆面が新技だ!!」」

 カウントは惜しくも2。

 ミナミはコーナートップロープに飛び乗ると、観客に向かって右手を挙げる。
 しかし、先輩選手は危険を察知し、コーナーに上ったミナミに突進。
 ミナミは雪崩式ボディスラムを食らってしまう。

 その後は、何度かの技を凌いだような気がするものの、いつの間にか両国国技館の天井を眺めてスリーカウントを耳にしていた。

(……また、勝てなかった……)

 朦朧としながら、花道奥のディスプレイを眺める。
 そこには、両選手の試合のスコアが示されていた。

(リアルタイムにスコアが……なんだか、恥ずかしいわね)

 これが、後にプロレス界を揺るがすAIシステムのデビュー大会となった。

第88話 両国のクリスマス

 ミナミは、約束通り橋本と居酒屋に来ていた。
 覆面ヒールの場合、試合会場近くの居酒屋で飲んでもばれないという利点がある。

「お疲れ様。いい試合だったんじゃないか?」
「ありがとう。でも、負けちゃったわ」
「惜しかったんでしょ?AIが事前に指摘していた指導内容も反映出来てたと思うよ。だから、点数もよかったでしょ」

 橋本はスマホで点数を見せる。
 さっき試合直後にディスプレイに表示されていたスコアリングサマリー版と同じ内容だ。

 ・技術    7点
 ・攻防    5点
 ・テンション 5点
 ・特別    6点
 合計    23点

 これまでは、特に攻防とテンションが低めだったが、だいぶ改善している。

「ねえ、AIシステムって、選手の指導にも使えるんじゃないかしら」
「いいね。試合ごとの評価レポートを選手に送るようにしてみようか」
「それ、絶対いいと思うわ。みんな喜ぶわよ」

 やがて、ほろ酔いになり店を出る。

「美味しかったわね」
「そうだな。ちょっと墨田川でも歩こうか」
「いいわね」

 少し遠回りだが、冷たい夜風でほろ酔いを少し冷ますのも悪くない。
 二人はしばらく、隅田川の夜景を見ながらゆっくり歩いた。

(やっぱり、クリスマスイブだから、カップルが多いわね)

 そう思いながら夜景を楽しむ。

 ふと、橋本が立ち止まった。

「ミナミ」
「ん?」
「これから、4月本格納入に向けて、おれたちはこれからもっと忙しくなると思う」
「そうね。よろしくね」

 ミナミが微笑む。

「それが終わったら……」
「……え?」

 ミナミも立ち止まった。
 橋本の方を見る。

「……いや、何でもない。このシステムの完成に向けて、がんばろうぜ」
「うん。これからもよろしくね」

 ミナミは満面の笑みを見せる。
 橋本も、笑顔で頷いた。

 改めて歩き出す二人の頭上には、ちらほらと雪が降り始めていた。

おまけ(ここまでの年表)

#女子プロレス
#ビジネス
#エムアンドエー
#スポコン
#恋愛
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