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『小僧の神様』を再読する。

 志賀直哉『小僧の神様』は言わずと知れた名作である。僕自身昨年あたりに、そういえば志賀直哉くらい読まないとなぁ、と思って読んだ記憶がある。個人的には『城の崎にて』がとても素晴らしい短編小説だと思っていて、『小僧の神様』については、割に読みやすい小説、という印象しか残っていなかった。しかし今日、大学の日本文学の授業を受けて(またその予習で腰を据えて読み直して)、しっかり文章にしたいと思い今に至る。

 この作品は、A(客)と小僧という二人それぞれの立場から語られる構成である。まったく違う立場の二人ではあるが、「鮨への憧れ」という共通点が彼らを巡り合わせる。(あらすじは割愛)

 この作品で特に考えさせられたことは、なぜ筆者が擱筆をしたのか、という点である。この小説は、次の様に締めくくられる。

作者は此処で筆を擱く事にする。実は小僧が「あの客」の本体を確かめたい要求から、番頭に番地と名前を教えて貰って其処を尋ねて行く事を書こうと思った。小僧は其処へ行って見た。ところが、その番地には人の住いがなくて、小さい稲荷の祠があった。小僧はびっくりした。ーーーとこう云う風に書こうと思った。然しそう書く事は小僧に対し少し惨酷な気がして来た。それ故作者は前の所で擱筆する事にした。

 作者(それがまったくの志賀直哉であったとしても、そうでなかったとしても。)が目論んでいた、たまたま書いた番地には小さい稲荷の祠があった、という結末は何とも落語的で短編小説として面白い帰結であると思う。そこで、わざわざ作者が登場する、という手法にとても興味をもち、その意味について考えたい。

 思うに、志賀直哉は「信仰」というものに対する漠然とした嫌悪感・危機感を感じていたのではないだろうか。十、で述べられているように、千吉はすでに悲しい時、苦しい時に必ず「神様」を思っているのである。恵みをもたらしてくれる「神様」が自分の前に来ると信じて、生活を送っている。この後、その神とまみえようとした先に祠があったら、千吉の「神様信仰」は決定的になるだろう。それに対し、筆者は〝惨酷である〟であると感じているのだ。

 『小僧の神様』が執筆された1920年といえば、日本では日清・日露戦争という大国との戦争を、世界では第一次世界大戦を終えたという激動の時代である。その渦中、日本では天皇への信仰が揺るぎないものであった。(〝神様〟と目をあわすこともゆるされなかった。)国粋主義が過激化していき、ナショナリズムの高まりが徐々に唸りを上げ始めたこの時分に、志賀直哉はこの作品を世に放ったのである。「白樺派」は時にバカラシと批判もされたユートピア的・超理想的な小説世界が展開されていたが、その創設メンバーである志賀直哉がこの作品を書き上げたこと、皮肉にもそれが「白樺」への最後の投著となったことに彼の強烈なメッセージを感じざるをえない。信仰が確信に変わる瞬間ーーー例えば超大国との善戦・勝利。その〝残酷さ〟を見抜いていたのではないかと思った。

 僕は、誰かの神様になるということは悪くないな、なんて思ってしまう。時代を越えて読むと、志賀直哉が残したシニカルなこの小説が、何だかほっこりとする小説へと変貌してしまうことに、小説の奥深さ・面白味を強く感じた。

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