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描きたいよ 終わりのない物語の続きを

涙がいくつあふれただろう
痛みを何度感じただろう
言葉を持たずに紡ぐ詩
記憶に眠る心のレゾナンス
EONIAN ELSA

いつ買ったんだろう。

持っている本は初版だが、秋に買った覚えがない。

なんだか埃っぽい春であったような気がする。

ビルに入ってる本屋で見かけて、迷わず買った本。

なんとなく、このような本が出ることは予想していて、著者名が中島梓であったことのほうに驚いた。

夫である今岡清が書いた本だと思い込んでいたのだ。

私は、彼女から亡くなるずいぶん前から、彼女の著作をチェックしていなかったし、亡くなったことも当時していたmixiで、マイミクさんの記事で知ったくらいだった。

だから、がん病棟のピーターラビットを知らず、彼女が膵臓癌だった事も知らず、この本で知る情報が多すぎて、初読は混乱し、かなり傷ついた。

私の祖父は膀胱癌で、私が5歳の時に58歳で亡くなっているが、癌が見つかったのは亡くなる3ヶ月前。末期で、初診で余命宣告された。

個室に入院していて、私が誰かに連れられて見舞いに行くと、いつも通り、私に甘々で優しい祖父の顔であったけれど、ベッドサイドに取り付けられて尿の袋は、いつもどす黒く真っ赤な女御溜まっていた。

子供の私には3ヶ月はとても長い時間だったけれど、本当はあっという間だったのだろう。

完全看護の病院で、祖母は泊まり込む事が増えて、祖母っ子の私は夜驚症になり、母や叔父たちを困らせた。

私にはわからなかったが、ガリガリに痩せて、しかし、死ぬまで一度も痛いと言わなかったらしい。

明治生まれの男のプライドだったのか。

危篤の知らせで駆けつけた病院で、祖父は異様に光る目で私を見つめ、砕けるように手を握った。

そのあと、眠くてソファで横になってる間、息を引き取ったらしい。

総合病院で勤めをしていて、末期癌の疼痛の凄まじさは見ている。
また、癌にありがちな死前せん妄などもなく、堂々とした最期だったのだろう。

中島梓も、最期の最期まで、生きる事を諦めようとはしなかった。

亡くなる寸前の4月までライブ活動されて、家族のために料理もし、友人と会い、その頃大腸癌で手術が決まっていた夫の心配をし。

こんなにも、精力的な癌患者を私は知らない。

私が挫滅症候群で入院した時、相当痛くて2日間モルヒネで疼痛管理をされていたが、最期の痛みは、そんなものではないだろう。想像を絶するものだったろう。

本当に昏睡に至る寸前、パソコンでの入力が難しくなり、手書きで日記を記そうとしていたが、もう、文字が文字の形になっておらず。

5月17日、パソコンに記されたのは『ま』の後は、ずっとエンター、エンター、エンター。

泣けない私は泣かなかったが、込み上げるものが確かにあった。

本当に、物語る事、書く事に囚われた人だった。

神に、踊れ、と命じられて死ぬまで踊り続ける宿命か、悪魔に呪いでもかけられたのか。

私は読んだ本のレビューを読むのが好きで、この本のレビューもチェックした。

私と同じように、悲しみと喪失感に溢れる人も多かったが、食べる事ばかり書いてある、グインの事をもっと書いて欲しかった、という批評もあった。

私はグインサーガを読んでいないので、あとがきで栗本薫がどんな風に読者と交流していたのかは知らないが、死ぬ寸前でグインを書こうとしていたじゃないか。

他にも、書きたい作品の事、ピアノの事、勿論遺される家族の事にも、執着はあったようだ。

公開される事を前提に書いたこの転移は、でもプライベートを色濃く書いていて、彼女の心の病のひとつであったろう、摂食障害、食べる事に関心が行くのは仕方ないと、不真面目なファンは思うのだけど、やはり熱心なファンはそんな事より1ページでも多く作品を書いて欲しいのか。

まあ、私が10代で、魔界水滸伝にどハマりしていた時なら、同じように思ったろうか。

しかし、書く事の他にも、本当にいくつものものに執着して、何も手放しなくない、全てを手にしたいと叫んでいるような壮絶な人生を感じる。

誰の生も、その人とその周りの人からしたら特別でかけがえのないものだろう。

こんな才能溢れる、類まれに生に執着し最期まで諦めなかった人が若くして亡くなり、意味の持てない、何年先になるかはわからないが、すでに余命のような諦観した人生を送っている私は生きている。

皮肉すぎるだろう。

何回読み返したか分からないが、何度読んでも傷付く。

傷が塞がり、なにも感じない事が怖いように、かさぶたを剥がして血を見るように読み返す。

バタバタしていて、時の石の入ってる全集にも手がつけられない。

読む時は、何もかもわずわらしい事から解放されて、その世界に没頭出来る時。

私は彼女のなにに共振してるのか。

食べる事の恐怖か、母との関係か、比べ物にならないが、書く事への執着か。

迷わず、好きな作家は栗本薫です、と言えた頃のように、その世界にダイブしたい。

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