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恒川光太郎「草祭」

 石油ストーブを出してきたのに、晴れた日の午前中は照り付けがひどくて夏のような暑さになっている和室を見ていると、今が冬か夏か分からなくなってくる。書写をしながら流していたthe pillows「この世の果てまでを止めると、外で近所の子どもたちの遊ぶ声が聞こえてきて、冬休みに入っているのだと気が付いた。

 また再開したことがある。読書中の付箋貼り。気に入った箇所に貼り付ける。図書館で借りた本ならば、返す前に書き写す。二十代の頃、十年以上やり続けた読書法だ。おかげでタイピングが速くなった。あまりに付箋を貼り過ぎる本や作家は、借りて読むのではなく購入するようになった。金のない時代だから、古本屋で買う。そうして古本屋の店内のような部屋が出来上がったのは以前述べた。


 毎晩、絹代を収めた棺に話しかけた。もっとも声は出ないので、頭の中で話しかけるのだ。
 今日は寒いよ。夕焼けが綺麗だったよ。今晩は肉だよ。仇はとったから安心して、われはあなたのことが大好きだったんだよ。
 絹代からの返答はなかったが、現世と別の次元で、私の心が語りかけた言葉を彼女の魂が聞いてくれているような気がした。
(『くさのゆめがたり』より)


 昔話の中にあるような、現代でもどこか異界に通じているような町「美奥」を舞台とした、もしくはそれに連なる話を収録した短編集。『草祭』という題名からも察せられる通り、泉鏡花感がある。

 冷えた暗い道が前に続き、後ろから鬼ごっこの鬼が迫ってきます。
 太っているからか、走るのは得意ではない鬼です。あまりやる気のないやさしい鬼です。ほとんど見送りをしにでているようなものです。
(『天化の宿』より)


 本の良さを紹介するのに一番手っ取り早いのは、引用だと思っている。自分が良いと思ったところを書き写して紹介する。そこに至るまでの紆余曲折、作者の苦労をすっ飛ばしてしまっているけれど、映画のCMだって、盛り上がるシーンの一部を切り取っているのだし、宣伝にもなっているんじゃないかな、と思う。

 金のなかった時代にしていた書き写しを、先の見えない生活に入り込んだ今再開している。不登校の娘にも冬休みの宿題が出ていたことを思い出し、プリントをやらせる。宿題という単語を聞いただけでうずくまって泣き始める娘は「せめて音楽かけて、パプリカ」と言う。かけても集中する様子はない。最近の娘のお気に入り、Ado「ギラギラ」に曲を変える。私は読書を続けながら、娘の間違いを正す。掛け算を忘れかけている。終わると逃げ込むように妻の部屋に行った。

 いつの間にか表の子どもたちの声が聞こえなくなっていた。先程の声そのものが幻だったかのように。本の中に出てくる怪しげな町の続きが家の前に現れていたかのように。そういえば窓を開けて外を眺めた際には、ひどく古風な遊びをしているな、と思った。遊びの内容を思い出せない。


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