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記憶、風景、音

バンプ・オブ・チキンの話をしてみる。

彼らについて知ったのは小6か中1だったと思う。周りの友人が聞いていたから僕も聞き始めて、これは良い、と思い、片っ端から曲を聞いていった。高校生の頃、家から自転車で行ける距離の会場でライブをやるということで、何とかチケットを入手してライブに行った。指定席ではなくスタンディングだったうえに、かなり後ろの方だったから肉眼では殆ど見れなかった。なので、設置されたモニターで彼らの演奏姿を見て、音を聴いて、体を揺らした。そのライブでは生で聴く『ダイヤモンド』と『リトルブレイバー』に感動して涙を流したことを覚えている。

当時10代後半ぐらいの僕は、バンプ・オブ・チキンの音楽を一生聞くだろうと思っていた。でも今、彼らの曲を聞くことは無い。

10代後半ぐらいの僕は、毎日彼らの曲を聞き、毎年彼らのライブに行った。新幹線に乗って、わざわざ遠くの会場に足を運ぶこともあった。ライブ遠征、というやつだ。さらに新譜を買い、CDを集め、過去のライブ音源を聞き、雑誌やネットのインタビューを全て読み、日曜深夜3時からやっている「PONTSUKA!!」というレギュラーラジオを毎週きいた。そういえばニコニコ動画で、彼らがデビューした2000年頃のラジオ音源を見つけて聞き、面白くて爆笑した記憶がある。あの音源はまだ残っているのだろうか。

先日カラオケに行った時、友達が『アルエ』を歌った。バンプの曲の中で割と定番な選曲だと思う。歌い終わった彼は「バンプの曲なにか歌ってよ」と僕に言ってきたので「最近全然聞いてないけどなー」と保険をかけつつ『ランプ』と『とっておきの唄』を歌った。なかなかの出来だったと思う。彼に「完璧じゃん!」と褒められて嬉しかった。

最近聞いてない、という言葉を彼は嘘だと思っただろうか。でも本当に、僕は今、バンプ・オブ・チキンの曲を聞くことは無い。

中学2年の時に、1つ下の後輩を好きになった。当時の僕は、子供ながらに色々なアプローチを考えていて、食事や、映画などの遊びに何度か誘った。2人きりだと警戒されるかもしれないので5人前後のグループでよく行ったように思う。彼女の誕生日、僕はバンプ・オブ・チキンのCDを渡そうかと迷った末に止めた。今思い返すと、渡さなくて良かったと思う。自分の趣味を彼女に知ってもらいたかったのだろうけど、一方的で幼い発想だった。結局何を渡したのかは思い出せないが、きっと大したものではなかったろう。

その彼女には12月27日に告白して「考えさせてほしい」と言われ、12月31日にメールで振られた。外はグレー色の空で、雪が降っていた。彼女は翌年の3月に関西の方へ引っ越していき、それ以来会うことはなかった。それ以降も、僕はバンプ・オブ・チキンを聞き、中学を卒業し高校生になった。

彼らは同じことばかり歌っている。これは僕の感想ではなく、彼ら自身が明言していることだ。そして段々と僕は、バンプ・オブ・チキンの他にも色んな音楽を聞くようになった。アジカンを聞き、くるりを聞き、ジュディマリとYUKIを聞き、斉藤和義を聞き、フジファブリックを聞き、小沢健二を聞き、andymoriを聞いた。他にも膨大な数の曲を聞いた。洋楽を聞くこともある。

今はカネコアヤノや折坂悠太をよく聞いている。カネコアヤノや折坂悠太は、今の僕の生活に必要な音を奏でていると思う。バンプ・オブ・チキンは、今の僕の生活に必要な音を奏でていないと思う。

ベースを担当しているチャマの不倫報道が出たとき、僕は驚かなかった。彼らの様々な側面を見てきて、チャマがいかにも不倫しそうな人だと知っていたからだ。彼が既婚者であることも、公表されてはいなかったがもちろん知っていた。チャマは活動休止しバンドは3人体制で続くことになった、とニュースで見た。僕はそのニュースを流し見して、少しだけ心配しつつも、そうか、としか思わなかった。

ファンの中にはショックを受けた人もいて、しばらく曲を聞けないという声もあったそうだが、僕は理由がよくわからなかった。曲は殆ど全て藤原基央が書いており、チャマは曲作りにはあまり関与していない。そもそも、バンプ・オブ・チキンを本当に好きで見ていたのならば、チャマがやらかしそうな人である、ということは自然と分かるものだ。僕はバンプ・オブ・チキンを本当に好きだったから、そんなことは自然と分かっていた。

今でも僕は、彼らが好きだし、彼らの音楽が好きだ。かつて僕の心を掴んで離さなかった曲たちを、今でも愛している。でも、日常的に彼らの音楽を聞くことはもう無いと思う。しかし僕の大好きなバンドであることは確かで、今でもひっそりと、心の片隅で応援している。

先日、チャマが復帰し、4人体制での活動を再開したらしい。その事を知って僕はホッとした。本当に、心から良かったと思った。やはりあの幼馴染4人でなければ、バンプ・オブ・チキンではないのだ。

これからも彼らが、彼ららしく音を奏でることを心底願っているし、いつかどこかで彼らの演奏を、藤原基央のあの歌声を、また聞けることがあれば嬉しく思う。その時、僕は確実に泣くだろう。初めて行ったあのライブと同じように。


今度時間を作って、何年かぶりにしっかりバンプ・オブ・チキンを聞こうと思う。書いているうちに何だか聞きたくなったのだ。サブスクではなくCDで聞こう。今はもう忘れてしまった、記憶の彼方にある風景を思い出せる、そんな気がする。もちろん、始めはあの曲から。


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