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ラジオから聞こえる漫才

ラジオから声が聞こえる。
「それでは、新鋭の漫才コンビの2人に登場していただきましょう、拍手でお出迎えください」感情を抑えた女の声。
拍手。2人の男の漫才が始まる。
「はいどーも。こうやって漫才させていただいてますけれどもね。いや、お客さん、今回ね、なんと、こちらの会場はラジオ中継されています」
「聞こえますかー! 声だけでなく姿形もお届けしたかったー! 」
微かな笑い声。
「言うなー! そういうこと! 」
爆笑。
「努力が、努力が足りんかったんやと思う。ホンマこの通り。申し訳ない」
「うん? うん、ま、相方も反省しておりますので許してあげてください」
「……たしかに声に関しては気を遣ってたんです。基本、のど飴常備ですし寝るときもマスク」
「ん? うん」
「僕ら若手芸人。スズメの涙みたいな給料で。その日暮らし。本当にお金がない」
「はいはい。いや、ホンマそうですよ」
「にも関わらず、にも関わらずですよ。こないだ加湿器を購入しました」
「ん? ……ほう、うん。もうちょっと泳がしてみましょう」
「僕みたいに喉に対する意識が高い男が、購入する加湿器。加湿器がですよ。空気を清浄できないと思いますか? 」
微笑。
「(笑)うるさいなー。欲しがるな欲しがるな、わかりきったことを。どうせ、できるんでしょ」
「できるんです! 」
「で、お値段は! 」
「なんと16800円! 」
「よいしょー! って何やこれ」
爆笑。
「とにかく、それほどまでに僕の声に対する意識が高いということをわかっていただきたい」
「いや、それはわかりましたよ。で、結局何? ていう話ですよ」
「よくぞ、よくぞ聞いていただきました。つまりですよ声に関しては僕は努力を惜しまなかったんです。だからこそ。だからこそ、今回のラジオ中継される運びとなりました」
「なるほど、ってなんで『おまえの声に対する努力が実り、ラジオ中継されました』みたいになってんねん。お前が思ってるより、いろんな大人が動いとんねん」
微笑。
「しかし、姿形……姿形までは心配りが行き届かなかった。その件を皆様に謝罪したい」
「(笑)アホやこいつ……」
微笑。
「姿形の、僕が姿形の努力を怠ったばかりに、声だけの中継となりましたことを改めて謝罪いたします」
爆笑。
「えー本日、ご来場いただいた皆様にはね。大変お見苦しいものをお見せいたしております」
大爆笑。
「次からは姿形をお届けできるよう、声だけしか届けられないラジオからテレビへ、ステップアップして行きたい」
スタッフの笑い。
「ちょいちょーい、やめろやめろ。ラジオに関わられた方、リスナーの皆様すべてにお詫びいたします」
微笑。
「ホンマにおまえはそういう事なかれ主義的なところがある。いやいやいや所詮、ラジオですよ。テレビには敵わない」
「おいおい、やめろホンマにしゃれならへんぞ」
スタッフの笑い。
「いや、これは言わしていただきたい。なぜならこれはこのラジオに関わるものすべてが自覚的であらねばならない問題だからである」
微笑。
「……ほう。これはまた改まって。これはマジなやつやな。すんません皆さん、ちょっと彼に耳を傾けてあげてください。これはマジなやつです」
「このラジオのリスナー、これを聞いている人たちは、きっとこの漫才が本当に行われていると考えている。その時点である思い込みに囚われていることに気づいているのか」
「ほう、偉い急に哲学じみてきたな」
「僕とこの相方が、つまり僕と君が、違う人物やという保証があるの? 」
「おーおーおーはーぁ? おー、なに言うとんねんこいつ正気か」
微笑。
「はい答えて、ちゃんと考えて答えて、まじめにホラ考えて」
「そらぁ、違うもん……はぁ? 」
「勘が悪いなぁ……センスがない。リスナーは僕らの姿形が見えてない……だから?」
「うん……」
「姿形を差し引いたら残るものは……? 」
「……うん」
「もう、違う人物やと保証するものは、こ・え、声が違うからやん! 」
「ん……んうん、まあ、せやな……」
「リスナーの皆さーん僕たちの声が違うからって別人やと思い込んでませんか? チッチッチ、あまいあまいもう皆さんは僕らの策略にまんまとハマってる。皆さん、なんで? 僕がこの相方ごときの声を真似できひん木偶の坊やと思った」
「……え? 急に偉い角度からディスられた気がするけど。は? つまりどういうこと? 」
「チッ、勘が悪いな。おまえそういうとこやぞって、あ、これも僕の一人芝居でございまして。つまりこの漫才全部僕の声帯模写で成り立っております」
微笑。
「は? 」
「さらに言うならば、僕、この会場のお客さんの笑い声も担当させていただいています」
爆笑。
「えー、あの人も? え、あっちの人も? 」
「そ。何もかも」
「ならあれか自分でとぼけたこと言って、それを初めて聞きましたみたいな感じでツッコんで、初めて聞きましたみたいな感じでお笑ってんの? そんな恥も外聞も無い」
爆笑。
「うん、あと登場の呼び込みもやったよね」
「え、あの、感情のかけらも感じひんかったやつ? せやったらもっと感情こめてよ」
微笑。
「いやだって、ちょっと声質が違うから……『それでは、新鋭の漫才コンビの2人に登場していただきましょう、拍手でお出迎えください』っていう感情を抑えた、やっぱり女性の声は難しいしまだ温まってなかったし喉……。あ、あとそれから拍手、微笑、爆笑、スタッフの笑い声、環境音までひとりで担当させていただいてます」
「うっそやーん、めっちゃ出来てるやん。めっちゃ芸達者やーん! えー、俺、お前やったんやー、えー。つまりは俺も芸達者ってー、えー。いや、言うても、言うても! 若干声が被ったりどうしようもないとこあるやろ」
「え? 前もって素材を収録しておいて、今は素材を組み合わせる感じで、まさにラジオって感じの放送がなされています。これ皆さん知らない高度な技術用語ですけどね、編集っていうんですよ」
「えーうそーん、それ言い出したらなんでもありやん」
微笑。
「なんなら、僕、会場にもいませんからね」
「え……まさか……そんな……」
「そもそもこの音声がラジオから流れているという確信はあんの? なぜ聞いているあなた、あなたの幻聴じゃないと言い切れる? ラジオはそこに存在していますか? 本当に? 僕はあなたの想像上の存在かもしれない」
「いやいや、怖い怖い怖い怖い! 」
「『ラジオから声が聞こえる。』」
「嘘でしょ。それおまえやったん」
「ってくらいのことを声にこだわるラジオやったらやっていかんとあかん」
「もういい、もーう無理。たぶんもう誰も付いて来れていない! もう誰も聞いてないよ」
「え、この文章を聞いてる人が。本当にいたんですか? 」
「もういい、もうそれ以上触れてはダメ! ありがとうございました! 」

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