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どこよりも詳しいGinger Root [2] :来日前の大特集!音楽と映像をひとりで作り上げる、稀代のアーティストを完全解説・後編

(トップ画像出典:Ginger Root Bandcamp / City Slicker

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(この記事は後半です。前半を読みたい方はこちらから👇)

【前回までのあらすじ】

大学で映像制作を学びながらも、卒業後はミュージシャンとして活動することにしたGinger Root。インディーズ時代に終わりを告げ、いよいよレコード会社と契約します!


Mahjong Room (2018)

Ginger Rootは大学を卒業し、2017~2018年にいくつかのシングルをリリースした後、それらをまとめたアルバムを2018年6月に発売します。それが「Mahjong Room(マージャン・ルーム)」です。


まず、2017年末にシングルとして「Two Step」、2018年3月に「Call It Home」をリリース。ここではMVがかなりの大人数によって作られた本格的な映像になっており、Ginger Rootのプロジェクトが大きく動き出したのがよく分かります。


彼はこのタイミングで、現在まで在籍するAcrophase Records(アクロフェーズ・レコーズ)と契約。おそらくMVが豪華になったのは、レーベルと契約したことも関係あるでしょう。

さらにこのレーベルによって、Ginger Rootの曲がSpotifyの新人をフィーチャーしたプレイリストに入り、長期のツアーにも出発できるようになりました。2018年には、当時人気になり始めていたKhruangbin(クルアンビン)ともツアーを行っており、こちらではアメリカだけでなく、ヨーロッパにも行きました。

Dan Asip of Nashville’s Acrophase Records “talked to the Spotify gods” as Lew puts it, and managed to get “Two Step” featured on Spotify’s Fresh Finds Playlist from Oct. 18-25.(中略)
The music video for “Call It Home” will be released March 9. He will then hit the road with his band mates to Texas for their longest tour yet.

ナッシュビルの Acrophase Records の Dan Asip は、Lew が言うように「Spotify の神々に話しかけ」ることで、10 月 18 ~ 25 日に Spotify の Fresh Finds Playlist に「Two Step」をフィーチャーすることに成功しました。(中略)
「Call It Home」のミュージックビデオは、(筆者注:2018年)3月9日に公開される予定です。その後、彼はバンドメンバーと共にテキサスへ向かい、これまでで最長のツアーを行う予定です。

出典:GINGER ROOT WENT FROM RECORDING MUSIC IN HIS CAR TO ROCKING THE STAGE


アルバムの内容は、1stアルバム「Spotlight People」のリラックスした雰囲気を引き継いで、チルウェイブやベッドルーム・ポップのテイストがかなり強く出たアルバムだと思います。

まだ、ここでは80年代シティポップの影響はオープンになっていません。


「マージャンルーム」という不思議なアルバムタイトルは、Ginger Rootの曾祖母の家にあった麻雀をやるための部屋のことで、彼にとっては家族の大切な記憶の象徴であるとのこと。

Lew, who is Chinese American, often incorporates aspects of his culture in his music. For many who are Chinese, there is the shared experience of mahjong and watching our parents, their friends, grandparents, and other elders crowded around a game table with brilliant tiles that click ever so perfectly into one another. It was never just about the game.
At four or five years old, Lew vividly remembers watching this scene himself, perched on his grandma’s lap, in his great-grandmother’s house’s special mahjong room. For him, it was a room that he could only be let in once in a while, as the adults played until dawn. But, most of all, it was a time where he and his family were all together. These memories grew distant once a family member moved into his great grandparents’ home and over ten years, the mahjong room turned to ruins. “Eventually, no one could use the house anymore because it was so distraught and destroyed. After that, we never went to her house to celebrate get-togethers or Chinese New Year anymore,” Lew recalled.
This is effectively where “Mahjong Room” and its lyricism grew from. The physical room existed, but it did not house love as it did previously. “Because that room was no longer going to serve its function as the modern room as it would never be that again. And I remember, having so many strong feelings towards that room and all these memories there that I would never get to–not necessarily relive–but continue because that room is no longer there,” Lew said. In the song, Lew gently croons, “I remember the most / the time spent in that family of it.”

中国系アメリカ人であるLew(筆者注:Ginger Root)は、しばしば自身の文化的側面を音楽に取り入れています。多くの中国人にとって、麻雀は共通の体験です。そこでは両親や友人、祖父母、その他の年長者たちがテーブルに集まり、規則正しく並べられた牌を囲む様子を見ることができます。それは、決してゲームだけが目的ではなかったのです。

Lewは4、5歳の頃、曾祖母の家にあった特別な麻雀ルームで、祖母の膝の上に座ってこの光景を見ていたことを鮮明に覚えています。彼にとっては、大人たちが明け方まで遊んでいる、たまにしか入れてもらえない部屋でした。しかし、それは何よりも家族が揃ったひとときだったのです。その思い出も(筆者注:Ginger Rootたちが)曽祖父母の家から引っ越してからは遠のいてしまい、10年以上かけて麻雀ルームは無くなってしまいました。「結局、家は取り壊され、誰も使えなくなったんです。それ以来、彼女の家で懇親会や旧正月を祝うことはなくなりました」とLewは振り返ります。

『Mahjong Room』と、そのリリシズムは、ここから生まれました。物理的な部屋は残されていましたが、(筆者注:引っ越しを経たことで)以前のように愛を宿すことはありませんでした。「あの部屋は、もうふたたび(筆者注:麻雀)部屋としての機能を果たすことはないだろうから。あの部屋に対する強い思い入れや記憶は、部屋がなくなってしまった今となっては、同じように再現することができません。でも、(筆者注:思い入れを)続けていくことはできるでしょう」とLewは語っています。この曲でLewは、"I remember the most / the time spent in that family of it(筆者注:一番記憶に残っているのは / 家族で過ごした時間) "と優しく口ずさんでいます。

出典:ARTIST SPOTLIGHT: GINGER ROOT TALKS SAILOR MOON REFERENCES IN “CITY SLICKER” EP

サウンド的にもリラックスできる雰囲気と、どこかノスタルジーを感じさせるハーモニー、メロディだと言えるでしょう。(私は個人的に、このアルバムではこの曲が一番好きです)


またこのアルバムで初めて、Ginger Rootは自らのジャンルを「アグレッシブ・エレベーター・ソウル」と名付けました。

あなたが自称する“Aggressive Elevator Soul”について聴かせてください。
過去のインタビューを読んだのですが「エレベーターの中で踊っているようなチルを感じる一方で、特にアグレッシブに叫ぶように歌っているね」と観客に言われたことがきっかけで“Aggressive Elevator Soul”というジャンルを思いついたそうですね。このオリジナルのジャンルを自称し始めたのはいつですか?

Ginger Root
前作の”Mahjong Room”の曲を書いていたときだね。アルバム制作に取り組んでいるときにいくつかライブで演奏したんだけど、そのときに「エレベーターにいるみたいにチルくて、でもときどき叫んだりアグレッシブになる時もあるよね。かと思えば心地いいサウンドなんだよ。」と言われたんだ。そのときの言葉を取り出して、一つにくっつけたのが”Aggresive Elevator Soul”。
ときどきシャウトするようにアグレッシブになるし、エレベーターに乗っているときに聴こえてくる音楽みたいに聴こえることもある。ソウルやファンクを聴いているから自分の音楽がソウルになったりする。Ginger Rootのコアを表現した特徴だよ。

出典:Ginger Root(ジンジャー・ルート)「RIKKI」ロングインタビュー(後編)「僕はすぐに取り組みたいんだ」


アルバムは好評で、Spotifyのリスナーも順調に増えていき、2018年11月には月間30000リスナーほどになっていました。

2018年12月には、有名なライブ配信サービス「Audiotree」に出演しています。


レーベル契約、MV制作環境の整備、自己ジャンル命名、そこからの国内&海外ツアーと、2018年のGinger Rootはミュージシャンとしての土台がしっかりと固まった年だったと言えるでしょう。そのまま彼は、2019年はツアーや作曲などをして過ごします。


そして、2020年には新しいアルバムをリリースしていきます。


Rikki (2020)

前作、『Mahjong Room(2018)』は表題曲はコンセプチュアルなものでしたが、全体的には活動をしながら書いていった曲をまとめたアルバムになっていたため、コンセプト・アルバムという感じの作品ではありませんでした。

そんな中、Ginger Rootが初めて作り上げたコンセプト・アルバムが、この『Rikki(2020)』です。

– まずは先日リリースされたニューアルバム”Rikki”についてお伺いします。個人的には2020年リリースされたアルバムの中でも随一の作品だなと思っています。インスタグラムのポストで「Rikkiは記憶(Memory)をテーマにした作品だ」と言っていましたね。「記憶」という概念を追求しようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

Ginger Root – いい質問だね。”Rikki”に収録された曲は「記憶」が「どのように変わっていくのか」といったことや「人生のある時点で思い出される」ことを表現したコンセプトなんだ。年を取れば記憶は変わっていく。多くの人は年を重ねるに連れてそういった経験をするし、大事なことや愛する記憶を失っていくことに恐れていると思うんだ。僕は自分が年をとっていくことを単に恐れていたんだと思うし、他のみんなもそうだと思っていたよ。

『Rikki』の収録曲はそういった記憶の変化に言及しようとしている。僕らはほんとうに大事に思っていた記憶を失っていくことを恐れているし、君だってそうだと思う。でも記憶はいつかぐるっとまわって帰ってくるんだ。アルバムに”Rikki”と名付けたのも、子供の頃に読んだ本のタイトルが自分が覚えていた名前と全く違っていたんだ。僕はきちんと正しい名前で覚えていたつもりだったのに。この経験が僕にとっては大きくて(日本語で)「びっくりしました」。子供の頃の大切な記憶をどのように忘れてしまったか自分でもわからなかったけど、アルバム全体でこのような記憶の変化について表現しているよ。

出典:Ginger Root(ジンジャールート)『RIKKI』インタビュー前編。記憶を巡るニューアルバムとDIY精神から生まれるクリエイションへの愛。

I was read to as a kid called Tikki Tikki Tembo. It’s about a Chinese Family whose oldest son has a really long name and no one can say it, so when he falls down a well he ends up getting really sick or whatever.

OH MY GOD!

Cameron Lew: Yeah, kids books man. Although, up until making Rikki, I thought it was Rikki Tikki Tembo-no Sa Rembo-chari Bari Ruchi-pip Peri Pembo but it’s actually Tikki Tikki Tembo…, and my world was shattered! It was one of those phenomena where you know something is right, and you know you remembered it correctly, but you’re wrong. I had to learn from being wrong, and I ended up naming the album Rikki for that.

Ginger Root:私が子供の頃に読んでもらったのは「Tikki Tikki Tembo」という本です。中国の家族の話なのですが、長男の名前がすごく長くて誰も言えなくて……井戸に落ちたら本当に病気になっちゃうとか、そういう話なんです。

インタビュワー:OH MY GOD!

Ginger Root:児童書の話ですよ。でも、『Rikki』を作るまでは、(筆者注:長男の名前が)「Rikki Tikki Tembo-no Sa Rembo-chari Bari Ruchi-pip Peri Pembo」だと思っていたのですが、実際には「Tikki Tikki Tembo」だったので、ひどくショックを受けました。正しいと思って覚えていたのに、間違っていたという。でも間違っていることから学ばなければならない――そんな思いから、『Rikki』というアルバム名をつけることにしました。

出典:INTERVIEW: TIME MARCHES ON WITH GINGER ROOT’S THIRD ALBUM, ‘RIKKI’

Ginger Root – コンセプトを作り上げるには長く時間をかけたね。完全にアルバム制作に取り掛かる前とも言えないし、その後とも言えない。制作途中に徐々に定まっていたんだ。同じ事柄について曲をよく書いていることに気が付いて、たまたまさっきの本を見つけたんだ。そして”記憶”というコンセプトにコミットしようと決めた。アルバムを作る前でもなく。作った後でもない、制作途中に作り上げられたコンセプトなんだ。前作の『Mahjong Room』と比べると、短い時間の間にまとめて曲を書いているんだ。だから楽器やボーカル、歌詞にこれまでよりも統一感が出ているよ。

– なるほど!そういったコンセプトの練り上げ方をいつもされるのですか?

Ginger Root – 正直”Rikki”が初めてだったね。当初プランしていたよりもコンセプチュアルな作品に仕上がったよ。僕はまだ3枚しかアルバムをリリースしていないし、ファーストアルバムはGinger Rootとして初めて作った作品だしね。セカンドアルバムの”Mahjong Room”はコンセプトを持たせる必要性をあまり感じなかったんだ。でもその後、Ginger Rootがどんなサウンドで、どんなタイプの音楽にしたいか、わかったんだ。そして、コンセプト、サウンド、歌詞、作曲が一つの作品にきちんとまとまったアルバムを作ったんだ。

出典:Ginger Root(ジンジャールート)『RIKKI』インタビュー前編。記憶を巡るニューアルバムとDIY精神から生まれるクリエイションへの愛。



でも記憶はいつかぐるっとまわって帰ってくる」と語られているように、このアルバムでは、最後の曲「Rikki」に、最初の曲「Friend」が挿入されています。こういった作り方もコンセプト・アルバムらしく、全体像を俯瞰しながら作られたことが分かると言えるでしょう。

(筆者注:Ginger Root –)最後に”Friend”のサビのボーカルラインを入れたかったんだ。でも、もう少し悲しさや寂しさを感じるような雰囲気にしたかったから少しだけスローにしたよ。同じようなことが記憶にも起こりうるからね。僕らは何かを覚えるんだけど、それは実際と少し異なった形で記憶される。実際にぴったりその通りに覚えてることはないんだ。最初からアルバムを聴き返すとき、最初から聴き始めると”Friend”のボーカルのメロディーはきちんと覚えていられるはずさ。そして最後まで聴いて、最後の”Rikki”までたどり着くと、最初に聴いた”Friend”と少し違って物悲しく孤独な感じがするメロディーが聴こえてくる。それはアルバムコンセプト全体に入り込んでいくんだ。質問の通りで、30分程度のこのアルバムを聞いた人にノスタルジックな経験をして欲しかったんだ。

– 僕はすでにノスタルジックな感覚を覚えたのですが、そうなるとオリジナルの曲順はかなり重要になってくるように思えます。

Ginger Root – とても重要だね。最初の曲から最後まで元の曲順で聴いてみてほしい。

出典:Ginger Root(ジンジャールート)『RIKKI』インタビュー前編。記憶を巡るニューアルバムとDIY精神から生まれるクリエイションへの愛。



この『Rikki』では、演奏はほぼ、自分だけ。1曲だけ追加のヴォーカル、そしてドラムエンジニアを加えていますが、あとはすべて自分で演奏やレコーディング、ミックス、マスタリングまで行っています。

サウンド面では、前作までのリラックスした雰囲気、チルウェイブやベッドルーム・ポップのテイストは残しつつも、よりストレートに踊れるような曲が増えています。

そして特筆すべきは、このアルバムから明確に80年代シティポップの影響が登場することです。それがこの曲、「Karaoke」です。

タイトルもそうですが、この曲はメロディや雰囲気がそれまでのリラックスしたものから、80年代シティポップのファンキーでレトロなものへと移行し始めています。

もちろん、アルバムに通底する「ノスタルジックな経験をしてほしい」という意図もあってのことでしょうが、ここがひとつの分岐点だったのではないか、と私は考えています。


また、「karaoke」のMVでは、Stock Image(フリー素材のサービス)の写真を本物の人間のように扱う、というかなり面白い映像を撮影しています。

画像出典:Ginger Root - "Karaoke" (Official Music Video)
画像出典:Ginger Root - "Karaoke" (Official Music Video)

この映像については興味深い裏話があるので、ぜひ👇の、Sleepyheadさんによるインタビュー記事をご覧ください。



自身初となるコンセプト・アルバムを完成させ、MVのクオリティも絶好調……なのですが、実は、『Rikki』はまだ、全体で一貫したMVを作るところまでは行っていませんでした。

ついにここに取り組むために、Ginger Rootはさらに突き進んでいきます。いよいよ、「ジンジャールート・シネマティック・ユニバース」がスタートするのです。



City Slicker (2021)

2021年、Ginger Rootは6曲入りのEP『City Slicker』をリリース。これが、日本における彼の人気を決定づけるアルバムとなりました。

このアルバムで80年代シティポップの影響を全開にしたことで、日本のシティポップ・ブームの中でピックアップされていくのです。

(👆「Loretta」のMV。サウンド・映像の両面で、山下達郎などの80年代シティポップのオマージュになっています)



具体的には、2021年11月に『竹内まりや RADIO Turntable』や、TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』で👆の「Loretta」が流されたあたりから広く知られるようになり、またシティポップ・アーティストのカテゴリーに入るようになったのではないかと思います。
(どちらも、音楽ジャーナリストの高橋芳朗氏による選曲です)


このアルバムでは、なんと完全にすべての演奏を自分ひとりで担当。もちろん、作曲やプロデュースなども、すべて自分自身で行っています。

前述のとおり、このアルバムのサウンドはファンキーでレトロな80年代シティポップ。Ginger Rootは日本でシティポップのアーティストとして紹介されていきます。

しかしよく聴くと、細部にはこれまで継続してきたサウンド――つまりチルウェイブベッドルーム・ポップの音作りというものも、しっかり残っていました。

また、シティポップ・サウンドを追求していることは、前作『Rikki』で生まれた、「ノスタルジックな経験をしてほしい」という方向性の延長にあるとも言えます。

つまりサウンド的には、『City Slicker』はこれまでの集大成的な作品だったと言えるでしょう。


そして、集大成となったのは、音楽面だけではありません。映像制作という面でも、このアルバムはこれまでの集大成となりました。

『City Slicker』では、架空の映画のサウンドトラックというアルバム・コンセプトを表現したMVを、全曲で制作。映画と音楽を融合させたアルバムとなりました。

👆にあるように、『City Slicker』は「1981年、Ginger Rootは架空の日本映画『街のやつ』のアメリカ版サウンドトラックの制作を依頼された」という設定のアルバムだったのです。

そのため、すべてのMVは架空の映画『街のやつ』の本編映像、ということになっており、統一した世界観の映像が撮影されました。もちろん、これはGinger Rootにとって初の経験です。

(👆漢字表記のロゴ「姜根(ジンジャー・ルート)」も登場。この「Entertainment」は映画のラストからエンド・クレジットという設定。ここに、監督と編集がGinger Root本人であることが明記されています。こちら👇ではシリーズの撮影風景も公開)


また、『City Slicker』のMVにおけるチープなテイストは、80年代ぐらいの日本のTV番組にかなり影響されていると語っています。

こういった音楽以外のバブル期の文化も、現在はひとまとめに「シティポップ」という単語でハッシュタグを付けられてカテゴライズされているため、Ginger Rootが「シティポップ・アーティスト」だという認識が一層広がっていると言えるでしょう。

Do you have any recommendations for films or shows from your sleuthing?

This definitely influenced City Slicker more than Nisemono, but there’s a show called Skevandeka. There’s this highschool girl who also doubles as a secret agent at night in Japan. It was like 1978 or something, early eighties. It’s corny, it’s cheesy, it’s so good. There’s a show called Best of Ten, which is a music late night show in Japan that I watched a lot. Itomo is this late night talk show from the ‘80s as well. I can’t remember the name, but there was a ‘90s drama from Japan; it’s this business woman who tries to make it up in the ranks, and she eventually gets there. It’s also very cheesy, but just the right amount. But definitely all those things combined influenced the aesthetic of the new release, and the Ginger Root Cinematic Universe in general.

インタビュワー:おすすめの映画や番組があれば教えてください。

Ginger Root:これは『Nisemono』よりも『City Slicker』に影響を与えたと思うのですが、『スケバン刑事』という番組があるんです。日本の女子高生が、夜になるとシークレット・エージェントになるという話です。1978年か、80年代前半くらいの番組ですね。下品で、安っぽくて、すごくいい。

あと、『ベストテン』という番組があるんですが、これは日本の音楽深夜番組で、よく見ていました。『イイトモ』は、同じく80年代の深夜のトーク番組です。あと名前は忘れましたが、90年代の日本のドラマで、ビジネスウーマンが出世しようとする、そして最終的には出世する、というのがありました。これもすごく安っぽいんだけど、いい感じ。そういうテイストが全部合わさって、新作の美学、そしてジンジャールート・シネマティック・ユニバース全般に影響を与えたのは間違いないですね。

(「笑っていいとも」が深夜番組だと認識されているのが素晴らしいです。Ginger Rootがこれを読む時のために。「Iitomo」は日本で1982~2014年の長期間、毎日お昼の12時から放送された国民的バラエティー番組です。私はこの文化的誤解を、素晴らしいことだと思っています。私たち日本人も、アメリカの音楽や文化を誤解しながら新しいものを生み出してきたはずです。私はこういった時間と距離の溝が、むしろ新しい芸術と文化を作り出していくのだと信じています。)

出典:Ginger Root — Interview


また、「Juban District(十番街)」ではセーラームーンのアニメから声や映像がサンプリングされ、タイトルもそこに登場する「十番町商店街」が元ネタになっています。

(この「十番」という単語は、これ以降彼のMVに頻繁に登場するミームとなっていきます)

(セーラームーンのサンプリングについてはシティポップの文脈だけでなく、個人的には彼がたまに見せるヴェイパーウェイヴやフューチャーファンクからの影響という文脈でも語れるのではないかと思っています。詳しくは私の別記事をご覧ください👇)



プロデュース・作曲・演奏・レコーディング・ミックス・マスタリング・映像監督・編集・主演、これらすべてがGinger Root本人という、音楽史でもおそらく非常に貴重で、革新的なアルバム。これが『City Slicker』でした。

このアルバムの制作を通してGinger Rootは、自らの映像作品を「ジンジャールート・シネマティック・ユニバース」と命名します。


この映像にも注力したアルバムによって、彼は2021年10月ごろ、YouTubeの登録者数が10万人を突破。銀の盾を手に入れることができました。

That silver plaque came in when we hit 100k. I showed it to my grandma and she was like, “Oh this is great! Congratulations!” Big milestone, happy to hit it, and hopefully one day we’ll get that gold plaque.

銀の盾は、10万人を達成したときに届きました。おばあちゃんに見せたら、「すごいわね!おめでとう!」って言ってくれましたよ。大きな節目になったので、達成できてよかったです。いつか金の盾を手に入れられるようになりたいね。

出典:Ginger Root — Interview

(👆この10万人記念の動画も非常に面白いので、是非観ていただきたいです。Ginger Rootが日本語字幕を用意してくれているので、字幕をONにすればストーリーも理解できます)



そしてGinger Rootは、この成功をさらに推し進めるべく、『City Slicker』の路線を追求したニューアルバムをリリースするのです。


Nisemono (2022)

2022年のGinger Rootのニューアルバムは、『Nisemono』という6曲入りのEPとなりました。こちらもやはり、すべての曲で映像と音楽が同一のコンセプトによって作られた作品となっています。

👆こちらのGinger Rootのツイートには、「1983年、ジンジャー・ルートは、新人アイドル "キミコ・タケグチ" の曲作りを頼まれた。スポットライトのプレッシャーからか、キミコは辞めてしまい、ジンジャー・ルートはいきなり彼女の代役として投入される」と書かれています。


つまり、今回のアルバム『Nisemono(偽物)』は、1981年に『City Slicker』のサウンドトラックを作ったGinger Rootが、1983年に『Nisemono』でアイドルの代役としてデビューしてしまう、という連続した世界観の設定になっているのです。

これらはまさに、彼が「ジンジャールート・シネマティック・ユニバース」を意識していることの表れだと言えるでしょう。


この突然アイドルの代役を務めるストーリーは、やはりMVになって公開されています。

画像出典:Ginger Root - "Loneliness" (Official Music Video)
画像出典:Ginger Root - "Loneliness" (Official Music Video)
画像出典:Ginger Root - "Loneliness" (Official Music Video)
画像出典:Ginger Root - "Loneliness" (Official Music Video)

収録で女性アイドルの「キミコ」が出てくるはずだったのに、いきなりGinger Rootが登場して現場は大混乱。でも最終的に「いや、これ面白いよ!」となってしまい、自己名義でスターになっていくというコミカルなストーリーです。


さらに今回は、MV以外にもバックストーリーとして、Ginger Rootが作曲を引き受けた時のインタビューや、代役として受けるインタビュー、さらに逃げ出す前の「キミコ」の様子などが短編として映像化されています。


「キミコ(竹口希美子)」の役は、日本の音楽や映像などのマルチアーティスト、アマイワナが担当しています。彼女はかなりGinger Rootに似た活動を行なっているため、今回のコラボレーションに至ったのかもしれません。


他の曲のMVでも一貫した世界観が語られています。スターになったGinger RootがTVCMに登場したり、結局仕事に忙殺されて「キミコ」同様に逃げ出してしまい、それをマネージャーが探し回るなどのストーリーです。

現在(2022年11月)はこの「Over The Hill」でMVなど「ジンジャールート・シネマティック・ユニバース」の更新が止まっていますが、こちらの動画の概要欄に、残りのMVなどがツアー後に作成されることが日本語で書かれています。👇

1983年、ジンジャー・ルート は話題アイドル、竹口希美子の新曲を依頼されました。でも、ストレスを溜まっているのせいで希美子ちゃんはアイドルの活躍を辞めてしまいました。その代わりに、ジンジャー・ルート が新アイドルになってしまいました。

このEPのテーマは、”この人生って僕は本当にふさわしいのか?僕は嘘で生きてるのか?僕は本物?偽物?”の悩みを対しています。でもその考え方を納得すれば、必ず大丈夫になります。

この文章を書く時に、まだ二つのMVとチャプターが残っています。ツアーを終わりの後に、作ります! 聴いてくれてありがとうございます! -Cam

出典:Ginger Root - "偽物" [FULL EP VISUALIZER]

(※2023年4月17日追記👇)

ツアー中にGinger Rootが撮影&編集を行い、残りのMVが公開されました。



また、映像がかなりレトロで、本当に80年代のビデオのように見えるのですが、なんと実際に当時の機材を探し当て、手に入れて撮影しているそうです。機材を調べたり探すのもすべて自分たちで行なっているそうで、並大抵のこだわりではないことが伺えます。

In terms of like trying to, I guess like from city slicker, we tried our best to maybe evoke the feelings of 80s. Or just, you know, nostalgia in general for kind of that time period. But I think with the new record, and you say, mono, I really wanted to try to get as close as I could to like, what it actually looked like back then. So I watched ton of reruns of like VHS rips of, you know, Japanese late night, music shows and interviews and dramas and movies back then. And I and like me and my video, creative partner, David, we really sat down, we're like, okay, how do they how did we get this? How did they get this look? And how do we get that in 2022. And honestly, a big part of it was to use gear that they use back then, you know, a lot of video plugins try to do their best, but they look, they look kind of all the same. And so one of the key things we tried to do is to get equipment that actually came from the time period and that's basically the secret sauce.

Nice. Yeah, using the actual stuff to evoke what it was actually like, that makes a lot of sense. Absolutely. Was it easy to find that most materials or was it a bit of a like a vintage icon?

I think it was harder to find like how they did it, the process of it, like the method of it. And then once we figured out what it was and what the medium was, and the format was, we kind of then went on the tech kind of, you know, Scout and we're like, okay, it's this type of equipment. It's this from this state to this day this manufacturer or whatever. So it was really fun. It was like kind of being like a big like super sleuth about, like trying to figure out how to recreate it not digitally, but just like for real?

Ginger Root:『City Slicker』以降の私たちは、80年代のフィーリングを呼び起こすために最善を尽くしたつもりです。あるいは、その時代に対するノスタルジアのようなものを。でも新しいレコードでは、モノラルな、当時の実際の姿にできるだけ近づけようと思いました。だから当時の日本の深夜の音楽番組やインタビュー、ドラマ、映画などのVHSをたくさん観たんです。そして私と、ビデオ制作のパートナーであるDavid(筆者注:David M. Gutel。LAの映画製作者)と一緒に、腰を据えて、「どうやったら、こんな風になるんだろう?どうやってこの映像を撮影した?そして、それを2022年に再現するにはどうしたらいいか?」を考えました。多くの(筆者注:レトロな映像を再現する)ビデオ・プラグインがベストを尽くそうとしていますが、結果的にどれも同じように見えてしまうのです。ですから、私たちが試した重要なことのひとつは、実際にその時代に使われていた(筆者注:カメラなどの)機材を手に入れることでした。

インタビュワー:なるほど。実際にあったものを使って当時を思い起こさせるというのは、とても理にかなっていますね。それらの機材を見つけるのは簡単でしたか?それとも幻の機材のようなものでしたか?

Ginger Root:どうやって撮影しているのか、そのプロセスや方法を調べる方が難しかったと思います。それが何なのか、メディアは何なのか、フォーマットは何なのかが分かってくると、今度は技術的なことを調べたり、探し回ったりして、「これはこういう機材だ」と分かるようになりました。だから、本当に楽しかったです。デジタルではなく、実際の機材で再現する方法を探るという……なんだか探偵のような感じですね。

出典:Interview with Ginger Root - '80s Aesthetics, TikTok, and the Ginger Root Cinematic Universe
MVにも登場するレトロな撮影機材たち
画像出典:Ginger Root - "Loneliness" (Official Music Video)


音楽的には、集大成となった『City Slicker』の方向性を引き継ぎつつ、今作はさらに「昭和アイドル歌謡」「テクノ歌謡」というジャンルで、80年代シティポップの世界をさらに深堀りしています。


「Loneliness」「Holy Hell」「Over the Hill」など、どの曲も「キミコ」が歌っていても違和感のない曲になっており、キラキラした昭和アイドル歌謡のイントロが流れた後、何の前触れもなくGinger Rootの歌が入るという展開が素晴らしいです。

また、YMOの「君に、胸キュン。」は非常にサウンドの類似性が高く、実際にアルバム制作時にGinger Rootがこの曲をカヴァーしていることから、強い影響があったと考えられます。



映像的にも、日本の昭和文化からのオマージュが随所にあり、例えば「Loneliness」の飛行機をバックに歌うシーンは、1980年に松田聖子が『ザ・ベストテン』に初出演したシーンをモデルにしていると思われます。いきなりマイクとヘッドホンを渡されたりする流れもまったく同じです。

画像出典:Ginger Root - "Loneliness" (Official Music Video)
画像出典:松田聖子 青い珊瑚礁
画像出典:Ginger Root - "Loneliness" (Official Music Video)
画像出典:松田聖子 青い珊瑚礁


また「Over The Hill」でランニングをするシーンは、高中正義の『An Insatiable High(1977)』のジャケットがモデルだと思われます。

画像出典:Ginger Root - "Over The Hill" (Official Music Video)
画像出典:Ginger Root - "Over The Hill" (Official Music Video)




『Nisemono』のリリースによって、さらにGinger Rootの人気は高まります。2018年11月で月間3万リスナーほどだったSpotifyアカウントは、2022年11月現在には107万リスナーを突破。3年間で約35倍になりました。

画像出典:Ginger Root Spotify(2022年11月28日)


また、2021年10月に登録者数10万人を達成したYouTubeチャンネルは、2022年11月現在22.6万人を突破しています。

画像出典:Ginger Root YouTubeチャンネル(2022年11月28日)

Ginger Rootは短いスパンで動画を投稿するスタイルではなく、しっかりと作り込まれたプロ級の映像作品を不定期にアップするスタイル。しかし、そのやり方でこの登録者数の伸びは驚異的です。彼の人気が確かなものになっているのを示していると言えるでしょう。


そしてこの状況で来日が発表され、件のチケット争奪戦が行われた、というわけです。

I noticed this tour is also taking y’all to Japan, how are you feeling?

I’m so excited. It’s been a dream to play there ever since I started playing music. The craziest thing that I tell everyone is that our Tokyo show, night one, sold out faster than our hometown. And we added a second show, a second night, and that sold out faster than our hometown, too. I’ve been learning Japanese and I’m so excited to meet with the people and speak, just as colleagues.

インタビュワー:今回のツアーは日本にも行くようですが、どう感じていますか?

Ginger Root:とても興奮しています。音楽を始めてからずっと、日本で演奏するのが夢だったんです。みんなに言っているんですが、東京公演の初日は私の地元(筆者注:カリフォルニア)よりも早くソールドアウトしました。2日目の公演を追加したら、そちらもやはり地元より早く完売しました。私は日本語を勉強しているので、皆さんと会って、日本語で会話するのがとても楽しみです。(筆者注:2022年11月15日公開のインタビュー記事)

出典:Ginger Root — Interview


日本語を勉強していると語るGinger Root。これを読んでもし皆さんが彼と話す機会があったら、ぜひ日本語で会話してみてほしいと思います。

そして、「ジンジャールート・シネマティック・ユニバース」の続編も楽しみです。次回のアルバムはまた、Ginger Rootが80年代に巻き起こすストーリーになるでしょうし、来日はその撮影に使われるのかもしれません。



おわりに


最後に、彼の無数のインタビューから、とても素晴らしい話をご紹介して終わりにさせていただきます。

DO YOU THINK THERE’S ANY ADVICE YOU WOULD GIVE OR ANY HOPE YOU HAVE FOR THE FUTURE OF THE MUSIC INDUSTRY?

Cameron Lew: I would say to the musicians: we’ll get through this and we’ll learn from it. For the people who are unsure if they should quit making music, I’ve thought that way too. I’ve considered giving up music for a “real job”. At the end of the day though, if I didn’t enjoy this so much I wouldn’t be doing it. For anyone really, who needs to hear it, it may be hard but if you love it and get something out of it? Who cares, keep doing it!

(インタビュワー:)音楽業界の将来について、何かアドバイスやメッセージがあれば教えてください。

Cameron Lew(筆者注:Ginger Root):ミュージシャンの方々に伝えたいことがあるんです。「私たちはこの状況を乗り越えて、そこから学ぶことができる」。
音楽をやめるべきかどうか悩んでいる人たちへ――私もそう考えたことがあります。 音楽をやめて「本当の仕事(筆者注:映像編集)」をすることも考えました。 でも、結局のところ、音楽が楽しくなければ、(筆者注:ここまで)続けて来れなかったでしょう。 もしあなたが音楽を好きで、そこから何かを得ることができるのであれば、気にしないでください。 そのまま続けてください!

出典:INTERVIEW: TIME MARCHES ON WITH GINGER ROOT’S THIRD ALBUM, ‘RIKKI’


つまりここで彼は、自分がここまで来ることができたのは、自身の「楽しい」「好き」を追い求めてきたからだと語っていると思われます。

彼は音大に行ったわけではありませんでした。例えばVulfpeckが皆、音大の優秀なミュージシャンたちによって結成されていたのとは違い、彼は大学は映像編集を専攻としたため――音楽に関しては、他のミュージシャンたちに比べて一歩遅れていた、と考えられます。

しかしその大学生活で、Ginger Rootは学んできた映像編集で食っていくのではなく、やっぱり一番「楽しい」「好き」な、音楽を生業とすることに決めたのです。これは、彼にとっては非常に大きな決断だったと言えるでしょう。そして、彼はその「楽しい」「好き」を追求することで、日本でチケットが争奪戦になるほどの成功を収めているのです。


私事ではありますが、私も自分の「好き」を追求した結果、開けられるはずのない扉を開けることができました。私はGinger Rootのこのインタビューが胸に迫ります。この発言は彼の本心であり、「好きなことを続けなさい」という、彼からの大切なメッセージだと思います。


以上、非常に長くなりましたが、どこよりも詳しいGinger Root、今回はここまでで終わりとなります。次回は、彼がVulfpeckから受けている影響について語り尽くします。こちらもよかったらご覧ください!👇




―――――著者情報――――――

Dr.ファンクシッテルー

イラスト:小山ゆうじろう先生

宇宙からやってきたファンク博士。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動しています。

「KINZTO」の活動と並行して、音楽ライターとしても活動しています。

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