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UNFAMILIAR VOCATION三話/後押し


あらすじ
把捉鮎蔦は網澤から連絡を受け、コンビニへと向かい暴れるモノノ怪と1対1の攻防を繰り広げていた。
念の為ゴム製の装備をし蹴り続けて怪泥エミルエムルをモノノ怪から引き剥がした。
拳を混じえたからかエミルエムルと共に過ごす事を決意した把捉は新たな非日常を楽しむ事にしたのだった。

第三話 後押し

―某月某日

今日も練習だ。
正確には毎日だけれど。
慣れてしまうとどうということでも無いな。
色んな遊びを覚えたけど段々手放さざるを得なくなる虚しさすらスパーで汗となって消えていく。
そんな俺が好きなのは《覆面Meter成上》だ。
今時覆面で動画配信なんて怪しすぎるのだが歌ってみたが追い込みにピッタリなのだ。
サブカルチックは好きだったけどそこまでオタクじゃない俺は成上なりあの動画に夢中だ。
ゲームが苦手で実況動画が途中でも料理と歌が上手いからつい見てしまう。
高校時代は二人しか付き合えなかったし、理由が理由だから別れたけれど成上は何処と無く何も媚びない部分が考える余地を与えてくれるから有難い。
近年では格闘家もインフルエンサーのような事をしないと名を上げることが出来ないし、試合で評価されても扱いが良くなるとは限らない。
誹謗中傷が来る度にどれだけプロと素人の違いを見せつけてやろうか覇気を溜めていても我慢をせざるを得ない。
そんな時に成上はコメント欄について動画でこう語っていた。

『近くて遠い誰かを攻撃する動物は人間だけ。
最初は気にしていたけれどわざわざアカウント名を出しているのだから控えておくだけでいい。
粗探しではなく守る為の情報として言葉を認識することで無から有を作るワタシは上なのだと思いながら動画を作成している。』

あの成上でも誹謗中傷に傷つくことがあったなんてと俺も一視聴者に過ぎないことを悟らせてくれた。
気丈に振舞っていても案外誰もが同じ悩みを抱いているのかもな。
まあ戦績がある人間なんて数えるくらいだ。
俺もその一人だ。
成上の動画を見ている時は人間でも、リングに経てばプロなんだ。

嵌次はまぐさんまた見蕩れてるんですか?」

おっと。
後輩に観られた。
別にいつもの事だけど。

「成上って怖くないですか?似たようなオーラがある人と俺も対戦カード組まされますけど。」

なんだと?
成上に匹敵するプロファイターなんていないだろ。

低目ていまが強いのは知っているのが連敗中の俺にさりげなく嫌味言うなよな。」

「すんません。けど嵌次さんってもっと距離が近そうな人が好きそうに見えましたし。」

そんなに軟派に見えるのか?
低目は普段は明るい。
が、反動があるのかジムの人間と話す時は気だるい。
すると低目がある事を話した。

「最近この辺りで謎の異生物が暴れてるらしいですよ。何でも鮎蔦さんが鎮圧しているとか。」

鮎蔦…把捉鮎蔦は元俺のジムの先輩。
何度か稽古もつけてもらった。
タイプが違うから話すことはなかったがいつの間にか独立していった。

「そんな何処かの無料小説にありそうな無双?っていうのか?あの人がやるなんて思えないけどな。」

「試合とは違うじゃないですか。それにあの人単独でどうこう出来そうな相手でもないし。」

こうやって現代社会で隠れた情報をもってくる低目もただの格闘家では無いんだと改めて大切に接しようと思う。
それからと付け加えた低目は耳打ちした。

「ここで何かに殴られたジム生居ますけど何か知ってるかも?」

成上、俺ももしかしたら試合以外で名を上げることになりそうだ。

―事務所にて

また網澤所長の連絡だ。
連絡が来た時はさり気なく外へ出る。
まるで昔のヒーローアニメの主人公のように。
あれからコンビニ店長が過剰に俺を評価するから瞬く間に広まった。
流石に個人情報には気をつけとは言ったけれどコンビニの汚名返上の為に常連になったからか拡散は止められなかった。
どういう力かは分からないが異生物と俺が対決した辺りは誇張されてデマだと思われて(※それもそれで悔しいが)変に有名になることはなかった。
だが格闘家仲間からは一部知られている。
女子高生にこき使われていて生きてる電気スライムを飼ってることまでは知られてないだろうけどな。

「ここに反応が…ある。」

電気スライム…名前はまだ付けていないがまるでAIのように正確に喋ってくれるから実生活で連れていくには厄介だ。
色々と秘密まで明かされそうだからな。
優秀すぎというのは困りもの。

「反応ってまたこの近辺か?お前は何か知らないのか?」

「おれ…わたし…はずっとアナタといる。いくら人間と違うからって全ての揉め事にいるわけじゃない。」

「分かった分かった。決めつけてごめんな!じゃあまたモンスターのお出ましか。」

依頼があるということはそういうことだ。
幸いなことに勤務を終える頃に依頼を送ってくれる網澤所長の配慮と誰が頼んでるのか莫大な報酬額だ。
まるで裏稼業。
何も悪いことはしていないはずだ!
犠牲のない幸せは無い!
というのは置いといて現場に向かう。

―一方その頃

低目が仕入れた情報によればここに謎の飛行物体が現れるという。
そしてジムにいた見えない異生物の気配を感じ取れるらしくその通りに現場へ向かった。

「低目は何か能力があるのか?」

「特に。ある番組の人みたいにオーラが見えたり、えっと感知?というのが出来るくらい。」

「それ、能力だよ。試合でも戦績がいいのってその能力使ってるのか?」

「そんな意識的に使えるのなら俺はとっくに有名ですよ。」

「そうか。現実は本当につまらないな!」

「今俺はこの能力使ってますよ。面白いでしょ?」

走りながらこんなやり取りをしているとジム生を殴った見えない何かと飛行物体が何か争っている。
飛行物体には視認できるのか避けられて攻撃を受けているらしいと低目が言う。

「いいなあ、応戦したい。けどこの情報が確かならもうすぐ鮎蔦さん来ますよ?」

把捉鮎蔦。
選手時代はまだ上京していなくてお世話になった。
けど、俺はあの人に可愛がられる後輩ではなかった。
別に好みは置いておいて縁がなかったのかもしれない。
色々と叱られた記憶がある。
お陰で精神面はすっかり強くなった。
代償に浮ついた趣味はやめてしまった。
考察や感想がSNSのアカウントを開く度に流れてくるのが嫌で逃げるように動画を探していたら成上に辿り着いた。
何から何まであの人には仮がある。
そんな人生が堪らなく辛い。

「低目!あの人がやった情報は確かだな?」

そういってすね当て等武装を一式渡された。

「どうやら鮎蔦さんのバックアップが優秀で霊的な対処もしているみたいです。」

霊的か。
あの異生物は幽霊でもあるのか。
オカルト過ぎだろ。
宇宙生物だったらどうしようかずっと考えていたが低目に感知されるということは幽霊でもある。
いくらあの人でも一人で対処出来るのか?

「嵌次さんのパンチならもっと早くすみそうですよ。けど…」

武装し終えた後も物足りなさを感じながら二体の異生物が戦っているのを見る俺たち。

「けどなんだ?」

「見えない方のオーラから察するに自分を守っているって感じですね。ジムにやってきたのもたまたま弱っていたから休んでいて邪魔されたからと推測しています。」

「何故ジムに来たんだ?」

「多分誰か探しに来てましたね。そうでないと不特定多数の人間がいる場所で休息なんてとらないでしょう。」

なら、もしかしたら低目でしか感知出来ない方は態と俺たちをここまで呼び寄せたのか?
いや、そんな筈はない。
敵か味方かそれ以外か。
謎は深まるばかり。

「よっしゃあ!」

掛け声と共に誰かが飛行物体を蹴り飛ばした。

「噂は本当だったんですね。鮎蔦さん。」

本当にそうだったとは。
久しぶりに把捉鮎蔦さんと妙な形で会う。

「おい!何でお前らがここに居るんだよ!」

低目が笑顔でカメラを構えながら照れている。

「だって今は一億総クリエイター社会でしょう?俺たちも伊達に映えを意識してないからいっそ監督になっちゃおうかと。」

おいおいこれは低目の趣味か?
戦績も良い格闘家でオーラが見えるなんて付加価値もあったら鬼に金棒だろ。
と、同じことを俺と鮎蔦さんは低目に話していた。

「まさかお前にそんな能力があるなんてな。」

「文字に起こすと胡散臭いから黙ってたんですよ。男は黙ってなんかするのがカッコイイらしいですし。胡散臭さより漢臭さってね。」

「要するにクリエイター気質だったってわけか。」

鮎蔦さんを見ると謎の札があってある。
これは他の人の力か。
他にも古い端末を持っている。そこから何か現れた。

「おれ…わたし…が前に取り付いたもの。
貴方を見ていますよ。」

人語が喋れるのか?このスライムは。
なんでこの人はこんなのまで飼い慣らしている?

「確かに嵌次さんを見ていますね。仲間になりたそうに。」

そんなこと言ったってオーラが見えない俺にはどうしたらよいのか分からない。
すると鮎蔦さんが札を渡す。

「先客がいると聞いたから札を貰ったけど人間だとは思わなかったしな。しかも知り合い。」

俺は少し話した。

「いくら何でも昔のジム生に知り合いだなんて淡白過ぎやしませんかね?」

鮎蔦さんは少し間を置いて「悪い」とつぶやいて札を渡した。

「それで見えるし話せる。」

こういう所が苦手だったのかもしれないと思う。
でもそれも昔の話だ。
貰った札を付けて正体を確かめた。
鮮やかなロイコクロリディウムのような宿主が俺を見つめている。
まさか探していたのは俺か?

「あの時のモンスターが嵌次を求めていたなんてな。」

「いやらしい言い方はやめてください。まだ信用できるか分からないのに。」

すると低目も札を触る。

「なるほど。
このオーラは敵意じゃなくて好意です。まさかなあ、生者に好意を持つ幽霊なんて実在するとは。」

成上も言っていた。
固定概念は覆される罠だと。
こんな幽霊もありか。

すると俺達は殺気を感じた。
鮎蔦さんが倒した飛行物体が巨大化し、岩を集めてゴーレムとなった。

「いくら俺達でもあの岩は殴れない。
本体はあの飛行形態だ。」

霊力が駄目なら物理とは。
向こうも一筋縄では行かないってことか。
すると俺に好意を持った霊が取り憑いてきた。
奴を止めたいのは一緒ということか!
更に鮎蔦さんの端末からスライムが覆う。

「お、おい!何すんだよ!」

お互い好意を持った霊体が力を貸してくれる。
札の力か?俺達の力か?
分からないが今はそんなこといってられないか!

「鮎蔦さん、嵌次さん。
その二匹のオーラの力を使って飛行物体にスパーしてください!
そうすればあの岩を砕けられますよ!」

カメラをセットした低目は半裸になって装備を付けた。

「この札の効力なら…行ける!」

低目のやる気が俺達にも伝わった。

「嵌次。お前は昔俺が教えたやり方覚えているよな?」

「鮎蔦さん。
これでも俺はプロムエタイファイターですよ?もっとも、ここで使うとは思いませんでしたがね!」

俺達三人は漫画のような展開を受け入れて高くジャンプした。

「「「くらいやがれ!」」」

飛行物体の岩は剥がれていき、俺達の攻撃は見事に対象を捉えた。

止めは低目にもっていかれたが。

「鮎蔦さんの一撃見て素足でも充分止められると思いましてね。やっといい絵が撮れた。」

低目がいつになく輝いている。
目には見えなくてもワクワクしているのは伝わる。
何だかんだ今年二十を迎えたばかりなんだな。
すると鮎蔦さんが俺に話しかける。

「今回はお前達の活躍を参考にさせてもらう。
あと、札の主に…所長に合わせる。特別だぞ?」

いつだってそうだ。
勝手に凹んで立ち直って後輩にも先輩にもカッコつける。
いけ好かないが立派なファイターで俺達の先輩だ。

「分かりました。」

そう言って俺達は場所を後にした。

後日談

1DKの部屋が事務所とは。
鮎蔦さんに誘われるまま所長に挨拶をした。

「あれ?オーラ使いの格闘家は?」

「今試合中。」

俺とこの霊は眼中なしか。
一応挨拶をし、もしもの為の連絡先もお聞きした。
いくら何でも女子高生の部下というのは日本では慣れないなあ。
するとチラッと覆面が見えた。
俺の目は誤魔化せていない。
あれは成上の覆面だ。
限定イベントで似た覆面をプレゼントという訳の分からないこともしていたがあれでもない。
もしかして成上の正体は…いや違うか。
けれど微妙な部分だ。
あの子の裏が成上だとしても違和感がないんだよなあ。

すると彼女が俺に札を渡した。

「固定概念は覆される罠だ。
それを持てば上手く霊と付き合える。
チケットはちゃんと買いますし、報酬は支払いますから彼とは別の依頼を宜しくね。」

この言葉、彼女は…一体?

UNFAMILIARVOCATION [完]


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