見出し画像

ひっくり返ったカナブンよりも今年はひっくり返ったジーサンを見つけた数のほうが多い

 「今年の夏は、ひっくり返ったカナブン、見かけへんかったな」

 道端でひっくり返っとったジーサンの腋を抱え、知らん女の人と2人で協力しながらジーサン抱え起こそうとしてるときに、ずっと、こんな感じのカナブンについての考えを、頭に思い浮かべとった。その、たぶん20後半くらいであろう女の人が、ジーサンの腰を支えてくれたので、わたしのほうは何か猫でも持ち上げる感じの、わりとひょいと軽い感じの、そこまで一生懸命にならなくてもよい状況であったし。まあ、今年、ひっくり返ったジーサンを抱え起こすの3人目やから、もう手慣れたもんやったのもあるからか、ずぅーと、このジーサン抱え起こすとき、カナブンがわたしの頭を支配しとったね。

 ぶっちゃけこのジ—サンが一番カナブン感あった。自転車でわたしが、ひゅーと走っとったら、目の前に、ほら、あのオカンがテレビの前で仰向けに寝転がって、手足を天に伸ばしてパタパターってやりよる要領で、コンクリを背にしたジーサンが手足をパタパターって。もしもリビングでこれを見かけるんやったら自然なことやったし、一回とりあえず通りすぎるのお約束やから、通り過ぎてから「いやいやいやアカンやつやろこれ」と思い、自転車を止め、自転車から降り、スタンドを立て、ジーサンのほうに駆け寄ったわけです。そしたらこの後、腰を支えることになるわたし的には一番の功労者の女の人も、たぶんわたしと同じくらいのタイミングでひっくり返った亀みたいになったジーサンに気づき、わたしにちょっと遅れて、自転車を止め、自転車から降り、スタンドを立て、ジーサンのほうに駆け寄ったのです。まあ、それでふたりで抱えて起こしたったわけやけれども、こういうときに、ジーサンに気づいてるくせに「あーカナブンがひっくり返ってるみたいー」と思うだけ思って、ひゅーと通り過ぎる人。この人らも、もしかしたらわたしらおらんかって、どうしようもなかったら止ってくれるやろか、なんかを考えてたらジ—サンは直立。「ありがとう、もうええで」となり、女の人と2人で、ひょっこひょっこ歩くジーサンを見て「あれ、大丈夫ですかね」「心配ですね」といった感じのアイコンタクトを交わし、ひょっこひょっこを何度も振り返り振り返りするハメになり、元気なカナブンみたいに、最後は手からぴゅーっと飛んでいってくれたら楽やのにとか思ってはいけないことが頭をめぐった。

 面倒やったんが、2人目で、このジーサンは酔っぱらっとった。大通りのまん中で仰向けにパタパタやっとるのを傍目に、やっぱりお約束、いったんわたしの自転車は通り過ぎ、ちょっと行って「え、うそやんひき逃げ」とか思い、引き返し、自転車を止め、自転車から降り、スタンドを立て、ジーサンのほうへ。「もしもーし」なんか言っちゃって、肩とか叩いちゃって、反応確認したら、普通にぼんやりした感じで、焦点が合わない感じでこっちを見る。「酔っぱらってんのかコイツ」と思ったけど、車来たら危ないし、実際来たし、車を誘導し安全確保してやる。「とりあえずここ危ないから端よろーや」と言っても、ほっといてくれみたいな感じで、ぶっちゃけ酒臭く邪魔臭かったが「まあ、ええわ」と思い、ジーサンが動く気になるまで付きやってやることにした。ほっといてくれないことに腹が立ったのかジーサンはわたしに何か言ってるが、ほとんどムニャムニャって感じでよくわからん。

 「救急か警察呼ぼか」と言っても、それははっきり「いらん」言うし、困ったなぁ。「とりあえず端っこよろうや支えたるから」と言うても「いらん」言うし、ほっといてくれと言われてもバビュンバビュン車通るし、「ほら立って」って無理矢理ジーサン抱え起こそうとしたら手足パタパタされ、逆に危ない。また来た車を誘導して、ジーサンのところに戻ったら、ジーサン、わたしのほうをじーっと見て、わたしの顔を自分の瞳に写して「なんでこいつおれにこんなに拘るんやろ」みたいなそんな目をしていた。で、なんか、そやな、たぶんコイツも結局は、みたいな感じで、こう今までの人生の断片を思い出したんでしょうね、吐き捨てるように「偽善者」と言った。いやジーサンは単純に「偽善者」と言っただけなんやけど、その前に記述したジーサンの人生の情景みたいなもんが、ありありと、ジーサンの目の黒い部分に映ってるような感じがして、何かちょっとオモロいなーと思った。せっかくジーサンが「偽善者」というキーワードをわたしにくれたのに、それをしみじみオモロいなーと、じーっと、ジーサンの目を眺め黙っとっても、たぶんジーサン気味悪いやろう、と、謎の気遣いを発揮したわたしは、「見つけちゃったからねひっくり返ってんの。起こすの趣味やねん」と、やっぱり気味の悪い返しをしてしまう。「だから偽善というより独善やね」なんて完全自分の宇宙で完結している話をされたジーサンは困惑の極みやったと思う。そら立つよね頑張って。正直恐いもんわたしの発言。頑張ってふらふらっと道の端へ行って、支えるの拒否して、もうほとんどひっくり返ってるやろ、という勢いで道の端に倒れ込む。「ウソやろッ」、という感じで助けに入って、何とか壁への激突は避け、上手い具合いに壁にもたれかかってくれた。そしてらお役御免。シッシ、という感じ。

 「起こすの趣味やねん」とか言ってしまったのも、この2人目のジーサンがひっくり返っとったのを見つけた日の前日に、ひとり目の、ひっくり返ったジーサンを抱え起こしとったからである。名探偵コナンばりの事件遭遇率。

 ひとり目のジーサンがひっくり返る瞬間、わたしはバッチリ目撃しとった。このジ—サンも酔っぱらっていて、こう、電柱に「あーしんどい」みたいな感じで手を突こうとしたら、思ったよりも電柱が遠くて、ホンマに、びっくりするくらい綺麗にくるんって半回転して、仰向けに倒れよった。わたしがやっぱり自転車を止め、自転車から降り、スタンドを立て、ジーサンのほうに駆け寄り、いろいろ検分すると、ジーサン軽く手の甲を擦りむいとる。やっぱり酔っぱらったバージョンのジーサンは「えーねん、えーねん」といった様子。正直その遠慮、逆に迷惑。そしたらわたしと反対方向からやって来たニーチャンが「大丈夫ですか」って、わたしに声をかけてきて、わたしもまだこのころはまだ、ひっくり返ったジーサンの対処に慣れてなかったから「距離感間違えたみたいでこのジーサン」とか訳の分からんことを言う。「酔っぱいですか? この人」とニーチャンはわたしではなくジーサンの状態を確認し、たぶんわたしと同時くらいのタイミングで、目の前が警察署であることに気づき、「あ、」「あ、お願いします」みたいな感じで警察を呼んできてもらった。2人の男性警察官がニーチャンと一緒に走ってきて、「どうされたんですか?」とわたしに聞き、わたしは電柱を指差し、ジーサンがひっくり返る瞬間の衝撃映像を頭に思い浮かべながら、「距離感間違えたみたいでこのジーサン」と、また訳の分からんことを。「頭、大丈夫ですか、頭打ったり」と、いやわたしのことではなくジーサンのことだから、わたしは目に焼き付いた映像記憶の再生を確認し「頭は、打った感じではなかったですね」と今思えば無責任なことを言い、あとは警察官に任せてその場を立ち去ったわけです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?