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勉強の時間 人類史まとめ7

『世界史の構造』柄谷行人 



世界の仕組みを解明する仕組み


もうひとつ、別の角度から人類の歴史全体をトータルに分析している本を最近読みました。柄谷行人の『世界史の構造』です。

この本は世界の歴史を構成する国々や民族、宗教、経済の仕組みが、どんな構造を持っていて、どんなふうに作用したり変化したりしてきたのかを解明しています。

「全史」的な本は、人類の歴史全体を扱うといっても、たいていひとつの明確な切り口があります。

ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』は、人類がどうやって他の生物を支配したり、地球全体を覆って繁栄したりできるようになったのかを、主に技術・テクノロジーの側面から描いていますし、経済や思想、宗教、政治といった要素も、人類が支配する領域を広げる手段としてとらえているので、広い意味での技術・テクノロジー的な扱いになっています。

スティーヴン・ピンカーの『暴力の人類史』は、暴力という切り口から歴史を振り返り、人類とは何か、どういう問題を抱えているのか、どうしたらよりよい世界が訪れるのかを解説しています。

こうしたテーマがわかりやすい本に比べると、『世界史の構造』は文字通り、世界史の構造、仕組みをいろんな角度から分析していて、その意味でよりトータルな歴史本と言えるかもしれません。

ただ、本のタイトルが表しているように、世界史そのものではなく、あくまでその構造、仕組みについて述べた本です。その意味では歴史本というより、歴史哲学の本と言った方がいいかもしれません。

歴史哲学というのは、歴史学とは何か、歴史というのはどういう方法でとらえていったら、人間や世の中の変化がよく理解できるかといったことを考える学問と言ったらいいでしょうか。

つまり、歴史本というより、一種の思想書です。

「思想書」と言うと、なんだか固くて、難しくて、面白くなさそうですが、この本はいろんな思想家や歴史家の考え方をかみ砕いて紹介しながら、もっと世界や人類をよく理解できるような歴史の読み解き方を提案しています。

ただ歴史を解説するのではなく、歴史が動いてきた仕組みを解説することで、世界や人類がどんな仕組みで動いてきたか、今、これからどう動いていこうとしているのかを読み解きながら、今世界や人類が抱えている問題とその対処法についての提言もしています。

20世紀の有名な歴史家や思想家たちだけでなく、カントとかヘーゲルとかマルクスとか、古典的な思想家の考え方も紹介されています。

古典的な思想家たちの本は、僕も学生時代からときどきチャレンジしてきて、難しくて途中で挫折することが多かったんですが、この本はそういうレジェンド的な思想家の考え方をわりとわかりやすくかみ砕いて紹介しているので、一種の学習参考書としても読む価値があるかもしれません。

紹介のしかたはあくまで柄谷行人の考え方にそってのものなので、そのまま鵜呑みにするのはどうかと思いますが、こういう本を突破口にして、いろんなレジェンドたちの考え方について理解を深めていけばいいのかなと、僕は考えています。


交換様式−−−−大胆なチャート式分類法

この本のいいところは、政治・経済・宗教といった世界史の要素を総合的に扱っていること、それも「政治的な動きはこれこれ」「経済の動きはこれこれ」というふうにそれぞれの歴史的な動きを語るのではなく、それらがお互いにどう関連しながら世界の動きを作り出してきたかを論理的に語っていることです。

そのために柄谷行人は政治も経済も宗教もひっくるめて語れる「交換様式」という考え方を提案しています。

交換様式というのは、人間が何かを提供したり受け取ったりする仕組みです。

「何か」は食料とか道具といったモノでもいいし、自分の労働力とか権利みたいにかたちのないものでもいいんですが、要するに人間にとってなんらかの価値があるもの、あるいはその価値自体と言ってもいいでしょう。

その価値を交換することで、人間は親子や家族といった小さな集団から、部族・氏族といった大きな集団へ、自分たちの生活様式を拡大していき、やがて村や都市国家を建設し、より大きな国家、複数の国家を支配する帝国のような巨大組織を作り出したというわけです。

そこで行われる価値の交換は経済的なものであったり、主従関係のように政治的なものであったり、神(あるいはその代理人である神官)と信徒による宗教的なものであったり色々ですが、どれもなんらかの価値の交換としてとらえることができるということのようです。


交換様式A・B・C

柄谷はこの交換様式をABCの3種類に分類しています。

交換様式Aは原始の時代からある互酬(贈与と返礼)。
わかりやすく言えばギブ&テイクなのかもしれませんが、実際には貸し借りの心理からリーダーシップみたいなものが生まれたりするようで、なかなか複雑なメカニズムが存在するようです。

交換様式Bは権力による略取と再分配で、支配者は従う民を支配するかわりに保護もする。支配者は税を徴収するけど、それを独り占めするのではなく、公共事業みたいなことで再分配する。これはいわゆる国家の仕組みですからわかりやすいですね。

交換様式Cは商品交換で、原始的な物々交換から通貨を介した売買など、いわゆる経済的な交換ということのようです。

このABCを近代の社会構成にあてはめると、Aはネーション(国民)、Bは国家、Cは資本ということになるとのこと。

この国民・国家・資本は、近代の歴史や社会思想を理解する上で欠かせない基本的な3点セットみたいなものですが、これを交換様式ABCという考え方に抽象化して、先史時代から古代・中世・近世・近代といった世界史の展開にあてはめていくことで、近代の政治や経済や社会の隠れていた仕組みが見えてくる。そこがこの本の魅力です。


最初の社会的な仕組み−−−−交換様式A


交換様式Aは国家が誕生する前の原始時代からあった人間社会の仕組みです。

原始時代にも族長・酋長的なリーダーがいて、集団を束ねていたと考えられていますが、そういうリーダーは民衆を支配する権力者ではなく、世話役・まとめ役的な存在だったとのこと。

動物の社会を見ると、ボスは力が強くて、ライバルのオスを倒してメスを独占したり、群を率いて行動したり、群を支配しているように見えますが、人間の場合は贈り物をすることでまわりに貸しをつくり、負い目を感じさせたり信頼を獲得したりするみたいなことをやっていたと、最近の人類学で言われるようになっているようです。

こうした考え方は、人類学者たちが近現代にも続いているアフリカとか南米とか南太平洋の未開部族を調査してわかってきたことで、石器や岩絵くらいしか残っていない原始人が実際にそういう社会を形成していたことを、考古学から直接立証できるわけではないんでしょうが、それでもなかなか興味深いものがあります。

ともすれば私たちは原始時代とか古代とか、時間をさかのぼるほど野蛮な暴力・武力による支配が行われていたと考えがちですが、人間の社会はそんなに単純なものじゃないということを、この考え方は教えてくれます。

やがて人類は定住して農耕を始め、村・都市を建設し、国家という仕組みを生み出すわけですが、その頃までには社会の分業が進み、農作業などを行う大多数の民と、宗教儀礼を行い、民を統率する支配階級に分かれていきます。

国家は民から農作物の一部を税として取り立て、灌漑や神殿建設などの公共事業に従事させるかわりに、民が神々の意向に沿った行動ができることを保証し、外敵から守り、国内のもめごとを裁定するといったかたちで、民を保護します。

これが交換様式Bです。



進化した政治的な仕組み−−−−交換様式B

柄谷行人はこのBの仕組みを「略取と再分配」と定義しています。

つまり民から税を取り立てたり、労働力として公共事業に駆り出したりすることが、民の資産の一部を略取することだというわけです。

ただし、国は取り立てっぱなしではなく、灌漑によって農業でより多くの作物を安定的に得られるようにしたり、民が神々を正しく崇拝して、神々を喜ばせて、農耕がうまくいくように導いたり、外敵から守ったり、もめごとを裁いたりするので、民の方もメリットがある。

これが「再分配」です。

となると交換様式Bの「略取と再分配」は、交換様式Aの「贈与と返礼」、ギブ&テイクと同じじゃないかという気もしますが、Bには国家という支配の仕組みがあって、権力によって上から行われるのに対して、Aはフラットな関係にある人が人に直接贈与することで、相手に「貸し」を作り、相手が「借り」の意識を持つことで、返礼が行われるという、あくまで人間関係の仕組みであるところが本質的にちがうということのようです。


経済の仕組み−−−−交換様式C

交換様式Cは商品の交換、いわゆる経済の仕組みです。

商品の交換は原始の時代からあったので、別に交換様式ABのあとにCが出てきたというわけではないのですが、経済が世の中を動かす度合いが大きくなりだすのはヨーロッパの中世から近世にかけてで、近代になるとついにCの影響力はBと並ぶようになります。

近世にはACの上に立つ絶対王政という政治的な中央集権的Bの仕組みがあったんですが、経済が発達するとそういうのはいらなくなり、市民革命が起きたりして、議会制民主主義が誕生したりしました。

ただ、ヨーロッパ的な「民主主義」というのは国民みんなの意見が反映される理想的な政治体制かというと、必ずしもそういうわけではなく、国家という仕組みがあって、王様はいなくなっても、国家の主権、権力というのは相変わらずあるわけです。その権力は選挙で選ばれた大統領や多数党の代表者が握ります。

選挙の敗者はたとえ票数が僅差でも意見が政治に反映されず、対立が続きます。争点は主に経済的なものです。

資本主義の発展を擁護したり促進したりするか、資本主義経済で生まれた貧富の格差とか非人道的な仕事の環境をなんとかするべきか、あるいは発展した経済の利益を国が税金として吸い上げて、いろんな福祉で再分配するか。

アメリカでもイギリスでもフランスでも、あるいはロシアなど一度国家社会主義を経験した東欧圏の国々でも、そのあたりのせめぎ合いが続いています。

絶対王政とか古代の帝国とか、安定した支配様式にくらべると、近代国家は交換様式Bとしては不安定で弱々しいとも言えますが、経済=交換様式Cという別ジャンルの仕組みをどう管理・制御するかというゲームみたいなものなので、武力で支配できた時代のように単純明快にはいきません。

もちろん近代国家も軍隊を持っていて、他国との対立が話し合いで片付けられなければ戦争になりますし、そもそも資本主義は商人たちが自力で独自に発展させたというより、国家と組んで、ときにはその政治的な力に助けられながら二人三脚で発展させてきたものです。

ヨーロッパの先進国は、大航海時代に始まるアメリカ大陸やアフリカ、アジアの植民地経営による経済発展で、近代資本主義の土台を築いたわけですし、産業革命で経済が爆発的に発展したときも、まず国家の社会インフラ整備や大量生産された製品販路開拓、植民地からの安い原材料の調達といった政治と経済の二人三脚があったからこそ、ヨーロッパの経済は世界を支配するほど発展できたわけです。

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