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読書感想:小説 すずめの戸締まり (角川文庫) 著 新海 誠

【災いの扉を締めに行こう、失った大切な物を取り戻そう】


【あらすじ】
扉の向こうにはすべての時間があった。新海誠自らが綴る原作小説!

九州の静かな港町で叔母と暮らす17歳の少女、岩戸鈴芽。

ある日の登校中、美しい青年とすれ違った鈴芽は、「扉を探してるんだ」という彼を追って、山中の廃墟へと辿りつく。
しかしそこにあったのは、崩壊から取り残されたように、ぽつんとたたずむ古ぼけた白い扉だけ。
何かに引き寄せられるように、鈴芽はその扉に手を伸ばすが……。

やがて、日本各地で次々に開き始める扉。

その向こう側からは災いが訪れてしまうため、開いた扉は閉めなければいけないのだという。

―――星と、夕陽と、朝の空と。

迷い込んだその場所には、すべての時間が溶けあったような、空があった―――

不思議な扉に導かれ、すずめの“戸締まりの旅”がはじまる。

Amazon引用


登場人物紹介


母と死に別れ、九州の叔母に引き取られた鈴芽は、閉じ師である草太と出逢い、要石である猫を追う中で、過去と未来が繋がる物語。


震災の爪痕は、人々の心に大きな傷を残した。
人を脅かす災疫は、後ろ戸を通って常世から現し世に齎される。
戸を締める事で、土地の神に災いを返して鎮める。その大切な宿命を草太と鈴芽は背負った。
なぜ、「扉」が開いて災いが訪れるのか。
それは、人の想いが土地を鎮めているからこそ、人がいなくなると重しが無くなる故であり。
かつては、繁栄を極めた物の、盛衰して忘れられた場所。
後ろ戸が開いた廃墟の場所は異なれど、かつてそこには多くの人々が集い、沢山の想いが降り積もっていた。
草太を椅子に変えた猫を追う中で、明らかとなる真実。
旅の途中で出会う数奇な人々に支えられながら、愛媛、神戸、東京、そしてすずめの故郷の宮城へ向かう。人々の心が残る廃墟にある扉に鍵をかけるために。
真摯で一途な想いは、世界を越えて、時代を越えて、螺旋のような運命の中で、再び相まみえる絆となっていく。

要石であるダイジンを追う旅の中で、まざまざと思い知らされる鈴芽が過去と向き合う為の旅である事を。
母を喪った深い喪失感を抱えて生きてきた鈴芽が、長い人生の道行きの中で、大切にしたいと思える人に出会い、その大切な物を守る為に全身全霊を懸けて、困難にぶつかっていく。
災いの扉を開け放たれたなら、平穏を守る為に閉じなければならない。
それが鈴芽達に課せられた務めだから。

我々は知らず知らずに、誰かを助けたり、逆に助けられながら、今を生きているという事。
自分は一人で生きてきたのではない。
ささやかだけれど、確かな命の営みに支えられて生きてこれた。

「行ってきます」「おかえなさい」を当たり前に言える日常が実はとても尊くてかけがえのない物なのだと気付かされる。
たとえ、どれだけどん底の境遇にいたとしても、諦めず足掻き続ければ、必ず光が差し込んで来る。

自分の力を凌駕した、どうにもならない理不尽が度々起こるのが人生だ。
天災に遭えば、数々の絶望と試練が訪れる。
自分の拠り所となる住処を奪われるのだ。
それでも、そういった事が起こるのも必ず理由があって。
複雑な因果関係の中でも、その出来事を風化させない。
震災を忘れずに、ずっと胸に留めておく。
時間が経過すれば、記憶も薄れていくが、それでも心の何処かに留めておけば、それがいつか役立つ時がきっと来る。
起きてしまった災害を教訓として、後世に引き継いでいく。
それが必ず誰かにとっての希望となる。
あの日から既に数十年経っても、人々の心に未だに鈍痛が残り続ける。
去った者達には永遠に会う事は叶わぬ。
それでも、心の中では生き続けている。
忘れない事が、犠牲になった人々のせめてもの、餞として。

人は独りではやはり心細くて弱い。
しかし、寄り集まれば、信じられないくらいの強さを発揮出来る。
人は、自分の為ではなく、誰かの為にならいくらでも強くなれる生き物なのだと思う。

生きる事とは、常に自分の頭で想像していく行為であり、想像を諦めた人間には感情は産まれない。
哀しい出来事は無理に忘れようとしなくていい。
それを携えたままでも、人は前に向かって進んでいける。

大切な仕事や使命は、人々に知られる事をなく、ひっそりと厳かに行われる。
そうやって陰ながら活躍する人々の努力によって、世界は成り立っている。
鈴芽達が示したように過去の絶望とは、打ち破る物ではなくて、そっと胸の裡に仕舞い込んでおく事で、一つの孤独と寂寥感の救いとなり得るのだ。

そして、立ち止まってしまっていたあの頃の想いと傷跡に決着を果たして、明るい未来に向かって大切な人と共に再び、歩み始めていく。

過去と未来は必然的に繋がり、失った大切な物をようやく取り戻せたのだ。















 

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