SNSでの粗暴行為晒し。精神科医が考える、やめておいてあげてほしい理由

X(旧Twitter)などのSNSで犯罪行為や粗暴な行為、面白おかしい動画や画像を、加工せずに顔などがわかる状態で上げてあるのをよく見掛ける。
つい先日も自転車で逆走してきた女性が車と接触しそうになって、怒りの表情で車の運転手に向かって何かを捲し立てる様子を映したドライブレコーダーの映像が流れてきた。

ドライブレコーダーには煽り運転や通行トラブルで凄い剣幕でいかつい系の人が運転手に近づいてくる様子が記録され、晒されたりすることがよくある。
また例えば電車内での喧嘩などに遭遇してカメラを構える人もいるようで、その場合にはたいてい途中からの様子が写し出される。

大きな犯罪の疑惑の渦中にある人物でさえ、逮捕前は実名や顔などの容貌を加工せずにテレビなどが放送することはない。
晒し行為が名誉毀損や肖像権の侵害などにあたる場合には、当然何らかの責任を負うべきだし、映った人物を特定したり拡散している人物も同様だ。
正義を重要視するならば当然だろう。
証拠として動画を撮影することまでは許されても、それは警察などに提出して道交法違反などに問えばよく、私的報復は許されない。せめて加工はしよう。
ネットでのルールが甘すぎるのが問題だし、21世紀前半は野蛮な時代だったと後世言われることだろう。

さて今回は晒し行為の法的問題の観点からではなく、いわゆる「絵になる」動画を撮られる側の人はどのような状態なのかという点から、晒すのはやめてあげてほしいと私が考える理由を話したい。

みんなに注目されて拡散されるような「絵になる」動画にも様々ある。
痴漢や盗撮、女性にわざとぶつかって歩く人間もいて、この場合証拠動画がないと「その時その場」の状況を事後的に証拠立てるのは困難であり、撮影自体は正当化されそうだ。そして彼らは撮影されているとは思っていないことだろう。
駅や街中での喧嘩などは撮られるとわかっていても攻撃への欲望の方が強くて抑えられないのだろう。

また政治家の演説中に「うるさい!」と怒鳴りながら候補者に近づく高齢男性の映像も流れてきた。彼も撮られているのをわかっていたはずだ。

ドライブレコーダーの場合は、凄い剣幕で運転手に近づいてくる人は撮られている認識があるのかは定かではない。ドラレコがあって証拠も残りうる状況でもあのような粗暴な振る舞いをするのだから普段からトラブルを招きやすいであろう。単にそういう気質なのか何らかの病気があるのか定かではない。

さて自転車の女性についてだが、要は剣幕というか表情が「異様」で「ヤバい」ということでネットが盛り上がっている。特別暴行をしてくる様子などはない。
私も決して感情がないわけではなく、相手がカメラを向けてきた時点で、そのまま車を発進させて「ミンチにしたろか」ぐらいは思う。
しかし一方で、「この人は保護の対象なのでは?」とも職業柄思うところだ。
ドラレコは搭載されているものだから、一部始終が録画される可能性は認識しているはずだ。それなのに自分の主張や攻撃性が、自分を守る必要性より優越している。
ずるい人間や計算している人間ならばカメラがありそうなところであんな絡み方はしない。自分を守る、自分に有利になる状況を作るということを狡猾にやってのけるはずだ。
高齢の政治家などの暴言もカメラの前で言ってしまうということが、人間性の問題というよりも自分を守るという行動ができないというある種の無能力を示しているように思う。

回りくどく言ったが、今回の自転車の女性や候補者に詰め寄る高齢男性がどうなのかはさておき、「絵になってしまっている」人というのはもしかしたら何らかの病気なのか、衝動性や感情のコントロールを著しく欠いている状態ではないかということだ。

「おかしな行動」とか「奇妙な妄想」というと統合失調症を思い浮かべる人も多いだろう。
しかし攻撃性を制御できず自分から突っかかっていく様子はむしろ双極性感情障害、いわゆる躁うつ病の症状の可能性もある。
病名を具体的に挙げることには正直迷った。スティグマとなりはしないかと。しかしその点についてもこの後きちんと説明するし、やはり具体像がないと今回言いたいことも伝わらないと考えた。

双極性感情障害の躁状態においてイライラ感や攻撃的で尊大な態度が出てしまったりすることがある。しかし、そのような症状は出ずに、元気すぎて寝ないで一つのことに取り組み続けるとか、買い物、ギャンブル、性行動など普段の状態ならやらない行動を活発にとってしまうなど、攻撃性とは関係なくとも社会生活上問題となることもある。
そして患者さん自身は躁状態のとき、「調子がいい」と感じていて、医療機関を自ら受診することは少ない。服薬をやめてしまっていることも多い。
そのうちエネルギーが枯渇してうつ状態となると困り感が強まり、ようやく受診する。
しかし本人の体感とは反対に、社会生活で問題となる行動をするのは躁状態のときなのだ。

躁状態でのイライラ感や攻撃性の程度は個人によっても状況によっても千差万別だ。
警察官によって病院に連れてこられた中年女性には、「ノッポ医者、いつまでパソコン打ってんだよ」と大声でののしられたが、よく使う種類の薬三種類ほどで、数日で落ち着き、逆にややうつっぽい口調で「先生、最初のときごめんね…」と謝ってきた。
別の患者さんにも「おまえ、いつまでこんなところにおれを閉じ込めておくんだ」と掴みかかられたことがある。やはり数日後「あの時はごめんなさい」と言われた。
ちゃんと2人ともその時のことを覚えているし、イライラしてやってしまったこと、その時は制御できなかったことを自覚していた。

今挙げた例はどちらも入院にまで至った患者さんなので症状は激しかった。
そこまで行かず、それどころか普段は仕事をしているが、躁状態がやってきて、周囲とトラブルになるようなケースもある。むしろそのような場合の方が「損失」は大きいかもしれない。

統合失調症の場合だと、患者さんに向き合ったときに感じる異質な雰囲気を指すプレコックス感という言葉があったりするが、双極性感情障害の場合にはそのような異質感はなく、単に攻撃性を向けてくるため、病気ではない「普通の人」が、自分の意志や判断で攻撃的な行動をしてくるように見えてしまう。
攻撃を向けられた人からすると例えば認知症の高齢者に暴言をはかれたような「仕方ない感」を得にくいのだ。
つまり対等な大人どうしの喧嘩の様相となって、動画を晒すなどして「やり返してやろう」などとバチバチしやすい。

そして先ほどから言っているように攻撃性の程度はかなり幅があり、普通に主婦や会社員をやっている人もたくさんいるのだ。
露骨に普段より爽快、快活な感じでおしゃべりになったりハイテンションだと「◯◯さん、最近ちょっとおかしくない?」と病的なものを疑われることもある。
「あの人、苛立ってくるとイチイチそれをこっちにぶつけてくる」とか「あの人、こないだ上司にたてついてるのを見たんだけど、ヤバくない?」ぐらいのことを言われながら社会生活を送っていたりする人もいる。このレベルだとあまり病的には見えず「性格」なのかと思われやすい。
即、「病院やら警察に連絡するほどではないのかな」というレベルのものにも何段階かあるのだ。
どこまでを病気とするかは厳密な線引きは難しく、またイライラしているのは当然双極性感情障害だけではない。孤独などの心理的問題やホルモンバランス、他の精神疾患などのせいかもしれない。また統合失調症の症状が合わさった双極性感情障害もあり、また違った様相で派手な症状を呈する。

さてスティグマにならないという点についてだが、これまでの説明にもあるように、粗暴だから双極性感情障害なわけでもなければ、双極性感情障害だから粗暴なわけでもないからというのが一つ。
そして私が攻撃された時もそうだが、通常薬物療法で数日から遅くとも数週間で「反省」を示せるまでに至るのだ。入院レベルの人でもそうなのだから、外来通院している人はより少ない薬で落ち着くことが多い。診察内では「どうしても子供にイライラして当たってしまう」「上司に暴言を吐いてしまったが、理解のある上司で、不問に付してくれた」と衝動コントロールの難しさに頭を悩ませている患者さんも多い。本人が問題をきちんと捉えて通院や内服を再開してくれる。だから治療さえしっかりしていれば、病名や攻撃性などの症状と、人格とを直接結びつけなくてもよいのではないかということだ。
以上の二点をしっかり説明すれば、スティグマとはならないと私なりに考えた。


「あー、やっちゃった」と数日で思う人のことを、一生デジタルタトゥーで苦しむまでに追い込む必要はないと思う。
もちろん病気だからと言って誰か別の人が被害を甘受すべきというのも間違っていると思う。
そこはきちんと治療させて今後同じことが起きないようにするなり、無関係な人への被害があれば適正に補償されるようにするなど、一方に不条理を背負わせることがないようにすべきだ。



一般の人から理解されにくいという観点からは認知症にも似たような側面がある。一般の認知症のイメージとしてはヨボヨボのおじいちゃんが、さっき昼食を摂ったことを忘れて「お昼ご飯はまだかのう?」「あらやだ、さっき食べたでしょ?」のようなほのぼのした情景を思い浮かべるかもしれない。

だが実際には明らかな認知症状は認められずに、その前駆期にスーパーで万引きしたり、家族を泥棒扱いしたり、また中にはストーカー行為などをすることさえある。要は理性による抑制機能が落ちているのだ。
この場合も「認知症のせい」というのが表面的には見えにくく、社会から「罰せられ」たり、叩かれたりする。
露骨に病気っぽかったり、ヨボヨボで話が通じないかんじなら「罰しよう」とはなりにくいのだろうが、パッと見で肉体的に「現役感」があると厳しい対応をされやすい。

今回双極性感情障害や認知症の話をしてきたが、要は「普通それやらんだろ」という行動をしていて、かつそれが簡単に常識的に考えてみて自分を守れていない、明らかに自分に不利益をもたらすということであれば、それは人格や性格の問題ではなく、意志、感情や行動の制御ができなくなっているのかもしれないと考えてみてあげてほしいのだ。


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