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三千世界への旅/アメリカ20



非理性がアメリカに与える影響


いかがわしい神秘主義


カート・アンダーセンは『ファンタジーランド』で、プロテスタントの宗教的な神秘主義も、カルトのいかがわしい神秘主義も一緒に紹介しています。

怪しげな医療や医薬も、1950年代のビート文化や60年代のヒッピー文化もそうです。見せ物や映画や、ディズニーの漫画・アニメ・テーマパークもファンタジー産業として語られています。

UFOや宇宙人との交信や接触を政府が隠していると言った陰謀論も、ファンタジーの一環として触れられています。

アメリカの人と社会にどれだけ深く広く、非理性的なファンタジーが浸透しているかを考察している本ですから、当然と言えば当然です。

ドナルド・トランプが大統領だったときに広がり、今もアメリカに蔓延しているフェイクニュースや陰謀論が、そもそも21世紀に起こった現象ではなく、植民地時代からいかにアメリカ人に深く広く根付いてきたかを、この本は教えてくれます。

そこで気になるのは、広い意味での神秘主義、事実や科学に基づかないことを信じる非理性的な傾向の功罪です。


良い魔術と悪い魔術


その時代の常識を疑ったり、権威や権力に反発したりすることで、ルネサンスの文化人もアメリカに渡った移民たちも、新しい可能性を切り開いたわけですから、非理性的な考え方や情熱は必ずしも悪いとは言えません。そこにはポジティブなものがあるからです。

しかし、でたらめな情報を信じ込んだり、事実や科学的な見解をフェイクだと決めつけたりするタイプの非理性はどうでしょう? 

信者を支配して苦しめ、金を搾り取り、ときには死に追いやったりするカルト的な宗教団体は? ポピュリスト的あるいはファシスト的なリーダーを崇拝する政治団体は?

それらはポジティブな神秘主義として挙げた例と同じではありません。そこにはネガティブで破壊的な集団心理が働いているからです。

ネガティブな感情が共有されると、その国や地域、社会には無意味な憎しみや争いが溢れ、やがて虚無的で無気力な空気に支配され、社会的にも経済的にも文化的にも沈滞していきます。

既成概念を打破して、新しいことに挑戦し、新しい価値観を創造して、地域や社会を活性化させていく神秘主義が良い神秘主義だとすると、社会を沈滞させる神秘主義は悪い神秘主義ということができるかもしれません。



憎悪と攻撃


事実を自分の感情で捻じ曲げて、でたらめを事実であるかのように広めたり、事実をフェイクだと決めつけて否定したりする人たち、社会的な現象を政府やユダヤ人やイスラム教徒の陰謀だと考える人たちには、意識の底に憎悪があります。

自分たちが属する階級や地域社会が経済的に行き詰まっているとか、そのために人生や生活がうまくいっていないとか、世の中に起きているスケールが大きく複雑な現象を理解できないとか、色々な理由で自分たちの自尊心が満たされない、あるいは心を傷つけられていると感じるとき、人間は憎悪を抱き、攻撃の対象を求めます。

19世紀後半から20世紀前半にかけてのヨーロッパでは、多くの人たちが急速に発展する産業と経済から取り残されたり、戦争に負けたりして物理的・精神的な痛手を負い、憎悪をユダヤ人のような他所者に向けました。

アメリカでしつこく人種差別的な価値観にこだわっているのは、20世紀後半から21世紀にかけてのグローバルな資本主義の発展に取り残され、不満を抱えている素朴であまり知的レベルの高くない人たちです。



被害妄想としての非理性


もちろんビジネスで成功した人や、金持ちの家系に生まれた人たちにも、アメリカという国家の利益や支配力の維持に熱心で、それらが侵害されることに敏感な人たちはいるでしょうし、彼らの中にも国の内外に敵を作り出して憎んだり攻撃したりする人たちがいるかもしれません。

現代社会の複雑さに耐えられず、自分を束縛したり苦しめたりする宗教に進んで入ってしまう人たちもいるでしょう。その場合、彼らの憎悪は自分に向けられていると言えるかもしれません。

こうした人たちも非理性的であり、ファンタジーによって考え行動する人たちであるという点では、ポジティブな可能性に惹かれて新しいことにチャレンジする人たちと共通するところがあると言えるでしょうか?



現代の白魔術と黒魔術


ルネサンス、近代初期の魔術には白魔術と黒魔術、良い魔術と悪い魔術があったという説がありますが、これはカトリック教会の教えに沿ったキリスト教の神秘体験が良い魔術で、サタンを崇拝するのが悪い魔術みたいなことだったようです。

これとは別に、科学とか芸術とか、新しい思想・文化を生み出した魔術、神秘体験を仮に良い魔術と見なして、根拠のない超常現象とか自分たちが勝手に作った神を崇拝する魔術を悪い魔術とするのはどうでしょう?

一見妥当な感じもしますが、根拠があるとかないとかの線引きは結局それぞれ人が勝手にやるわけですから、お互い自分たちが気に食わないものを否定して分断・対立が起きるだけです。

科学的・合理的な根拠があるかないかで、いい・悪いを分けても、その科学的・理性的・合理的な考え方や行動が、今の地球環境の破壊や、国家や地域、経済格差の拡大を生んでいるわけですから、非科学的・非理性的・不合理な考え方に対する優位性を保証することにはなりません。




対立を生み出すからくり


自分と違う人種や考え方を憎んで、暴力を振るったり殺したりしてもいいと考える勢力だけを悪とするのはどうでしょう? 

それは犯罪として処罰されればいいだけの話ですし、それだけでは彼らの考え方自体を批判・否定することはできません。

近代社会が宗教や王政などの古い支配から脱却して、人間の自由を認めるようになってからは、誰でも自分の信念を持つ権利があるわけですから、それがどんなに非科学的・非理性的・非合理的であっても、その考え方だけで処罰したり、社会から排除したりするわけにはいきません。

大学や研究機関、様々な分野の学会が、考え方の正しさを保証しているかもしれませんが、学者・知識人のあいだでも考え方は異なりますし、論争もあります。

低レベルの超常現象や陰謀論やフェイクニュースは、それなりの知識・知性がある人たちは信じないかもしれませんが、その知識とか知性の定義も曖昧ですから、信じる人たちにしてみれば、「やつらは騙されてるんだ」とか「やつらは権力と結託してるんだ」といったことになるかもしれません。



アメリカという仕組み


現に今アメリカに起きているのは、低レベルの信念を持つ人たちも含めて、権威や体制が認定する「事実」や「理性」を疑い、自分たちの感情に突き動かされて、自分たちのファンタジーを信じる勢力の広がりです。

2016年の大統領選挙でドナルド・トランプを勝たせたのは、そうした勢力の力でした。2020年の選挙でジョー・バイデンに敗れてからも、彼らの力は衰えていません。トランプ自身も支持者たちも、選挙に不正があったと主張していますし、多くの人たちが本気で信じているようです。

この現象を見ていると、アメリカはもう世界を支配する唯一の超大国ではなくなりつつあるんだなと感じます。

一体どうして先進国のリーダーであるアメリカでこんなに非科学的・非理性的・非合理的な考え方が勢いを持つようになったんでしょう?

それはアメリカの、資本主義の科学的・理性的・合理的な仕組みが、そもそもフェアなものではないからです。



帝国の理性と非理性


その仕組みは世界を支配して、欧米先進国より遅れている国や地域の人を安く利用することで搾取してきましたが、前に紹介したように、アメリカの産業構造が変化して、20世紀の前半まで経済を牽引してきた製造業が新興国との価格競争に負けるようになると、アメリカ国内でも多くの人が中流層から低所得層に転落しました。

低所得層の白人は、黒人の貧困層や有色人種の移民と、仕事をめぐって争わなければなりません。これが彼らの憎悪の源泉になっています。

彼らの非理性的な信念、事実ではなく彼らのファンタジーを信じる傾向は、被害者意識をベースにした憎悪から生まれています。つまりこれは20世紀前半にファシズム、ナチズムを支持した人たちの心理です。


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