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荒ぶる侘び

この記事は、16年前の自分へのツッコミというスタイルで書いています。

 最近とても気になる人物がいる。松永安左エ門(長崎県壱岐生まれ、1875-1971年)である。「電力の鬼」と呼ばれたことで大変有名な経営者で、晩年は茶の湯に夢中になり松永耳庵と名乗った。四十代で女性に、五十代で登山に、そして六十代で茶の湯に夢中になった彼が晩年にたどり着いたのは「荒ぶる侘び」だったのではないか。

 私が彼に強く興味を示すようになったきっかけは、自叙伝にある一枚の写真であった。92歳の松永氏は口をへの字にして強面 (こわもて)でにらみつけていた。だがなぜか目は優しい。にらんでいるのに優しい目であった。また、右手に野蛮な細長い木刀を持っているのに、左手には上品なバッグを持っていた。黒いキモノに焦げ茶色の羽織を粋に着こなしているのに、首には無造作に巻かれただいだい色のマフラー。長身。白髪に白まゆ毛。凜とした優しい目力だ。若いころは美男子だったに違いないがそれだけではない。強さと優しさ、野蛮さと上品さが同居するこの写真に、何ともいえない魅力を感じた。

 電力の鬼と呼ばれた松永氏は戦後、71歳のとき、電気事業再編成審議会の会長に選出された。日本経済を支える電力供給に関して、国営ではなくグローバル競争に耐えうる民営化に戻すことを推進した。多くの政治家や通産官僚、GHQとも渡り合った。

 他方、茶の湯では松永耳庵と名乗り、近代数寄者となった。その徹底ぶりには驚かされる。例えば、7億円出して井戸茶碗「有楽 (うらく)」を競り落としたり、茶の湯を知らない人には巨大な耳かきにしか見えない竹製の棒、茶杓 (ちゃしゃく)を数千万円で落札したり。破天荒である。そうかと思えば、せっかく手に入れた名物に執着せずあっけなく寄付してしまう。お点前 (てまえ)の手順もめちゃくちゃ。だがまじめにお茶を点てているひたむきな姿が人の心を打つ。「秘すれば花」が女の美学とすれば、「荒ぶる侘び」は男の美学か。

2007年12月12日


私が惹かれた写真が、こちらのHPに掲載されていたようです。


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