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外貨を「稼ぐ」 ことの意味は?

 外貨とは、なんなのか?それを銀本位制が当時の明に及ぼした影響についての歴史的論考を踏まえて、少し考えてみます。

明代銀本位制の落とし穴

 経済史家デニス・ブリンの 「貨幣と発展なき成長 明朝中国の場合」(邦訳書名「グローバル化と銀」所収)という興味深い論文があります。

 この論文においてブリンは、多くの経済史家が経済成長の「きっかけ」として注目する明代中国への大量のスペイン銀の流入が、実は中国の経済発展にはマイナスであったという説を展開しています。

 ポイントは、元(モンゴルの大元ウルス)の時代から明代の初期にかけて、中国王朝の採用した通貨政策は、紙幣制度の導入維持ということであったのですが、明王朝はそこに失敗したという点です。
 明朝政府は、元で発行されていた紙幣(交鈔)にならって、「宝鈔」と言う紙幣を発行しており、その利用を維持するため、民間経済で銀が取引に使われることを禁圧していました。しかし他方、不換紙幣である宝鈔の価値を維持するだけの金融政策的技術も明朝政府にはありませんでした(大元ウルスにおいて、その金融調整を担っていたのは、中央アジアのウイグル商人層だった)ので、結局16世紀に入って一条鞭法により徴税の面から銀の流通が合法化されることになり、事実上銀本位制に移行することになったと評価されています。

 この紙幣制から銀本位制への移行が、明代の中国経済に重い負担となったというのが、デニス・ブリンの主張の眼目となります。

 銀本位制に移行するということは、秤量貨幣としての銀がマネーサプライになるということですから、国内の取引決済に使用される大量の銀が必要になります。当時の中国には、銀山が大量にあった訳ではありません。また、北虜南倭と言われる北方のモンゴル族との戦費として大量の銀が流出していましたから、なおさら銀に対する需要が高進していました。この明代中国の旺盛な銀需要に応じたのが、ポトシ銀山(スペイン銀)と戦国から江戸初期の日本の銀山でした。

 この銀輸入の「対価」として、大量の絹が輸出されました。この絹生産に当時の経済資源が投入されてしまい、国内の経済厚生の向上に寄与することができず、明代中国の偉人の弁を借りれば「庶民の消費する穀物と衣料品」の生産に繋がらなかったことになります。
 黄金を求めるあまり、手に触れるものすべてが黄金になってしまい空腹を満たすことのできなくなったというイソップ寓話のミダス王のように、庶民の経済厚生を高めることのできたはずの大量の労働力その他の経済資源を、それ自体としては「食べる」こともできない銀の輸入に費消してしまったのが、明代経済であったという評価です。

 ブリンの論文では、このことを

 「つまり、何世紀にもわたる同国(明代の中国)の何万トンもの銀輸入は、この国の富を浪費する巨大な構造にかかわった」

と表現しています。


在外資産は、「食べられる」のか?

 では、現代の経済に置き換えてみると、どうなるでしょうか。

 この当時の本位貨幣としての銀は、現代の経済における国際決済性を有する通貨(外貨)、いわゆるハードカレンシーということになります。ハードカレンシー、つまり外貨準備を獲得するために、輸出に勤しむ、邁進するということは、その外貨で収支均衡となるような輸入をしない限り、「食べられもしない」外貨を貯め込むために、国内の経済資源を消尽しているという点で、明代の中国と同じだと評価をすることもできるでしょう。

 勿論、日本は資源小国ですから、日本居住者の生活水準を維持・向上させるために必要な物質代謝を確保するだけのエネルギーと食料・鉱物資源を輸入することが必要であり、そのための決済用のハードカレンシーが必要であることは確かです。また、「国際収支の天井」によって経済成長や経済政策が条件付けられていた時期の日本のように、資本財や技術導入のためハードカレンシーを潤沢に必要としている場合には、ある時期外貨準備の高い水準を維持することも必要でしょう。

 しかし、ミクロ経済学を基礎とする(少なくとも伝統的な)貿易理論が描き出すところの、国際間経済取引に関するパレート効率的な定常状態では、それぞれの国の(貿易)収支が均衡することが前提となっており、外貨準備が時間軸上相当の長期間にわたり積み上がるということは想定されていません。

 明代の中国は、冊封体制/朝貢貿易体制の元で制限的な貿易政策を(少なくともその前半は)とっており、そもそも一種の中華思想から、その領域外から文物を輸入するという指向がありませんでした。よって、本位金属としての銀だけが大量に流入するという不均衡状態が何世紀も続いていた訳です。

 他方、時間スケールはかなり短くなるとはいえ、現在の日本も経常収支の黒字が多少なりとも続いています。勿論、資本収支の赤字、つまり在外資産の積み増しによって、国内に「食べることのできない」外貨準備が積み上がっているという状態ではありません。

 ただ、在外資産について大きなポジションを持ってしまうということは、莫大なキャピタル・ロスを被るリスクを抱えることに繋がり、そのリスクが顕在化すれば、日本居住者の将来に向けた経済厚生水準の期待値が大きく引き下げられることになります。いわば過去の輸出が「ただ働き」になるということです。

 そう考えると、在外資産というものも、為替差損が顕在化すると「本当に食べられるかどうか分からない」という点で、明朝にとっての銀(あるいはミダス王にとっての金)と同じだということもできます。


国際的なハードカレンシーの意味

 現在のようにヒトモノカネの流動化の激しい国際社会において、自給自足経済に「閉じこもる」などということが不可能なことは論を待ちません。
 しかし、マクロの平均的消費行動では国内産品への指向が強い(あるいは強かった)日本経済を前提とした場合、ベルトラン的な価格競争(Cut-throat Competition)をしてまで、貿易収支の獲得に走ることにどのような意味があるのでしょうか。その獲得した収支で、日本居住者は何を海外から「買おう」としているのか、冷静に考えてみることも一興ではないでしょうか。

 他方、中国の通貨当局は、人民元の決済通貨・価値保蔵資産としての利便性を高める措置を講じています。紙幣制を廃し、通貨としての銀を大量に輸入せざるを得なかった明朝政府とは逆に、現代の中国政府は人民元をハードカレンシーとして国際決済に使用される通貨に変え、国際本位貨幣を供給する立場になろうとしているように見受けられます。
 まさに、一時のアメリカ合衆国のドルのように、国際的な通貨という「打出の小槌」を作りだそうとしている訳です。国際決済性、国際通用力のあるハードカレンシーとして受容される通貨を供給できるということは、国際経済においては、ある種の「力」であって、中国は「有り余る」経常収支によって発生する人民元に対する国際的信認を戦略的に活用していると言えるのではないでしょうか。

 そして、そのハードカレンシーとしての人民元を使用するよう条件づけられる経済は、銀本位制を採用しなければならなかった明朝中国のように負担を背負うということになるのかも知れません。
 そういう意味では、通貨の経済的「力」に関して、価格としての為替レートの水準も大事ですが、その通貨が国際的にどのように使われるのかという視点も加味して、通貨が通商に与える影響を見てみることも必要なようです。

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