知らない箱を運ぶ簡単なお仕事をしています

パーキングの飲食エリアでたまたま、となりでおなじラーメンを食う男がいた。男は、勝手にべらべらと自分のみのうえを語った。よくあることだ。

相槌をうち、返事をして、ラーメンを食いおえる。男は、よぼついた爺で、食うのが遅い。しかもしゃべりながら食うからなおさら遅かった。哀愁を覚えて、未来の己をうつす鏡のように思えて、水のおかわりのみで、爺がラーメンを食いおわるまで、席に残ることにした。このあと、長距離がある。小休憩のほんのスパイスだ。

爺はやっとラーメンを完食した。一時間はかかっただろうか?
爺は仕方ないなぁ、でもなぁ、思う。
それは、未来の姿なのだ。優しさなんて持ち合わせてるつもりはない。だが、同情と自分への哀れみぐらいは感じられる。

ふと爺は真顔でこちらを見上げ、ぽけっとして瞳を丸くして、初めてコチラに気がついたような顔になった。

「オマエさん、いいやつだな」
「はぁ、そんな」
「最後まで聞いてくれてありがとうな」

思わず、笑いが漏れた。
照れてのほんの少しの口角の持ち上げだ。

だけれど、爺はさらに、驚いた。そうだ、そうだな、なにやら矢継ぎばやに呟く。

「オマエさん、わしの仕事をやってくれんか? 割のいい仕事だ。だが責任感があって真っ当なやつでなきゃ駄目なんだ。絶対に届けないといけない仕事だからな」
「爺さん? なんの話を」
「オマエさん、わしの跡継ぎになってくれ。ひとつ、短時間で終わる仕事だ。一個の荷物を届けるだけだ。決して箱を開けない、箱の中身を考えない、なにがあっても受取人の手に渡す。それだけのイチ往復の仕事で100万が手に入る」

うお、闇バイト……。
あとじさる思いで、爺を見る目が変わる、かと思いきや、爺は真剣な面持ちでこちらをジッとジッとジッと見る。見続ける。

ただならぬ、気迫があった。
「ついてくるか。跡継ぎになるなら、仕事を見て覚えたほうがいい。カネ、今日は折半にしてやるから、来いよ」

こちらは、戸惑うよりも恐怖心が肝をにぎってきた。けれど頷いている。
そんな美味い話、今の時代にあるものか?
それを知りたくなってしまった。

知りたくなってしまった。
知ったあと、こちらは、アチラ側の人間になったようだった。上等国民とか、金持ちとか、スラム街とか、そういう区分けではなくて、人間かそうではないかの区分けだ。

アチラ側の人間になったようだ。
荷物は、こぶりな箱だった。青い汁がしたたって生臭い魚の異臭。たまに、箱の中身はガタガタして暴れる。
届ける先は渋谷の高台の高級街。早朝4時にその箱を週に一度、届ける。箱は、夜明け前に、東京湾から小舟の主人より渡される。その主人はこちらを見て、爺と、入れ替わっているのに理由を尋ねず、「今週のぶん。よろしく」と、だけ。

渋谷の豪邸から、手伝いの女などではなくて、寝起きの旦那らしい男が出てくる。ノリのきいたパジャマ、シルク質な上等な生地。顔立ちも整って、きっと遺伝子レベルでぜんぶが整っている人種だろう。

男は、しかし、こちらの区分けだ。

「ありがとうございます」
「いえ……」

百万円の札束と、箱を交換する。青い汁が滴る。
すぐに立ち去るが、ふりむくといつも、男旦那は高級そうなハンカチで青汁をすべて拭っていた。アスファルトに垂れたぶんまで。残らず、痕跡を消してゆく。

慣れてきたのでもう振り返らない。
すぐに立ち去った。

あのラーメン爺を最近は思い出す。
あれは、本当に、未来のおれだった。

ラーメンを食うのが少し、遅くなってきた。近ごろはすぐ胃もたれする。


END

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