意識しないと自分を慈しめない
心模様
こんにちは、こんばんは、おはようございます。
すっかり日が短くなり、夕暮れ時にぼーっと歩いていると、秋は中途半端で、なんとなく心がさみしくてって歌が頭の中を流れていきます。
たぶん、自分が感受性が高い気がしちゃってるんだと思います。
そんなことを考えていると、自然と心も曇ってきて、なんとなくセルフイメージが下がってきてしまったりして。
そう。
僕を昔から知っている人からすると、いしだは、尖ってて、ふざけてて、悩みも蹴り飛ばすようなイメージのようでして、「何に柄にもないことを言ってるんだい」って声が聴こえてきそうです。
正直、僕も自分のことを、ちょっとふざけてて、悩んでも一晩寝たら忘れちゃうような奴だと思ってました。
でもね。
そんな僕も、実は、ちょっと前までメンタルダウンしてたんです。
ほんと、自分でも意外でした。
リアルで自分のことを自分で傷つけまくってました。
そして、周りにいた方々にも多大に迷惑をかけたと思います。
紆余曲折の上、今は大丈夫です。
もう、あの頃には戻りたくないですが、対人援助職としては、メチャクチャいい経験をしたと思えるようになりました。
心が壊れそうって人の気持ちも前よりリアルに感じるし、自分のネガティブな思いをコントロールできるようになりましたからね。
セルフコンパッション
以前の僕は、自分を肯定することを意識しないでも出来ていたから、自分を大切にするなんて、うわべでしか捉えてなかったんでしょうね。
ひとつの技法のように考えていたのかもしれません。
だから、セルフコンパッション(自己同情、自分自身を慈しむ)ってこともそんなに必要性を感じていませんでした。
なんで、あの頃から自分を大切にしてあげなかったんだろうなー。
今、自信満々、もしくは、自分は倒れないぐらいに感じてる人は、それでもいいんですが、ちょっとだけでいいんで、だまされたと思ってでいいんで、自分を大切にするアクションをしてみることをお勧めします。
例えば、いつもよりちょっとだけ疲れたなーとか、うまくいかねーなーってときは、意識して、自分がしてきたことって意味があると考えるとか。実は、他のみんなも大変なんだよねー。だから、周りより自分だけが劣ってたりするわけじゃないよとかって自分に問いかけてみるとかね。
学術的には、瞑想するとか、自分のしていることを振り返ってみるとか、何にもしないで脱力するとか、自分を甘やかしてご褒美あげるとか、いろいろあるんだろうけど、まずは、いつも利用者さんに声をかえるように、自分にもやさしく声をかけてあげることが、セルフコンパッションになるんじゃないかなって思った次第です。
ちなみに、酒飲んで憂さを晴らすのは、負の思いが焼き付いて余計にネガティブになるそうなので、お気をつけあれ。
ほんじゃ、また。
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