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平成30年台風第21号

台風でいろんなものが冗談みたいに飛んでおりました。窓ガラスの尽力により室内の平和は保たれましたが、外は悲惨。木や電柱が歪んで、フェンスがひしゃげております。関西をうっかり、間違えて洗濯機に突っこんでしまったような惨状でございます。すっかり心が縮んでしまいました。

暴風の蹂躙により方向が変わってしまった信号機や、標識が吹っ飛んでただただ佇むだけの曲がった棒を眺め、認知が歪んだような錯覚に陥っております。台風当日は、いろんなモノが宙を舞うのを眺めながら、黒沢清の『回路』の、世界が崩壊していく映像を思い出しておりましたが、日数が経った今、あらためて恐ろしい出来事だったなと再認識させられる次第でございます。鉄筋コンクリート塊たる我が家を揺るがし軋まし網戸をカンカンさせるあの狂騒はもうすっかりトラウマ。台風が通り過ぎた後に訪れた近所のファミリーマートには、店内まで暴風が運んだのであろうゴミだの葉っぱだのが散乱しており、暴風の中、自動で開閉するドアをめぐり、店員と客との自然に対する無力感に苛まれるモノ同士の悲しい攻防があったのだと、わたくしの灰色の脳細胞が申しております。

台風が過ぎ去った街は、赤瀬川原平らが発見した無用の長物を意味する超芸術トマソンで溢れており、かつては標識を吊り下げていた空虚な逆L字の柱。雨よけ日よけとして機能を失った庇の骨組みは丸出し、歪んだ電柱と壁の間に挟まったポリバケツ、ブロック塀に突き刺さったカラーコーンなどなど、こんなナンセンスな風景は間違い探しのためだけに描かれた絵のようでございます。アスファルトにはどこの馬の骨とも知れぬプラスチックの破片があちらこちらに散らばっており、本来収まっていた場所には、もう帰れぬ無情をバラまいております。道ゆく人が「はて、これはどこから」と見上げるのか、上を向いて涙を堪えるように歩いているのかは、わたくしには計り知れぬことでございます。

歩道を塞いだ倒木を避ける為に歩行者は車道へ迂回することを余儀なくされ、やっとの思いで生き残った木々たちも、びっくりした猫が毛を逆立てるように緑を毛羽立て今もそのまま。
方向が変わってしまった信号機は赤と青、仲のよい双子のように雁首をそろえて意見を異にしております。向こうの十字路の信号機は息をしておらず、制服を着た警官数名がその代わりの機能を果たしております。

電柱が傾き電線が弛んでおり、いつもより街が低いから頭上に注意。

歩道に足れる電線に張られた頼りない紙に書かれた赤文字の「危険さわるな」はシャレにならないレベルの「危険さわるな」だからきっと殴り書きで、文字にすら余裕が感じられません。

街の危険が大きく口を開いて、うっかり誰かが呑み込まれてしまうかもしれない、そんな何ともいえない不安がこのチグハグの街に溢れております。

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