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86歳で運転免許返納,あれから6年:じいちゃんのこぼれ話


じいちゃんは今日も元気だ。
じいちゃんとは義父のことで、わたしが嫁に来て以来41年間いっしょに暮らしている。
今年93歳になる。


じいちゃんは数年前までクルマを運転していた。
ちょっとした買い物や用事のときは、自分でハンドルを握って機嫌よく出掛けていた。
自分専用の冷蔵庫が欲しくなったじいちゃんが、ある日 家電量販店に行き、結構大きなツードア冷蔵庫をお持ち帰りして来たこともあった。あの時は驚いたな。

なので、冬場に灯油を買いに行くのもお手のもので、車でガススタまで行って、18リッターのポリタンク2本分くらいはまとめて積んで帰ってきた。

そんなじいちゃんが、86歳の誕生日で運転免許が切れる時。
さすがに免許更新はやめた方がよいと、周囲が強く反対して、とうとうじいちゃんは運転免許証を返納した。
その時じいちゃんは、愛車のHONDAバモスも売り払い、手元には20万円だけが残ったのだった。

何日もしないうちに、じいちゃんはその20万円で電動アシスト付き自転車を買ってきた。
やたらにゴツくて重い、何やらたくさん運べそうな自転車だった。

「今日からコレが、おれの愛車だ!」
じいちゃんは免許返納して落ち込むどころか、嬉々として自転車に跨がり、そのまま隣町の野菜市場まで試運転に繰り出して行った。

もう90歳近いお年寄りが電動自転車を乗り回すなんてアブないではないか。
普通の人はそう考えるだろう。
しかし、じいちゃんの方は普通ではないのだ。

じいちゃんは若い頃に自動車の運転免許をとった。
おそらく昭和30年代のことだと思う。
その当時は、普通免許を取得するといっしょに付いてくるのが、二輪車の「限定無し」というやつだった。つまり1500ccのハーレーだって運転できちゃうスゴいやつだ。

それで若かりし日のじいちゃんは中型のバイクを買って、わたしは見たわけではないが結構 乗り回して遊んだらしい。今は亡きばあちゃんを後ろに乗せて、湘南海岸沿いをツーリングしたという昔話も聞いた。

そんなじいちゃんだったので、定年退職するまでの通勤の足も、125ccのバイク。エンジンの唸る音が聞こえると「じいちゃんが帰って来た!」と、夕食の支度を急いだものだ。

わたしも覚えているけど、結構大きなバイクだったよ。
駐車場に置いてあると「息子さんのですか?」と、よく言われていた。
(息子=夫は、ショボい原付の方を乗っていた)
あんな重いものを、よくも操って走らせるものだと、わたしはうっすら敬意を抱いていた。

若い頃からそこそこ大きなバイクを毎日のように乗って暮らした日々を、傍で指折り数えてみたら、じいちゃんのバイク歴は足かけ50年に及んでいた。
それだから、電動自転車なんて90歳になろうがお茶の子さいさいなのだ。

そうは言ったものの、近ごろ心配になってきた事がある。

ガススタへ灯油を買いに行くのだけは、やめたほうがいいんじゃない?

(‥‥っていうか、オマエは今までやらせてたのか!?  ですよね。)

やらせてました。
しかも、じいちゃんはクルマを運転していた頃と同様に、ポリタンク2本まとめて自転車の荷台に積んで、買って来てしまうすご腕。

「こんなの、人ひとり乗せてると思えばなんでもない。」


いえいえ、とんでもない。
自転車の後ろにポリタンクを縛り付けて、何かのはずみに転倒して、怪我でもしたうえに、灯油を36リッターもぶちまけてしまったら目も当てられないではないか。

そこで昨年の冬の始まりに、じいちゃんの灯油はわたしか夫が車で買いに行くから、自転車で買いに出るのはやめにしようと話し合った。
じいちゃんはヒトにものを頼むのが嫌いな、昔気質な性分なので、「自分で買いに行けるから、イイ。」と言う。

ああそうですかと同意もできないので、先手とばかりにまずは1本ポリタンクに灯油を買ってきて、じいちゃん用に準備した。
そして、今後はこのようにするから安心してほしいとじいちゃんに伝えた。

その数日後、じいちゃんはこっそり自転車に乗って、灯油をさらに1本買って来てしまった。
「なんでぇ~~?」
驚きと不満の声をあげるわたし達に、じいちゃんは
「1本じゃ足りないから、もう1本買ってきたんだ!」と答えた。

しかしそれは違うと思う。
じいちゃんは、自分で愛車に乗って、自力で買って来なければ気が済まなかったのだ。ひとつの挑戦だ。
今までできていた事が、できなくなるのが嫌だったのではなかろうか。

そのあくる日、近所の奥さんから声をかけられた。
「お宅のおじいちゃんは、自転車で灯油を買いに行ってるの? 危ないからお嫁さんがクルマで買いに行ってあげた方がいいんじゃないの?」
真っ赤なポリタンクを積んでふらふら走っている姿は大いに目立っていたらしい。

いたちごっこのような灯油合戦が始まった。
2本ある灯油の1本が空になりそうになるや否や、相手のスキをぬって灯油を先に買いに行くのだ。

丁々発止でひと冬が過ぎ、そしてようやく暖房の季節がおわった。

じいちゃんは、今日も涼しい顔をして電動自転車で出掛けて行く。
そろそろ家庭菜園に植える野菜の苗を買うために、隣町の青空市場へ行くと言っていた。


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