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深読み〜映画[君たちはどう生きるか] 主人公と義理の母親の生き方とは?

はじめに

まだ君たちはどう生きるか、を観ていない方。この映画はやはり前情報無く、観たほうが色々考えられるので、もし未視聴なら、先に観ることをオススメします。


流石の迫力の描写。自由なプロットは正直訳がわからない


君たちはどう生きるか、スタジオジブリの最新作、宮崎駿の最終作になるかもしれないこの作品を公開初日に観てきました。
流石、宮崎駿作品、劇中の描写には圧倒されましたが、観終わった直後の感想は、「自由過ぎて解釈がよくわからない。。」でした。よくよく思い返してみると少しずつ全貌を掴むことができたので、書いてみます。

たぶん、この作品を観た人は
あの世界はなんだったんだ?
主人公達は何故あの世界を経験し、何を言いたかったのか?
などなど疑問が浮かんだのではと思います。

ジブリワールド全開の描写の数々


事前に、これは宮崎駿の自伝的な作品になるのでは、という推測がありましたが、これはほぼそうなのだと思います。

物語では、大叔父が洋館の塔から出てこなくなった、とされていますが、大叔父はこの洋館の地下の世界のいわば創造主であると描かれます。

この世界の描かれ方は様々で、地獄であると言われたり、天国だと言われたり。墓の主が起きてしまう、とか何なの?という感じでしたが。

全体的に映画の描かれ方は意図的にタッチが分かれています。冒頭の階段を駆け上る主人公の描写、火の描かれ方は圧巻でした。冒頭の主人公の書き方は千と千尋の神隠しを彷彿とするような動きです。一方で、新しい母屋では意図的に奥行きのない静止画的な描写があったり、と序盤であれ?と思うシーンが多いです。次第に、ああ、これはジブリの集大成なのだな、、と気づきます。
特に洋館の中では、ハウルの動く城、もののけ姫、ゲド戦記(個人的に世界観はゲド戦記が近いのかなと)、トトロや天空の城ラピュタを連想させるシーンが数多く出てきます。
つまり、洋館の中はジブリワールドなわけです。大叔父さんはジブリワールドを作って出てこなくなった宮崎駿なんだろうな、、と。
バランスが崩れている、世界にあふれるペリカンやインコは、そんなジブリワールドも終わりが来ていることのメタなのでしょう。
途中で洋館は50年前に降ってきた、という表現がありましたが、これもまさにジブリ世界の誕生の比喩なのでしょうね。
そういう意味で、ジブリを継承する必要はないんだ、というメッセージを示した映画でもあるのだなと思いました。このあたりが、宮崎駿の自伝的な、と表現される所以なのでしょう。

難解な主人公達の関係ーなぜナツコはこもってしまったのか、主人公の心とは?


そのような、いわば裏設定的な要素もともかく、この洋館の世界に何故、主人公と主人公の義理の母親は迷い込んだのでしょう。主人公や義理の母親の心情の理解がなかなか難しい作品だったかもしれません。
これは非常に難解だと思いますが、全体の流れから想像した解釈を書いてみます。

まず、序盤の展開から、えっ?と思ったシーンは、お母さんが亡くなったシーンから僅か2年(1年?)後に、疎開先に移動したと思ったら、新しいお母さんが出来ていたことです。まあそこまではありうる話なのでしょうが、既に結構大きな子供がいる。。しかも新しいお母さんはいきなり主人公に「動いてるでしょ」なんて言ってくる、、ちょっとデリカシーの無さに主人公は完全に無口です。
そうして観ていると、家人の話から義理の母親は主人公の実の母親の妹、であることがわかります。
これは結構、ですね。いや、この時代にはあった話なのかもしれませんが、主人公の世界観はこの時とても揺らいでいたのではないでしょうか?
そして、フラッシュバックする母親の死。

母親の死は辛いよね、、と思っていました。洋館の世界で最期に、主人公は母親に「戻ったら、火に焼かれて死んでしまう」と現実の世界に戻らないで欲しいと訴えます。それに対して母親は「眞人に会えるなら」と答えます。ここのやり取りから、主人公は母親が入院していたことが、自分のせいではと思っていたような感触を持ちました。もしかして、主人公を生むことで病み弱な母親は頻繁に入院するようになり、、結局火災で亡くなってしまう、そんな流れで主人公は母親の死に向き合えないのではなかったのではないでしょうか。最終的に世界との付き合い方が分からなくなっていた主人公は、自分の人生に向き合えるようになる、そんなストーリーかと思いました。

さて、義理の母親、ナツコはそもそも何故、洋館にこもってしまったのでしょうか?ナツコは連れ去られたのではなく、自分でこもってしまったような描写があります。上記の予想をしてみると、ナツコも悩みを抱えていたのだと分かります。
つまり、姉の夫と、もしかするとその療養中から良い仲になり、死後すぐに子供を授かってしまった。多分に姉に対する後ろめたさや、眞人との距離を測りかねていたのかもしれません。洋館に向かえに行った眞人に対してナツコは、どうせ、と叫びます。
ナツコもまた複雑な人間模様に生き方を見失ってしまったのかもしれません。

映画は最期は父とナツコとナツコの子供と東京に主人公が帰るシーンで終わりを迎えます。彼らはこれからどうやってまさに生きていくのか、簡単には切り取れない生きた方に対する問いかけだったのかもしれません。

ジブリの集大成に相応しい作品

こうして考えてみると、宮崎駿の最終作(多分)は、めちゃめちゃ難解なテーマを提示していたのだと思います。売り上げなど考えずに、まさに自由な作品でしたね。。
この部分は過去のこの作品かな、、など感じながら観るのもまた一興かもしれません。
できれば公開中にまた観てみたいなと思いました。

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