「自分の望むものが分からない」という現代病

蛙化現象の背景とは

若い人たちの間で「蛙化現象」という言葉が流行っていた時期があるらしい。「好きでたまらなかった人に対して、ある日突然冷める」現象だ。これは自分の欲望が整理できていないことによるものだと私はみている。

例えば、「付き合うかどうかの土壇場になって、相手の年齢や体型が気になって無理だと思うようになる」などだ。拒絶される側からしたら「いやいや最初から分かってたことじゃん」と理不尽な思いを抱くが、断ってきた相手はその時になるまで自身の欲望の優先順位を真剣に考えてこなかったということだ。

世の中に娯楽が溢れ、自分と向き合わなくても楽しく過ごせるようになった分、ある程度の年齢に達した人でも恋愛で自分の望むものが何かを分かっていない人が年々増えているのである。人生経験が少ない若い人であれば尚更だ。

「どんな人がタイプですか?」というのは恋愛の文脈でよくされる質問だが、人間を構成するパラメーターは無数にあるため、一言では語り尽くせない。しかも「Aの要素が優れていれば、Bの要素はそこまで気にならない」といったように、これらのパラメーターは互いに影響を及ぼす。

そのため、出会った人から逆算する形で自分の望みを割り出すしかないのだ。SNSのお陰で共通の趣味を持つ人間を探すことはやりやすくなったが、それは「自分にとって心地よいその人の一部属性」だけを享受することなので、「長所も欠点も抱えた相手を全人格的に受け入れるか否か」といった決断とは無縁である。

先日、「20代の未婚男性のうち46%が交際経験なし」という衝撃的な数値が出ていたが、前述のように他人と全人格的にぶつからないと特に人間関係において「自分が本当に望むもの」は見えてこない。

「自分の望むものが分からない」というのは、どうやら現代社会を覆う病のようだ。

自分の欲望を直視しないとどんな弊害が起きるのか

別に「自分が本当に望むもの」を知らなくてもいいじゃん、と思うかもしれない。しかし、欲望の輪郭がハッキリ掴めていない人は変な方向にエネルギーを費やしてしまうので、自分の人生を後悔する可能性が高い。

たとえば、あなたはこの会話を聞いてどのような感想を抱くだろうか。

Aさん「これからの時代はどこの会社でも通じるようなスキルを身につけることが重要なので、生命保険業界では資産運用部門の仕事をしたいです。」

Bさん「なんで資産運用を専門としたファンド系の会社に行かなかったの?」

Aさん「内定がどこも出なかったんです。そして、資産運用部門にも配属されずでした」

Bさん「それじゃあ、仕事の合間に証券アナリストを取得して人事部にアピールしたら?」

Aさん「でも、会社の制度で希望が通るのは6年目からなんですよ。スキルが重要なのにそんな悠長なこと言ってるんですよ。本当に旧態依然としてる会社ですよね」

Bさん「じゃあ、転職考えてるってこと?」

Aさん「いえ、郷に入れば郷に従えなので我慢します」

Bさん「自分で個人的に株式投資とかはやってる?」

Aさん「まあ、ちょっとだけ・・・」

Bさん「資産運用部門は入りたい人多いから、配属された場所で実績を残さないとね」

Aさん「でも、今の仕事に面白みが全く感じられないんですよね。まだ3年目ですけど飽きてきましたよ」

気持ちは分からないでもないが、残念ながら生命保険会社によくいる「資産運用部門なんちゃって志望者」の典型である。不満をいう割に肝心なところであれこれ理由をつけて努力を避けている。生馬の目を抜くような超成果主義の資産運用分野において、この覚悟ではファンド会社も採用しないだろう。

おそらく、Aさんは資産運用部門で仕事をすることを本当は望んでいない。言葉とは裏腹に「とりあえず確保した働き口を維持する」行動を積み重ねているので、「一刻も早くどこにでも通じるスキルを身につける」も世の中のトレンドに合わせたファッションに見えてしまう。

本当にスキルを身につけようとしている人間は常に行動をしているので、周りの環境を愚痴る暇などないのだ。「会社の旧態依然とした体質に縛られて、高い志を発揮できていない自分」という認識を持っている限り、言い訳作りと不平不満を生み出すことにエネルギーを費やし続けるだろう。そして、付随して生み出される"負のオーラ"はまともな人をドンドン遠ざけるのだ。

発言と行動と自己認識がキチンと噛み合った時、人はそのポテンシャルをフルに発揮する。仮にその道が失敗に終わったとしても、その人は以前より高い解像度で自己の望むものを把握できるようになっているはずだ。

しかも、完全燃焼した人間のそばには高い志を持つ人間が集まる。そうなれば次の成功確率は上がるはずである。

「自分の心の声に耳を傾けさせないこと」がマーケティングの基本戦略になる時代

転職、美容、恋愛は、他人の欲望を撹乱することで利益を得やすくなる分野である。人間のコンプレックスに終わりはないので、刺激し続ければ無限に搾り取れる。

SNS上には誇張された他人の人生が溢れ、娯楽だらけで息つく暇もない今の世の中は最高の環境だ。

先ほど書いたように「どこの組織でも通じるスキル」という概念も、人によっては目の前の仕事へと向き合わない言い訳に使ってしまう。そして、一人でこの矛盾に気づくことは極めて困難だ。

情報が大量に飛び交い、さまざまな「べき論」が流通する現代では、「世間の非難を浴びそうだから」という理由で自身の欲望に蓋をして、いつの間にか思い出すことすらできなくなってしまう人も多い。

しかし、どんなに蓋をしても存在そのものはなくならず、燻り続けるうちに心や体を蝕んでいく。他人からの誹謗中傷は逃げれば終わりだが、自分の本心を無視することによる罪悪感からは逃れられないのだ。

「それは本当にあなたの望んでいることなんですか?」と自身を揺さぶり、自分と向き合うきっかけをくれる存在を手に入れる必要がある。本でもいいし、親身になってくれる友人でもいいし、お金を払って人生相談サービスを提供してくれる人にお願いするのもいい。

気持ちの蓋を取り除くことの重要度がドンドン上がっている時代に私たちは生きている。

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