破れたタチバナは、後世に残る化け物を作った

失恋の腹いせに、とっておきの料理をふるまった。最後に作り置きしといてやったから。そう言い残して。

本当か、どうか、それは橘祈里(たちばないのり)にも分からない。

ただ、昔、浜辺である死骸を見つけた。サルとヒモノがくっついたみたいな。ミイラ。それは、よく観察すると、伝説の魚、いや妖怪、いや美女、人魚姫みたいなやつだった。

おそるおそる、そのときは、憧れの気持ちを持ち帰って宝物入れにしているお土産缶のなかに入れておいた。

今朝、タチバナは、その缶を開けて、半同棲の荷物を引き上げるという約束で鍵を渡されている部屋に入った。
そうして、かつてはそうしていたように、スーパーから食材も買ってきて作り置きご飯をこしらえた。

冷蔵庫には、たっぷり、タッパーを詰めた。それから閉じた。

ラインをする。

『最後に作り置きしといてやったから。』

……コレで、タチバナの初恋は、終わりだ。初めてのカレシ、はじめて本気で好きになったひと、でも相手は今やほかの女を追いかけ回している。好きなヒトができたんだ、なんて、恋人に伝えるなかで最低の言葉だろう。

思い出し、どうでもいいやと憧れを捨てて、かつて浜辺で拾ったあのミイラを叩き潰して粉にして混ぜた。スパイスの強い料理ばかりにしたから気づかれまい。

初恋、さようなら。

あのヒトも初恋とタチバナに言った。
うそかもしれない。
本当かもしれない。
タチバナで自信をつけて、ステップアップして、次のカノジョに行ったのかもしれない。初恋なんてそんなもの、少なくともあのヒトにとっては。

しかし、タチバナにとっては、違う。
だから、真偽も分からないものを与えることにした。もう知らない。もう人間を辞めてくれたらいいのにな、少しだけそう願って。

初恋にずっと苦しめられるだろうから。あたしは。

だから、あのヒトも、初恋に苦しんでくれたらいい。それでいい。

タチバナは、そうして、ニンギョによって不死身となる、後世にてモンスターと伝えられる、死なない化け物をそっと世界に添えたのだった。

ゾンビ、と、それは呼ばれることになる。

はじまりは一輪の花のような初恋であった。
とは、誰も、タチバナ自身でさえも死んだあとのコトであるから、知らない。



END.

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