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『スターシップ・トゥルーパーズ』町山智浩単行本未収録傑作選11 90年代編5 ポール・ヴァーホーヴェンがSF史上最大の問題作に挑戦した真意

文:町山智浩
初出:『映画秘宝』2007年2月号

「戦争はすべての人間をファシストにする」ポール・ヴァーホーヴェン

「私の家はV2ロケットの発射台に近かった。頭の上をロケットが炎を吹きながらロンドンに向かって飛んで行った」
 ポール・ヴァーホーヴェン監督が5歳の頃、祖国オランダはナチス・ドイツに侵略された。ヴァーホーヴェンが住むハーグの近くにナチスのV1とV2のロケット発射台があったので、それを狙ったイギリスやアメリカの爆撃はオランダ市民の上にも降り注いたのだ。
「夜になると空にはサーチライトと対空砲の曳光弾が飛び交うのが見えた。飛行機に弾が命中すると爆発して光って、燃えながら落ちてきた」
 爆撃の翌朝、墜落現場にヴァーホーヴェン少年は駆けつけた。ドイツ兵が残骸の中から乗務員の千切れた死体を引きずり出すのを見た。
「5歳から8歳まで、ずっと戦争だった。人格形成期だよ。その時に見た光景が私の脳に刷り込まれた。ナチスに蹂躙された状態と戦争を平常のものとして私は育った」
 ヴァーホーヴェン少年は、戦争が終わって平和が訪れても違和感しかなかった。
 彼は映画『パットン大戦車軍団』で、パットン将軍が戦場の惨状を見て、「神よ、許し給え。私はこれが大好きです」と言うシーンに共感すると言う。
 そんなヴァーホーヴェンが「少年期の体験を詰め込んだ」映画が『スターシップ・トゥルーパーズ』(97年)だ。『スターシップ・トゥルーパーズ』は、政治的な大論争を呼んだロバート・A・ハインラインのSF小説『宇宙の戦士』の映画化だ。
「何も考えない観客にとっては、若者たちが巨大な昆虫と戦うだけの話だよ」そう言うヴァーホーヴェンは、『スターシップ・トゥルーパーズ』を「Esotericな映画」と表現している。Esotericとは「選ばれた少数者にだけ理解できる」という意味だ。
 ナチと殺戮に育てられた監督は、この奇妙な映画にどんな意味を隠したのか?

●『アウトポスト7』

 91年12月、ワーナーブラザーズの撮影所を、映画プロデューサー、ジョン・デイヴィソンと脚本家エド・ニューマイヤーが散歩しながら雑談していた。2人は87年にポール・ヴァーホーヴェン監督作『ロボコップ』を作ったコンビだ。ニューマイヤーが突然、「宇宙の彼方で巨大な昆虫軍団と戦う映画はどうだろう?」と言い出した。するとジョン・デイヴィソンが口を挟んだ。
「それって『宇宙の戦士』みたいだな」
『宇宙の戦士』はロバート・A・ハインラインが59年に書いたSF小説で、アラクニッドと呼ばれる巨大なクモのような異星人と人類の戦争を描いている。デイヴィソンもニューマイヤーもSF少年で、『宇宙の戦士』の愛読者だったのだ。
「でも、どうせ誰かが映画化権を押さえてるさ」
 そう思ったデイヴィソンはニューマイヤーにハインラインのアイデアだけ盗んでオリジナルのシナリオを書くよう勧めた。
 ニューマイヤーの企画は『アウトポスト(前哨基地)7』と名づけられた。地球軍の守護隊が異星の砦で押し寄せる昆虫型エイリアンの大群と戦う物語だった。デイヴィソンはこの企画をいくつかの映画会社に売り込んだが理解されなかった。
 ところがデイヴィソンが試しに調べてみると誰も『宇宙の戦士』の映画化権は持っていなかった。
 デイヴィソンが「よく知られたSF小説の古典の映画化です」と、もう一度売り込み直すと、トライスター映画の社長マイク・メダヴォイがGOサインを出してくれた。メタヴォイは『ロボコップ』を作ったオライオン映画の社長だったが、オライオン倒産後、トライスターに雇われていたのだ。
 かくして『宇宙の戦士』38年目の映画化、『スターシップ・トゥルーパーズ』の製作が始まった。

●バグ戦争

 ジョイ・デイヴィソンが『スターシップ〜』を製作したいちばんの動機は、子どもの頃からB級怪獣映画の大ファンだったからだ。『宇宙の戦士』のクモ型エイリアンとの戦争は、放射能で巨大化したアリ軍団と軍隊が戦う『放射能X』(53年)を思い出させた。
 デイヴィソンは大学で同じく怪獣映画ファンのジョー・ダンテと知り合い、2人はドライブイン向けのゲテモノ映画を量産していたロジャー・コーマンの下で映画作りを学んだ。78年、『ジョーズ』の二番煎じ映画『ピラニア』で、デイヴィソンはプロデューサー、ダンテは監督としてデビューした。『ピラニア』のSFXを担当したフィル・ティぺットは、デイヴィソンの『ロボコップ』で二足歩行ロボットED209をストップモーションで撮影した。
 ところが93年、スティーヴン・スピルバーグ監督の『ジュラシック・パーク』はストップモーションという撮影技術を終わらせてしまった。ティペットは『ジュラシック〜』で、いつものように関節の動く恐竜のモデルを作ったが、それをカメラで撮影するのではなく、モデルの動きをキャプチャーしてCGで作られた恐竜を動かした。ティペットが開発したこの技術を利用して作れる映画は他にないか、と考えていたデイヴィソンにとって『宇宙の戦士』のアラクニッドはまさにうってつけだった。
『スターシップ・トゥルーパーズ』は機動歩兵とアラクニッドとの白兵戦がクライマックスだ。俳優の演技とSFXの両方を統合して演出できる監督が必要だ。デイヴィソンとニューマイヤーの頭にはポール・ヴァーホーヴェンしか浮かばなかった。漫画を描いていたこともあるヴァーホーヴェンは『ロボコップ』のほとんどすべてのシーンをストーリーボード(絵コンテ)に描き、メカのデザインからCGによるフィニッシュまでコントロールできる稀有な監督だった。また、ヴァーホーヴェンは戦争の中で育ち、彼自身も2年間オランダ軍に従軍し、軍隊の記録映画を撮ることでキャリアを始めた。戦争映画には彼以上の人選はない。
 こうして『ロボコップ』のスタッフが再結集したが、メタヴォイはトライスターを退社、親会社のソニーは急に二の足を踏み始めた。ヴァーホーヴェンがこの前に作っていた『ショーガール』(95年)が大失敗したからだ。彼に予算1億ドルの超大作を任せるのはリスクが大きすぎる。しかし、デイヴィソンたちはディズニーから共同出資を取り付けた。『スターシップ〜』は『タイタニック』以来のハリウッドの2大スタジオの合作になった。
 でも、まだ問題はあった。原作の『宇宙の戦士』がただの痛快な宇宙冒険小説ではなく、SF映画史上最も激しい論争を生んだ問題作だということだ。

●政治的作家ハインライン

 ロバート・A・ハインラインは、アメリカで最初にSF小説を「一般誌」に発表し、それまでパルプ雑誌の三文小説だと思われていたSFを正当な文学に昇格させた作家だ。
 1907年に生まれたハインラインは、29年にアナポリスの海軍士官学校を卒業して巡洋艦レキシントンなどの任務に就いたが、34年、結核のために退役した。
 軍を出た後のハインラインは社会主義に傾倒し、政治家を目指してカリフォルニア州議会議員に立候補したが落選する。
 その後、ハインラインはSF作家として成功した。ハインラインの小説は科学技術が進化した「社会」をリアルに描いて、ソーシャル・サイエンス・フィクションと呼ばれた。
 ハインラインは海軍士官だった生化学者ヴァージニアと結婚し、彼女の影響で急激にタカ派に転向した。
 戦後、アメリカはソ連と対立し、マッカーシー上院議員のアカ狩りで、アメリカ国内の左翼や平和主義者は弾圧された。しかし54年にマッカーシーが失脚してアカ狩りが終わると、冷戦に一時的な融和ムードが生まれ、58年、アメリカはソ連と協議して核実験を停止することになった。
 これに対してハインラインと妻ヴァージニアは猛然と反対した。「ソ連は約束を守るはずがない。核兵器開発はアメリカの自由のために必要だ」と主張する2人は核実験続行を求めて署名運動を起こした。その運動の名は「パトリック・ヘンリー同盟」という。パトリック・ヘンリーは、アメリカがイギリスの植民地だった時代に、イギリスの圧制に対して「我らに自由を。さもなくば死を」と叫んで、アメリカ独立戦争のきっかけを作った人物だ。
 ハインラインの抗議運動も空しく、アイゼンハワー大統領は核実験を停止した。ところがソ連は予想通り、協定を破って実験を再開した。ハインラインは1冊のSF小説に国防に関する彼の思いをぶちまけた。
 それが『宇宙の戦士』である。

●『宇宙の戦士』論争

『宇宙の戦士』は、世界が地球連邦に統一された未来を舞台に、高校を卒業した若者ジョニー・リコが連邦軍に入り、立派な機動歩兵に成長するまでの物語。
 ハインラインは『宇宙の戦士』を中高生向けのジュヴナイルとして書いたが、出版社に拒否された。雑誌に連載中からすでに論争の的になっていた内容のせいだろう。
『宇宙の戦士』の敵役はアラクニッド(蜘蛛)と呼ばれる異星人だが、彼らとの戦いは全体の3分の1にすぎず、小説の大部分はリコの新兵訓練と地球連邦の政治システムの解説に費やされている。
 ロシア・イギリス・アメリカ同盟と中国に指揮された国々との大戦争で世界は完全に崩壊した。その焼け跡に秩序を取り戻したのは退役軍人たちだった。そして築かれた地球連邦は、軍役を務めた者だけに選挙権を与えたのだ。この「軍人独裁社会」は犯罪も腐敗も皆無の人類史上かつてないユートピアとして描かれる。
 そして、リコに「歴史と道徳哲学」を教える教師デュボワをはじめとする軍人たちが、勇ましい言葉を高らかに叫ぶ。

「最も崇高な運命は、愛する祖国と戦争の荒廃のあいだにその身命を投げ出すことなのだ」
「暴力は歴史上、ほかの何よりもまして、より多くの事件を解決している」
「自由の樹は愛国者と彼の血によって育つ」

 こうしたアジテーションがストーリーを圧倒している『宇宙の戦士』は、まるでハインラインによる戦争賛美、軍人賛美のパンフレットのようで、冷戦時代のアメリカ人にとっても極端すぎた。
 まず、大学教授セオドア・コグスウェルがウィルフレッド・オーウェンの詩を引用して批判した。オーウェンは第一次大戦で毒ガスにまみれて戦死した詩人だ。

「友よ、血沸き肉踊る興奮をもって子どもたちに語らないでおくれ。自滅的な栄光への熱狂を、古の嘘を。『祖国のための死は甘美にして名誉なり』(ローマの詩人ホラティウスの『頌歌』の引用)」。

 これに対して『タイムパトロール』を書いたSF作家ポール・アンダーソンは「ハインラインの戦争もロマンティックに賛美しすぎたかもしれないが、弱虫なリベラルの泣き言よりもずっと真実を描いている」とタカ派的に擁護した。
『次元侵略者』などの著者ジョン・ブラナーは『宇宙の戦士』で描かれる軍人独裁社会はナチス・ドイツやソ連に酷似していると批判した。そして、アラクニッドに加担する発展途上惑星の住民たちを主人公が「痩せっぽちども」と呼んで殺す描写を、アメリカが朝鮮戦争でアジア人を「グーク(気味悪い奴ら)」と呼んだのと類似していると指摘した。
 それから間もなくの64年、ベトナム戦争が始まり、アメリカはベトナム人をグークと呼んで虐殺した。65年にはハリイ・ハリスンがベトナム戦争を風刺した反戦SF『宇宙船ブルース』を書いた。それは戦争の空しさを描いた『宇宙の戦士』のパロディだった。
 その後もベトナム戦争に従軍したショー・ホールドマンが自らの体験に基づいて『宇宙の戦士』を批判的に描き直した『終わりなき戦い』を書くなど、『宇宙の戦士』は今もまだ論争の的であり続けている。

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