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OILと3回書くと、サザエさんのオープニングっぽくなる(短編小説)

OILと3回書くと、サザエさんのオープニングっぽくなる。(トリビアの泉より)

この事を僕に教えてくれたのは、小学校時代の友人だった。いや、友人とは言えないかもしれない。友人と言うには、僕はあまりにも彼の事を知らなかった。同じ小学校の、同じクラスの、隣の席の子。僕と友人の関係は、それだけだった。

小学校時代、僕には何もなかった。家は貧乏で、小遣いももらえない。服はいつもサイズ違いの父のお下がり。テレビなんか見た事もない。金はないくせに、何故か部屋には物が溢れている。「いつか使うかもしれんから」と母は言うが、そんな日が来た事はなかった。足の踏み場もないような部屋で、寝て起きて美味くもない飯を食う。それだけの毎日だった。

その当時、トリビアの泉という番組が流行っていた。トリビア、つまり無駄な知識を教えてくれる番組で、めちゃくちゃ人気があった。へぇー、という声真似をクラスで何回聞いたか分からない。

けれど僕は、トリビアの泉を見れない。家にテレビがないから、どうしようもない。話しかけてくれても、あやふやな回答しかできない。いつしか、僕の周りに人はいなくなっていた。そして僕自身も、他人を求めなくなっていた。それが当たり前だったからだ。担任教師が僕を輪の中に入れようと必死だったが、その必死さが僕をさらに傷つけた。そして、とうとう誰もが匙を投げた。僕は透明人間になった。

ある日、僕は5時間目の最初からずっと眠った。目が覚めた時には、5時間目どころかホームルームが終わっていて、クラスには誰も残っていなかった。僕はとっとと帰ろうとクラスを出ようとした。その時、隣の席に誰かいる事に気づいた。一心不乱に何かを書いていた。

「ねえ、何書いているの?」僕は恐る恐る聞いた。

「あのさ、英語のOとIとLの組み合わせを、3回書いてみなよ。サザエさんのオープニングみたいになるから。」

「え?」

「ほら。」

確かにそれは、なにかしらのメロディを奏でていた。しかし、それがサザエさんだとは分からなかった。サザエさんを見た事がないからだ。とはいえ、一応褒める事にした。

「すごいね、これ。」

「うん、自力で見つけたんだよ。」

それで会話は終わりだった。僕は帰って寝て起きて、日々に変わりはなく続いていった。

小学校を卒業後、家にテレビがやってきた。引っ越す知り合いから父が貰ってきたらしい。そこで初めてサザエさんを見た。確かに、あの時のメロディに近かった。

中学に入り、OILで油という意味がある事を知った。授業中、僕はなんとなくOILを3回書いた。

放課後、気になる女の子と一緒に下校した。話題に困った俺は、昔の友達がOILと3回書くとサザエさんのオープニングっぽくなると話した。女の子は、「それ、トリビアの泉でやってなかった?」と言った。僕は自殺がしたくなった。

そこから僕は、より一層他人を信じなくなった。他人を寄せ付けず、一人で生きるようになった。結果、昔よりも上等な家に住み、上等なものを食べるようになった。

それでも時々、不意にOILと3回書いてしまう事がある。書くときは大抵、不意に切なさを感じた時や虚しくなった時、大切な会議が控えているのに眠れない夜などだ。僕は一心不乱にOILと書き続けている。まるで、何かを訴えるように。

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