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KKKKKKKKKK   第19回坊ちゃん文学賞応募作品

私の趣味はランニングである。
私たち市民ランナー憧れの大会と言えば、地元で開催される愛媛マラソンだ。
最近は、マラソンブームでエントリー数も多く、2年連続で抽選漏れだったが、今回久しぶりに当選。早速、ランニングの師匠である白方さんに当選連絡を入れ、一緒に受付をする約束をした。
 
そして大会当日。
待ち合わせをしていた白方さんと受付を済ませ、ゴール後の楽しみにしようと二人で、屋台エリアをウロウロしていた。
すると、奥まったところに[貴方の旅ラン10K]の看板があることに気付いた。
てっきり、テレビ番組の関連ブースだと思って近づくと、奥に奇妙な帽子をかぶった老人が一人だけだ。
テーブルには、[貴方の旅ラン10K]と書かれた10枚の白い封筒が並べられている。よく見ると1番から10番までの番号が振ってある。

「今日のマラソン大会を楽しみたいなら、お好きな番号をどれか、お選びくださいまし。」
奥の老人が話しかけてきた。
「大丈夫、お代は頂いておりませんから。」
こちらの心は、お見通しのようだ。
「それならっ」
と、白方さんは1番を手に取った。せっかちな人なのだ。
優柔不断な私は、10番に伸ばした手を引っ込め、9番を選んだ。
封筒越しにカードのような物が確認できる。
「ゴールするまで、封を切らないようにする事だよ。」
老人がニヤッと笑ったように見えたが、気にしないで封筒を折りたたみ、落とさないようにお尻のポケットの奥の方に押し込んだ。
 
「スタート60分前です。ランナーの方は、指定されたブロックにお集まりください。30分前にブロックは閉鎖されます。遅れた場合は、最後尾からのスタートとなりますので早めにお集り下さい。」
スタート直後の混乱を避けるため、過去の記録や申請した時間を基に、足の速いランナーが前になるよう、ブロック分けされている。
集合のアナウンスが流れると、サブエガ(2時間50分切り)を目指している白方さんは、ほぼ先頭に近いAブロックへと消えていった。
久しぶりのフルマラソンで、歩かず完走を目指していた私は、Gブロックへ向かった。
 
やがて、大会関係者の挨拶が始まり、会場の熱気が高まってくる。
地元アイドルグループの動きに合わせた準備体操も終わると、最後はゲストランナーの掛け声。
「頑張るぞー」
「オー!」
全員が拳を突き上げた。
 
「スタート20分前です。先頭Sブロックの選手から、係員の指示に従ってスタートラインまでお進み下さい。」
堀之内公園に集まっていたランナー達は、県庁前のスタートラインへとブロックごとに移動して行く。
空からの中継もあるのだろう、青空にヘリコプターが浮かんで見える。
カラフルなウェアをまとった選手たちが移動してゆく様は、上空からはまるで、花びらを流した川の流れのように見えるに違いない。
はるか先のスタートライン付近では、誰かの挨拶が行われているようだが、周囲のざわめきにかき消され、聞き取ることは出来ない。時折、拍手が聞こえてくるだけだ。
まわりのランナー達は、緊張をほぐすように小刻みに身体を動かしている。
 
「スタート5分前です。」
アナウンスが流れ、私はランニングウォッチのGPSをONにした。
アドレナリンが不安を消し去り、ワクワク感が体の中を駆け巡っている。
そして、一瞬の静けさが訪れた。
 
バ~~~ン
さあ、スタートだ。
坊ちゃん列車の汽笛に送られ、42.195kmの旅が始まった。
「行ってらっしゃ~い。」
「頑張ってきてネ~。行ってらっしゃ~い。」
沿道は沢山の観客に埋め尽くされ、途切れない声援が続く。
流石、人気の高い愛媛マラソンである。
周りのランナーも、手を振って声援にこたえている。
一万人ものランナーとなると、スター直後は大混雑。暫くは、走ったり歩いたりの繰り返しだ。
 
銀杏並木が続く通りまで来るとペースも落ち着き、気持ち良く走れている自分に気付いた。いつもより体が軽く感じる。
「大塚さ~ん」
突然沿道から、私の名前を叫ぶ声。
会社の同僚達が、私の名前を書いたプラカードを掲げながら手を振っていた。
「ありがと~。頑張ってきま~す。」
まさかの声援を受け、私も大きく手を振った。
マラソンは、素質2割、練習4割、お天気1割、声援3割だと思っている。
思いがけない声援のおかげで、いつもよりイイペースだ。
 
しかし、最初の難関である平田の坂道になると、一気に疲れが出始め、お尻の筋肉がピクピクし始めた。
「やっぱり練習不足かなぁ~」
お尻をさすりながら坂道を上ると、頂上まで歩かず走りきることが出来た。
次の難関は、2つのトンネルだ。
閉所恐怖症の私は、症状が出始めると指先が冷えるため、思わずお尻のポケットに手を突っ込んだ。すると、封筒に触れた指が温かくなってきた。
2つ目のトンネルでも、冷たくなった手をお尻のポケットに突っ込むと、気持ちまでもが晴れ晴れとしてきた。
「何だろう、この感覚は・・・。ひょっとして・・・。」
 
この時期の愛媛マラソンのコースは、トンネルを抜けると必ず向かい風が強くなる。
案の定、冷たく強い北西風が吹き始め、風に押し戻されるようにペースが遅くなってきた。
そこで私は、お尻のポケットの封筒に触ってみた。すると、肩幅の広いランナーが目の前に現れ、風よけとなってくれたではないか。
「こりゃ~もう、間違いない。」
辛くなるたびに、お尻のポケットに手を突っ込んだ。
ハーフ地点の手前にある、立岩川沿いの長~い上り坂で。
なかなか来ない2度目の折り返しにイライラした時に。
お目当てのイチゴサービスポイントが近づいた時には、疲れは余りなかったけれど、封筒を触ってみた。
いつもなら1個だけ頂くのだが、両手に沢山のイチゴを乗せられて、
「うぉっふぉっふぉ~」
もう、ウキウキである。
 
30㎞も走ってくると、疲労の蓄積やエネルギー切れによって、急に脚が動かなくなることがある。30㎞の壁と言うやつだが、封筒のおかげだろう、その兆候は見られない。
帰りの2つのトンネルも、お尻のポケットの封筒を触りながら無事に通過し、平田の坂道も、止まってしまいそうになる度に、ポケット越しに封筒を撫でるように触った。
「お帰りなさ~い」
「もう少しよ~、頑張れ頑張れ~」
沿道からの声援で、背中に羽根が生えたような気分だ。
「ありがと~ありがと~」
応援に手を上げる余裕も残っている。
 
電車通りまで帰って来ると、残りはもう、あと僅かだ。
「あの信号まで、あの看板まで頑張ろう。」
と思いながら、ポケットに手を入れた。
そして遂に、お堀の向こうに松山城が見えた。
時計を確認するとまだ、3時間50分になろうとするところだ。
このまま行けば、遂にサブ4(4時間以内ランナー)の仲間入りである。
最後の力を振り絞り、国道から堀之内公園へと左折すると、人垣の向こうにゴールゲートが迫ってきた。
「やった~」
両手を突き上げながらゴールゲートをくぐり抜ける。
歓喜の瞬間だ。
 
その時、小さな女の子の声が聞こえた。
「お母さん、私もあんな風船が欲しいよぅ。」
女の子の指さす方向を見上げると、風船のような赤い塊が、私に付いて来ている。なんと、手をかざすと暖かいではないか。
そう言えば、最初にトンネルを通り抜けて向かい風が強くなった時、
「風よけが欲しいなぁ、寒さも和らいで欲しいなぁ。」
と2つのお願いをしたことを思い出した。
そうこうするうちにその塊は、糸が切れたように離れて行き、透明になったかと思うと、空の青さの中に溶け込んでいった。
 
ゴール後、少しホットした私は、完走賞であるオレンジ色のでっかい今治タオルを頭からかぶり、お尻のポケットに突っ込んであった封筒を開けてみた。
中には
KAITEKI SUMI
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ローマ字で「快適 済み」と書かれたカードが、10枚入っていた。
「10回以上のお願いをしたはずだが・・・。そうか、今まで頑張ってきたご褒美かもな。」
 
「県知事が帰ってこられました。」
突然、アナウンスが流れ、沸き上がった歓声で、私もゴール方向に目を向けた。
すると、県知事さんのすぐ後ろに見慣れた顔があるではないか。
てっきり、前を走っていると思っていた白方さんが、血だらけになって戻ってきたのだ。 
ゴール後、抱えられるように運ばれていった彼の後を追い、私も救護室に向かった。
 
看護師さんの応急処置を受けている白方さんに近づき、声をかけた。
「どうしました。血だらけじゃないですか。」
「あぁ、大塚さん。それが、子犬が飛び出してきたり、ほどけた自分の靴紐を踏んづけたり、前を走っていたランナーの転倒に巻き込まれたり・・・ハァハァ。最後の極めつけは、エイドの前でバナナの皮を踏んづけて転んだ時には、もう、まわりのランナーさんだけじゃ無くて、沿道の観客からも笑い声が聞こえ、散々でしたぁ。ハァ~。」
「一体、何度転んだんですか?」
「何度かって言われても・・・」
両手を広げて指折り数える彼の姿を見て、私はハッとした。
「まさかっ!封筒を見せて下さい。」
引きちぎるように封筒を取り上げ開封した。
「やっぱり~!」
1番を選んだ彼の封筒には、「転ぶ 済み」とローマ字で書かれたカードが入っていたのだ。
KOROBU SUMI
KOROBU SUMI
KOROBU SUMI
KOROBU SUMI
KOROBU SUMI
KOROBU SUMI
KOROBU SUMI
KOROBU SUMI
KOROBU SUMI
KOROBU MADA
「まぁ~だぁ~?」
10枚目は‘未だ’ではないか。白方さんに、そのことを伝えようとした時にはもう、立ち上がろうとした彼の体がつんのめって、宙に浮いた瞬間だったぁ~。

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2023.02.21 坊ちゃん文学賞の表彰式がありました。
同時に、2次審査通過者も公表されています。
当然、私の初応募作品は落選。でも、応募することが目標だったのでヨシとします。
なので、一旦応募作品を公開して、次へ進みたいと思います。

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