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『FLYING SAPA』 演出家ウエクミの脳内を廻りたい・・・!

⓪はじめに

ご無沙汰しております。

遅筆×激務で投稿が滞りがちな私も、時間さえあればコンスタントに投稿できるものだと思っていたのだが、コロナによって普段よりお暇ができるとかえって何だか書く気が起こらず…気づけば最後の投稿から3ヶ月近く経ってしまった。
皆さま、お変わりないでしょうか?

この3ヶ月の間、せっせと作品のインプットの方に精を出して来たわけだが、遂にこれは何としても記事を1本したためなければならない!という名作に出逢った。

私の尊敬して止まない宝塚歌劇団座付き演出家 上田久美子による最新作
「FLYING SAPA −フライング サパ−」

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当初2020年3月30日から、東京赤坂のACTシアターにて上演の決まっていた作品だがコロナで延期を余儀なくされ、4ヶ月遅れて大阪での開幕となった。大阪在住の私としては地元の公演となり、不謹慎ながらありがたいとも感じたわけだが…。
第二波はここ大阪にも魔の手を伸ばしているが、先行販売開始直後にはチケットは完売となり、感染拡大防止策として1席空けて座る客席は連日満員となった。

私が観た回は8月9日のマチネ。
久方ぶりの生の観劇、しかも敬愛する上田久美子女史(ウエクミ)の新作とあって、私の中の期待値ハードルはMAXに高かったはずだ。
にも関わらず、ウエクミは私のハードルを難なく、それも大幅に越えて来た。
圧倒的スケールのSF的・政治的・そして哲学的視点を持って-。

 遠い未来、太陽の活動が弱まったことからポルンカ(水星)へ熱と光を求めて脱出した一部の人類は、総統01の指導の元、国家や人種、言語、宗教など全ての「違い」をなくして皆が一つになり、あらゆる攻撃性を排除して平和な憎しみのない世界に生きることを目指していた。総統01は、個人の身体に埋め込めば地球と変わらず生活できる生命維持デバイス「へその緒」を発明し、装着した人間の精神を含むあらゆる活動データを政府のデータベース『ミンナ』に送ることで人類の全てを把握している。徹底したポルンカのデータ管理下では、誰かが攻撃的な計画について脳内で思考するだけでも、検知され摘発される。特に凶悪で再生不可能とされる者は、思想と記憶を消して漂白した上で、政府のスペシャリスト兵士として雇いいれられるのだ。オバク(主人公:真風涼帆)も、そんな記憶を消された兵士の一人で、かつての自分が誰なのかは知らず、今の自分としての記憶は4年分しかない。
 ある時オバクは、「へその緒」を自ら壊し自殺を図ろうとする女を偶然探知し、保護する。しかし彼女は抵抗し、オバクに自分をこの星で唯一総統01の支配が及ばないという謎のクレーター“SAPA”へ連れていくように指示する。彼女の名はミレナ(星風まどか)・・・総統01の娘だった。ミレナは何故“SAPA”を目指すのか。“SAPA”とは何なのか・・・オバクとミレナの記憶を探す旅が始まる。
(公演プログラム STORYより抜粋)

ウエクミ自らこの作品を「思索的SF」と評していたようだが、そのスケールの大きさ、そして深さは、3時間の間片時も私の鳥肌を休めてはくれなかった。そして全ウエクミファンの期待を裏切ることなく、今回も大きなカタルシスを我々に与えてくれた。
(これまでのウエクミ関連記事でも説明して来た通り、彼女の作品は従来の少女趣味的な宝塚の枠を大きく越えている。)

どうやったらこんなに大きくて深い作品が作れるのか。
初めてウエクミ作品(『金色の砂漠』)に触れた時は、演劇の脚本・演出をかじった端くれとして彼女の才能に激烈に嫉妬したものだが、今作で彼女は私の嫉妬の手が届かないところまで駆け抜けてしまったと感じた。
この思索的SF=『FLYING SAPA』を構想するにあたって彼女の脳内でどんなことが起こったのか私のような凡人が推し量るには限界があるだろう。
それでも(想像の範疇を抜け出せないかもしれないが)私なりにこの作品に影響を与えた内的要因と外的要因を分析し、ウエクミの脳内に迫ってみたい、そう思った。ウエクミの脳内を探索したい・・・夢を巡るオバクのように。

①内的要因

この作品の構想がスマートフォンの普及に端を発していることはウエクミ自身が公演プログラム内で語っている。

 この『FLYING SAPA』の構想をしたのは今から十年前、iPhoneが出回り始めた頃のことです。誰かのすべての情報を一企業が参照できるなんて不気味すぎるし、私は関わるまいと思っていました。でも人々が嬉々としてスマホに切り替えていくのを見て、いずれそれなしには年金も受け取れないなんてことになるんじゃないかという不安が心をよぎり、スマホが社会的生命維持装置になることを予感した私は、抵抗も虚しく最新型iPhoneを手にしたのでした。
 当時に思いついた、無数の個人の情報が一つの巨大な中心に吸い込まれていくという今作のモチーフは、十年でありふれた現実となりました。
(中略)
 情報の網の目の中で、この国(日本)の人々はかつてないほどに同調し、少しでも違和感が生じると断罪する。足音ひとつ立てないように歩かなければならない日本の静謐なディストピアは、いまや法制化されつつあります。
(公演プログラム 演出家挨拶より抜粋)

ウエクミのスマートフォンに対する恐怖は2種類に分けて考えるほうがわかりやすい。ひとつはデータを吸い上げられること。もうひとつは監視されること。

1つ目のデータの吸い上げに関しては、私の業務と非常に近しい問題だ。

スマホやPC・キャッシュレス決済にポイントカード・・・あらゆる顧客接点から情報を吸い上げデータベースに蓄積するデータドリブン・マーケティング・プラットフォーム(DMP)を築くこと。それらのデータを駆使し、広告をもっと効率的に!もっと、もっと効率的に・・・ !!

広告の仕事、特にWEB領域を担当する者として、日常的に交わされる言葉。でも確かに数年前まではウエクミ同様自分の個人情報や行動データが吸い上げられるのが怖かった。初めてリターゲティング広告(あるユーザーが以前閲覧したサイトの履歴を元に関連する広告を狙い撃ちするマーケティング手法)に追いかけ回されていると気づいた高校生の時、只ならぬ不快感を覚えた。
日本人はどちらかといえばこの手の恐怖に敏感で、それ故に情報テクノロジーの発展・それに伴う経済の発展に関して米中に大幅な遅れをとっているということを今の会社に就職してから知った。だから政府が経済政策を持ってキャッシュレス化を推し進めなければならなかったわけだ。ウエクミの恐怖は実は多くの日本人の心の中に潜んでいるものなんじゃないかと思う。

言うまでもなく、『FLYING SAPA』の世界観で生命維持装置としての「スマホ」は「へその緒」に、そこから吸い上げられたビッグデータを保管する「DMP」は「ミンナ」に置き換えられ象徴的に描かれている。

しかし、現代日本社会でビッグデータをマーケティング利用ではなく「総統01」のように政治利用しようという動きはないといって差し支えないだろう。
中国では政府版社会信用システム「百行征信」が存在し、ビッグデータの政治利用≒監視社会が始まりつつあるが日本ではそのような動きはない。
ところがウエクミは

情報の網の目の中で、この国(日本)の人々はかつてないほどに同調し、少しでも違和感が生じると断罪する。足音ひとつ立てないように歩かなければならない日本の静謐なディストピアは、いまや法制化されつつあります。

とあたかも日本国内ですでに監視による同調の強要と断罪が行われているかのような書きぶりである。

このウエクミの2つ目の恐怖=監視されることについては、データを吸い上げられることとは別のスマホの害に起因していると考えられる。
それがSNSによる相互監視である。

この相互監視については前作『BADDY −やつらは月からやってくる−』ですでに強く意識されていた。悪が駆逐された(全大陸禁煙化された)地球に月に追いやられていた大悪党(超ヘビースモーカー)のBADDYがやってくると言うぶっ飛んだ設定のコメディーショー。「クラシカルなラブロマンスで人気だった上田久美子が壊れた!!」と騒ぎになった問題作だが、問題になったのは何も破茶滅茶な設定だけではない。ドタバタコメディの水面下で演出家の思想が前面に押し出された社会派作品として世に送り込まれた本作は、ピエロのメイクをして相手を油断させながら懐から拳銃を取り出すジョーカーさながらだ。

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 グレーなものが押しやられて狭い範囲の白い領域だけで生きなければならないこの時代。ダメなもの、人が嫌うものの範囲がどんどん広がり全ての不快を排除しつつある現在。潔癖な無菌室で生きる私たちは心の花粉症にかかったように刺激物に過敏になり、小さな衝突も避けるようになった。
(『BADDY』 公演プログラム 演出家挨拶より)

この無菌状態を作り出したものが「SNSによる相互監視」だと考えていると、『BADDY』の直後に母校・京都大学で開かれた講演会『パンとサーカスの危ない時代に』でウエクミは語っていた。オーソリティでなくても、一般人同士が後ろ指を差し合えるSNSの世界。その結果、誰もが炎上を恐れ、皆が不快にならない「真っ白」な表現しかできなくなった。社会からグレーゾーンが消えていく。スマホという小さな箱で私たちが相互につながるようになってから。
(白と黒が明確化されグレーゾーンがなくなり、物理的に隔離されている点でも『BADDY』と『SAPA』は酷似している。『BADDY』では地球が善で月が悪、『SAPA』ではSAPAの外側が善で内側が悪。ただし、善の世界では政府による監視が行われている。)

現代日本社会ですでに始まっているSNSによる相互監視。その監視が(中国のように)政府主導ものもになったら・・・?そんないつかのディストピアが『FLYING SAPA』の世界だ。

他人の夢を探索し不穏なものを摘発するオバクらスペシャリスト兵士は、未来の監視社会の独裁者の手下であると同時に、今現在暇さえあればSNSの海をサーフィンしている私たち自身の象徴なのかもしれない。

②外的要因

①内的要因 では過去のウエクミの発言からこの作品の影響源となった彼女の内的思索に思いを巡らせた。②外的要因では、私がこの作品を見ていて「似ている!」「ひょっとしたら影響源かもしれない!」と感じた類似作品を紹介していきたい。なんの根拠もないので気軽にお付き合いいただけるとありがたい。

・クリストファー・ノーラン『インターステラー』,2014

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地球の深刻な食糧問題により人類が生存可能な新たな惑星を見つけるべく星間移動(インターステラー)する物語。地球に住めなくなり勇気ある者だけが次の惑星を求めてインターステラーするという初期設定はもちろん、短期的な個人・家族の生存のためでなく長期的な人類の種の保存のために科学者(『インターステラー』の「ブランド教授」であり『SAPA』の「総統01」)が倫理観を逸脱した行動をとる点でも『SAPA』と『インターステラー』は共通している。
(ちなみにウエクミは環境問題にもかなり強い不安を覚えている。先に挙げた講演会「パンとサーカスの危ない時代に』では地球温暖化の影響による猛暑についてスマホと同等の扱いで懸念を示していた。)

・庵野秀明『新世紀エヴァンゲリオン』,1995〜現在

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言わずと知れた日本アニメの金字塔。
『SAPA』の絶対権力者「総統01」の目指す理想はほぼ『エヴァ』の「碇ゲンドウ」が推し進めている「人類補完計画」に等しい。ひとりひとりが違う人格だから、人は誰しも分かり合えず孤独を抱える。だから他者との違いを徹底的に排除し、ひとつの完全な共同体生命に生まれ変わることで私たちは孤独から救われる。
データベースへの記憶・感情の蓄積と合一なのか、生物としての物理的・精神的な融合なのかの違いこそあれど、哲学的テーマとしては完全に一致する。『SAPA』の「総統01」の娘「ミレナ」は『エヴァ』の「碇ゲンドウ」の息子「シンジ」と同じ役割を担う。
また『SAPA』で人格を与えられることになるデータベース「ミンナ」は『エヴァ』の赤木ナオコ博士の人格を持ったスパコン「MAGI」とも通じるものがある。
因みに、ウエクミは京大の教授の勧めで読んだ『デビルマン』が先に挙げた『BADDY』の影響源である事を明かしており、『エヴァ』から『SAPA』の構想を得た可能性は十分にあり得る。

・萩尾望都『左ききのイザン』,1978

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『SAPA』の幕が上がった瞬間から、いやもっと言えば先行ビジュアルが公開されたときから、萩尾望都的なSFディストピアを感じていた。そして数ある萩尾望都のSF作品の中でもなぜかこの短編がパッと浮かんだ。
宇宙・未来・無機質・エキゾチック・孤独・機械的思考・・・
この作品の血の通ってなさと暴力性、そして底知れぬ孤独、謎の女の存在-『SAPA』における「ミレナ」であり、『イザン』における「ヘルマロッド」。
上記2作品のようにここが共通項!と指差して説明できないのが歯がゆいが、作品全体の持つ空気感が酷似していると感じた。
以前どれかの作品のあとがきで「女の子がSFを描いてないがいけないの?」という趣旨の萩尾望都の文章を読んだ。
「女性による女性のための少女趣味な劇団=宝塚で思索的なSFディストピアを描いて何が悪い?」というウエクミの開き直った強い姿勢に若き日の萩尾望都が重なった気がした。

③おわりに

5000字以上に渡り傑作『FLYING SAPA』について、そして演出家の上田先生の脳内について、恐れ多くも好き勝手書かせていただいた。
結局何が言いたいかって、ウエクミが確実に進化しているということ。そしてウエクミの進化は宝塚そのものの進化でもあるということだ。
宝塚がただの大衆演劇のエンタメ集団ではない事を、ウエクミは手を変え品を変え証明し続けている。
私たちは振り落とされてはいけない。ウエクミが大衆に迎合し陳腐化していくのを見たくないから。観客である私たちも鋭い視点を持って世界を捉え、彼女の思考に食らいついていかなければならない。それが宝塚の進化を支えることに寄与できる訳だから。

そして、否が応でも他者の存在、物理的なつながり、孤独を意識させられるコロナ禍において、この作品は延期した4ヶ月分さらに進化したのではないかという気がする・・・。
1日でも早く、安心して劇場を満席にできる日を祈って。

***

□『FLYING SAPA』東京公演は9月6日〜15日 日生劇場にて予定されています。

 https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2020/flyingsapa/ticket_nissei.html



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