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日本語教育の地域格差を解消するために必要なこととは?〜総務省の実態調査をもとに考えた

今回は、総務省より出された「地域における日本語教育」の実態調査結果を読んで考えたことをまとめてみたいと思います。

今回の資料は、2024年3月5日に総務省から公開された以下の報告書です。

外国人の日本語教育に関する実態調査 ―地域における日本語教育を中心として―(結果報告書)

2019年6月に施行された「日本語教育の推進に関する法律」に基づき、2020年6月には「日本語教育の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針」が策定されました。日本語教育推進施策を策定・実施することが、国や地方自治体の責務とされています。しかし、依然として日本語教育の実施状況は、地域によってばらつきがあることが指摘されています。

公開された報告書は、地方公共団体による取り組みの実態を把握し、今後の支援のあり方を検討するために行われた調査の結果をまとめたものです。

調査は、中規模で外国人人口が1,000人以上の20市町村を選び、対象市町村だけでなく、対象市町村が所在する都道府県や調査対象市町村にある日本語教室、国際交流協会などに対して行われています。2021年9月から2023年1月にかけての調査ですので、コロナ禍の影響から少しずつ回復していた時期に当たります。

報告書をざっと読んだのですが、報告書に書かれている実態と、文化庁から出された改善措置とにズレがあるのを感じました。そこで、今回は結果報告書をもとに、本当に必要な措置とは何かを考えてみたいと思います。

なお、資料の読み取りには、私の個人的なフィルターがかかっていることをご承知おきください。リンクを貼っておきますので、気になる方はぜひ一次情報に当たってください。


日本語教育体制整備の実態

報告書では、調査対象となった市町村の所在する9都道府県と20市町村のそれぞれに、以下の観点を中心に調査が行われています。

  • ニーズ調査の実施状況

  • 日本語教育の体制整備・実施状況

  • 人材育成の状況

報告書には、なかなか生々しい意見が記載されており、興味深かったのですが、地域によって取り組みに差があることがわかります。

まず、ニーズ調査に関しては、9都道府県のうち2都道府県で調査を行っていませんでした。ニーズ調査を行っていない理由に、人員が足りないとか、ノウハウがないということが挙げられています。しかし、こう言ってしまうと、身も蓋もないのですが、ニーズ調査を行っていない都道府県は、日本語教育施策に対する関心が低いのだと感じました。

「日本語教育に積極的に取り組まなければならないほどの外国人人口も多くなく、課題やニーズも聴かれない」などの意見も記載されていますが、そもそもニーズ調査を行っていないのですから、ニーズが聞かれないのは当たり前です。また、今回の調査は、外国人人口が1,000人以上の市町村を選んで調査していますから、この人数を多いと見るか少ないと見るかは、各自治体の感覚に委ねられているのではないかと思いました。

そして、これも当然の結果ですが、ニーズ調査を行っていない都道府県では、日本語教育体制の整備も行われていません。一方で、ニーズ調査を行っている7都道府県では、コーディネーターを配置するなどし、コーディネーターを中心に日本語教育体制を整えています。

ニーズ調査が適切にできるのも、コーディネーターのような専門性の高い人材のアドバイスがあるからだとも言えます。報告書にも、コーディネーターを高く評価する意見が記載されています。日本語教育の推進の原動力となっているのが、各都道府県に配置されたコーディネーターと言えるのではないかと思いました。

事業を推進する人材育成に関しても同じことが言えます。日本語教育の推進に前向きに取り組んでいるところは、ニーズ調査、環境整備、人材育成のどれも積極的に進めていますし、そうでないところは、担当の部署もなければ、人材もいないということになります。

こう考えると、各自治体の推進意欲のあり様で、地域によって格差があるという実態が、調査によって浮き彫りになっているのではないかと思いました。

市町村レベルの取り組みの実態

都道府県だけでなく、市町村についても同じような実態が、浮き彫りになっています。ただ、意外なことに、調査対象の20市町村全てで、一つ以上の日本語教室が開催されていました。都道府県レベルで、日本語教育推進のための体制整備を行っていなくても、市町村では、草の根レベルの日本語教室が開催されているのが実態ではないかと想像しました。

市町村自ら日本語教室を運営せず、民間が運営している教室への支援を行っているという報告もありました。その支援内容は、施設を無償貸与したり、教材費を補助したり、各教室のネットワークを構築したりというものです。

一方で、日本語学習を希望していても、受講待機になってしまったり、希望する時間に開催できないなどの課題があることも報告されています。

また、人材育成の項目では、かなり生々しい意見が上がっています。ボランティアの高齢化や後継者不足、ボランティアに依存した運営などの問題点が上がっています。また、専門人材が不足しており、高い教育レベルに対応するのは難しいという意見も上がっています。人材確保が大きな課題になっているのではないかと思いました。

また、オンライン講座についても報告されています。新型コロナウイルスの影響を受け、1都道府県7市町村でオンラインで講座が行われていたようです。しかし、こちらもさまざまな課題が挙げられています。受講者、運営側、どちらも通信環境が不十分であったり、コミュニカティブな授業にならなかったりという課題も挙げられています。ボランティアの高齢化が課題となっている中、オンライン講座を進めるのはかなり大変なことではないかと想像しました。

改善措置

以上の実態調査を受けて、「まとめ」では、以下のような改善措置が文化庁に通知されています。

1. 都道府県が市町村の要望を踏まえた支援を実施できるよう、都道府県に対し、情報提供 をはじめとした必要な支援を実施すること。
2. 市町村が個々の外国人等のニーズ把握を的確に実施できるよう、具体的に把握すべき事 項やノウハウ等について情報提供を行うこと。
3. 今後、オンライン講座の活用に向け、地方公共団体における取組の実態や課題を把握し、 その上で、支援方策を検討し、地方公共団体に示すこと。

『外国人の日本語教育に関する実態調査―地域における日本語教育を中心として―』p.36

この通知に対する文化庁の取り組み状況は、以下の資料にまとめられています。

「外国人の日本語教育に関する実態調査―地域における日本語教育を中心として―」の結果に基づく通知に対する改善措置状況(フォローアップ)の概要

1 に対しては、「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」の補助率を引き上げる、先進事例を周知し、ノウハウを共有するという措置が提案されています。

2、3に対しては、以下の3点を挙げています。

  • 先進事例を周知してノウハウを共有する

  • 地方自治体にオンラインによる日本語教育の実施の有無や実態の把握を行う

  • 日本語学習サイトの対応言語数・内容を充実させる

ノウハウがないという意見が多く上がっていましたから、ノウハウを提供するというのは、一つの方法ではあると思います。しかし、これらの措置に違和感を感じるのは私だけでしょうか。以下に、この違和感をもとに、今後必要な措置は何かを考えてみます。

日本語教育推進のために必要な措置とは?

1 の対応措置として、「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」の補助率を上げるという施策が出されています。

この「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」ですが、来年度の募集はすでに締め切られています。事業の対象となるのは、都道府県や政令指定都市が中心ですが、全国すべての都道府県が手を挙げているわけではありません。

令和5年度採択団体一覧

年々、実施都道府県は増えていますが、今回の調査で明らかになったように、日本語教育の優先度が低い自治体は、そもそも担当部署がなく、このような事業に応募できるのかどうか疑問です。地域によって取り組みにばらつきがあるという課題は、このような募集型の事業では解決が難しいのではないかと思います。

都道府県でさえ、推進意識の格差があるのですから、市町村レベルになったら、さらにその格差は大きくなるのではないかと思います。

次に、人材確保について考えてみます。調査では、20市町村全てで、何らかの日本語教室が開催されていると報告されています。しかし、ボランティアに依存した教室運営や高齢化するボランティアの後継者問題などを考えると、今後、これらの教室を維持していくのは、かなり厳しい状況ではないかと思われます。

特に高齢化が進む地方自治体では、そもそも働き手となる現役世代が減っていますから、ボランティアで日本語教室を運営するとなると、人材確保が相当難しくなっていくのではないかと思います。

そして、高齢化が進み、働き手が減っている地域に、新たな労働力として外国人が流入する可能性も高いと思われます。このような地域で、どのように日本語学習の場を保障するのか、かなり難易度の高い課題です。もっと包括的に地域の状況を把握しなければ、日本語教育だけを取り出して方策を考えるのは難しいのではないかと思いました。

今回の措置では、報告書に課題として上げられていた人材確保については触れられていません。ノウハウだけ共有しても、それを実際に運営するための「人」がいなければ、物事は動きません。

報告書では、コーディネーターの重要性も指摘されていました。「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」に採択されれば、コーディネーターの人件費も補助の対象になっています。しかし、そもそもこの事業に応募していない自治体では、地域日本語教育推進の要とも言えるコーディネーターの人件費も確保できません。

1年ごと事業に申請し、採択されなければ、人件費が確保できないような状況で、安定的に専門人材を雇用することができるのか、安定的に日本語教育の体制整備が進められるのか、専門性を持つ人材やコーディネーターに期待される役割が多い割に、不安定な立場にあるのではないかと思いました。

ノウハウというのは、紙に記録された資料ではなく、人に付随しているものです。特に、人や組織を動かさなければならないコーディネーターのような仕事は、マニュアル化できるものではありません。経験から生まれる多くの「暗黙知」が存在します。このような「暗黙知」を備えた専門性の高い人材に投資することなく、先行事例の周知だけで、地域によって状況が異なる日本語教育の現場に対応するのは、かなり大変な事業だと思いました。

2 の改善措置には、「オンライン」の活用が大きく取り上げられています。長くなりましたので、「オンライン」については次回に譲りたいと思います。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!