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自転車シェアリングの未来−スペイン・セビージャの例−

はじめに

前回、アメリカに留学していると自己紹介させていただきましたが、実は現在、私はスペイン・アンダルシアのセビージャという街で半年間の留学をしています。長期留学中の短期留学ということで、珍しいケースだと思いますが、私の大学は「異文化理解=Multiculturalism」を重視しているため、学生の半数以上が3年次に半年間、アメリカ以外の国で留学をします。

私はずっとヨーロッパにも行きたいと思っていたので、大学入学前からスペイン語を勉強して、この留学に向けて準備してきました。英語からスペイン語を学ぶこと、またアメリカとヨーロッパの違い、などについては後々書いていきたいと思います。

さて、実はこのセビージャという街、ヨーロッパ屈指の自転車に優しい街として知られています。ヨーロッパで自転車の街というと、オランダのアムステルダム、デンマークのコペンハーゲンなどが広く知られていますが、セビージャは以下の「自転車乗りに優しい街ランキング(2015)by WIRED」でもスペイントップの10位(2013は4位)に位置図けられているように、スペインの都市サイクリングシーンを代表する街です。

東京でも近頃良く見る自転車専用レーンは、街のほぼ全域に整備されており、老若男女問わずたくさんの人が通勤、通学目的で毎日自転車を利用しています。私自身、大学のキャンパス間の移動や友達と遊びに行くときなど、セビージャでは毎日のように自転車を使っています。

とは言っても、私が使っているのはこのSeviciというシェアリングサービスの自転車。実はこのセビージャという街、道で見かける自転車の約半分がこのSeviciです。

今回はこのSeviciを例に、自転車のシェアリングサービスがいかにして成功することができたのか、書いてみたいと思います。

自転車のシェアリング

日本ではあまり目にしなかった自転車のシェアリングサービスですが、アメリカの街では頻繁に目にします。ミネアポリスやシカゴにもありますし、ニューヨークやロサンゼルスといった大都市には間違いなくあると思います。

東京では当たり前のように自分の自転車に乗っていたので、渡米してからもこういったサービスにはもちろん興味はありました。しかし、どうしても料金が高く見えてしまい、使う気にはなりませんでした。

アメリカのサービスでは、月額20ドルのメンバーシップに加え、30分毎の利用で1-2ドルというのが相場だったと思います。気になったので調べてみたら、東京の平均的なシェアリングサービスも月2000〜3000円+使用料とのことでした。これだと、かなり高くてとても手が出ませんよね。

それに比べ、Seviciはなんと年額たったの39ユーロ(約5千円)で、30分以内の使用であれば無料、また使用回数に制限はありません。サービス開始から10年以上が経ち、ユーザーが増えた今では、街のありとあらゆるところにステーションがあるので、基本的にはどこに行くにも困りません。

東京やアメリカでバイクシェアリングの試みが(私の知る限りでは)あまり成功していない理由のひとつに、ユーザー数が少ないということがあります。

サービスの利用者数が少ない以上、自転車は誰にも乗られることはなくステーションに置かれたままです。将来的にコストが払える見通しがないため、自転車を停車するステーションや自転車の数も増えません。これはつまり、コンセプトとしては魅力的なサービスでも、その時点でのユーザー数が少ないと、サービスの良さを発揮できないという現象です。

この現象は、「ネットワーク効果=Network effect」と呼ばれ、ミクロ経済学の重要な理論です。FacebookなどソーシャルメディアやUberなどシェアリングサービスのユーザー数が「加速的に=exponentially」増えるのもこれが理由の1つとされています。以下は、もう少し詳しい説明になります。

潜在的な顧客にとっての物やサービスの価値が、既にその物・サービスを利用している顧客の数に依存すること。より多くの顧客が物・サービスを利用するにつれてその物・サービスの価値が増す場合、その物・サービスには、正のネットワーク効果があるという。例えば、ビデオテープの規格、パソコンのOS、キーボードの配列、通信ネットワーク、クレジットカードのブランド等に見られる。需要側のネットワーク効果(demand-side network effect)と供給側のネットワーク効果(supply-side network effect)があり、需要側のネットワーク効果は、ネットワーク外部性と呼ばれ、供給側のネットワーク効果は、規模の経済とも呼ばれる。(はてなキーワード)

Seviciが成功した理由と課題

さて、Seviciがここまで利用者を獲得することに成功したのには、いくつかの理由があります。

まず、街の大きさ。古代ローマの時代から港湾都市として栄えたセビージャの街は、現在スペインで4番目の人口約70万人を抱えています。一方で、街の機能は中心地の約半径2㎞ほどにまとまっています。

その中でも、観光名所や有名なバルなどは、だいたい東京の皇居ほどの大きさのエリアに集まっており、周辺の市街地や郊外とつながる電車の駅やバス停からのアクセスを考えると、自転車はとても良いオプションです。

セビージャはバスやメトロ、街中を走る路面電車・Tranviaなど、低コスト(約100円/回)な公共交通機関は存在しているものの、中心地の渋滞や駅の少なさなど、どれも少し不便な点があり、健康な若者であれば自転車を使う人が増えています。

2点目は、セビージャの平らな土地と雨の少ない気候。周辺を山に囲まれたアンダルシア地方の西側はグアダルキビル平原という平らな土地にあり、その中でも海に近く、グアダルキビル川に沿ったセビージャの街は、高低差のない非常に平らな地形をしています。

また、アンダルシア地方は温暖で雨の少ない地中海気候に分類され、一年のうちで晴れの日(年間日照日数)が300日と言われています。このように、セビージャは自転車で移動するには理想的な地理的条件を満たしています。

このような要因に加え、世界遺産のCatedral(大聖堂)やAlcazar(宮殿)をなどの観光名所が集中する中心地から自動車を減らそう、という地元政府の試みの一環として、Seviciは街をあげて推し進められてきました。(サービス開始は2007年)

しかし、もう1つ、大きな理由があります。それは、セビージャの自転車盗難の深刻さです。日本のように自転車の登録システムが浸透していないセビージャでは、盗難自転車が非常に盛んに売り買いされています。路上で売られているサッカーチームのユニフォームの偽物などを見ても、こういった分野の取り締まりは非常に緩く、セビージャ、あるいはスペインの行政の脆弱さを物語っています。

こういう私も留学当初、2週間で安い自転車を盗まれています。ちゃんと二重にロックしていましたが、朝方の数時間でもっていかれました。残っていたのは頑丈な筈の鍵の欠片だけでした。友達と話していても、自転車を盗まれた経験がある人の割合は異常に高く、その多くが今では盗難の心配がないSeviciを利用しています。

もちろん、このSevici、他の自転車シェアリングサービスと同じように、完璧という訳ではありません。最大の課題は、ステーションに自転車がない、あるいは満杯で駐車スペースがない場合があること。特に利用者が集中する朝や夕方は特定のステーションは常に空っぽ、他のステーションは満杯ということは日常茶飯事です。

こうした問題に対応するために、Seviciは公式のアプリでステーションの空き状況を確認することができるようになっていますが、完全な解決策とはなっていません。これは、「線形代数学=Linear Algebra」を利用したモデリングなどで解決ができるはずですが、現段階では改善の余地が大いにあると言わざるを得ません。

もう1つの問題は、故障車が少なくないという点です。長年サービスを使っているセビージャ市民は、使えない自転車を選んでしまうことにうんざりしているので、故障車を見つけ次第、サドルを前後反対にセットして他の利用者が間違えて選ばないよう配慮をしています。しかし、これもいまだに根本的な解決策とは言えません。

こちらのブログでも、このようなSeviciの問題点は指摘されています。

このように、完璧とは言えないSeviciですが、2か月間ほぼ毎日自転車を利用した感想としては、やはりとても優れたサービスだと思います。もともと自転車に乗ることが好きだということは当然ありますが、料金の安さ、アクセスの良さなどを考えると、他の街の似たようなサービスには見習ってほしいところが少なくないと思います。

自転車のツギ

さて、Seviciと並んで良く見かけるのが、こちらの電気スクーターです。日本ではまだ目にした記憶がありませんが、ヨーロッパの大きな街ではすでに自転車に代わる市民の足として浸透し始めています。アメリカではBirdとLimeというこちらもシェアリングのスタートアップがかなり人気なのは、ご存知でしょうか?

ちなみにこちらのスクーターは中国で急成長している「シャオミ=Xiomi」というテクノロジー系メーカーのスクーターで、スペインでもよく売れているようです。日本では恐らく歩道での使用が禁止されているためか、国内メーカーの機種は目にしたことがありません。現在の市場規模を考えると、個人的にはとても将来性のある分野だと思いますが。

ポルトガルのリスボンやドイツのフランクフルトでは、アメリカ発、業界トプのLimeやスウェーデン発のVoiなど、このような電動スクーターのシェアリングサービスをたくさん見かけました。Limeは同じシステムで自転車のシェアリングも行っており、この分野は欧米、中国のスタートアップによる熾烈な競争が繰り広げられているようです。

こういった電動スクーターのシェアリングサービスはセビージャではいまだに認可されていないようで、街中で見かけるスクーターは会社名の入っていない個人所有のものです。さらにルール作りが整っていない日本では、恐らく売っているのを見つけるのも大変なのではないでしょうか。

このようなケースは行政の「市場介入=interference」と呼ばれ、UberやAirbnbなどのシェアリングエコノミーの台頭により、議論が盛んな分野です。消費者側からは、選択可能なオプションが狭められるというデメリットがある一方、明確なルールのない中での新しいサービスの浸透は安全性や既存の業界への混乱を招くといった意見があります。

おわりに

話が少し脱線してしまいましたが、今回は自転車、そして交通のシェアリングサービスについて書いてみました。東京で育ったという経験上、都会の交通は個人的にとても興味がある分野です。アメリカやヨーロッパと比べても、東京の公共交通は最高レベルだと思いますし、通勤ラッシュの満員電車は断トツで最悪だと思います。

東京やセビージャに限らず、交通モデルは街の特徴や行政のルールに大きく左右されます。あまり昔のことは知りませんが、ニューヨークやシカゴ、ワシントンDC、ボストンといったアメリカ東海岸、中西部のの鉄道網は現在ではかなり充実しています。一方でロサンゼルスなどは完全な車社会のようですね。

東京に最適な交通モデルはどんな形をしているのでしょうか?これはあくまで個人的な意見ですが、アメリカから帰国して初めて乗った満員電車はあまりに混み過ぎていて、もう乗れないと思いました。もちろん、街の至るところに鉄道網が張り巡らされていて、アクセスが便利なのは百も承知ですが、果たしてあれは最良のモデルなのでしょうか?

今回は以上です。皆さんは自転車についてどう思いますか?経済的で地球に優しい交通の未来ですか?邪魔で危ない過去の乗り物ですか?ぜひ、意見があれば教えてください。

P.S. 「令和」、凛とした響きの良い元号ですね。年度も変わり、フレッシュな気分です。新入生、新社会人のみなさん、おめでとうございます!セビージャの街は「Semana Santa=聖週間」で大混雑。色々と忙しい時期かと思いますが、頑張っていきましょう!

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