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空を想う日記 ~波乃サエの場合~

私、波乃サエは家電量販店で仕事をしている。29歳独身。(気づけばこの仕事を続けて3年になる。ちなみに店では”サザエさん”と呼ばれている。信じらんない・・・私は波乃サエだって!磯野サザエじゃないし波平とも関係ないし、だいたい無理があるって!)

学生の頃は、少しは男子にモテたけど、今じゃ、店の受付で、いくら笑顔を振りまいてもバーコード頭のおじさんか、風船目当ての子供しか寄ってこない。

しかも小さな男の子には、たまに「おばちゃん」と呼ばれたりする。(この短いヘアースタイルがいけないのか。)だから私はその男の子に、わざとピンクの風船をあげる。”あんたに選択肢はないのよ”と社会の現実を思い知らせながら。

そんなことはどうでもいい。今は目の前に起きている、このお客をどうにかしなきゃならないのだ。サービスカウンターでは日常的にクレームが起こる。そりゃそうだ。いわば、クレームの窓口なんだから。

店長は、若くて見栄えのいい受付嬢を置けば苦情もごまかせるとそう思ったのだろう。そんなことってあるもんか。今じゃ上司は、この私を助けたりしない。入社して2年目の平野君でさえデジカメ売場に逃げ込んでるんだ。

”クレーム処理はお前の仕事だろうが”が、3年と言う月日の中で気づけば暗黙の了解になってる。頭にくるっ!かつて見たあの求人誌には「簡単な接客と受付業務です」って笑顔の素敵な店員のイラストつきで書いてあったじゃないか!

「ちょっと、あんた、聞いてるの!責任者を呼んで頂戴よ!どうするのよ!DVDが壊れちゃって、しかも、レンタルDVDに傷が入っちゃったのよ!
もちろん、弁償してくれるんでしょうね!」

簡単じゃない受付業務が私を襲う。(担当の松谷さんは、たぶん今頃、店の裏でタバコを吸ってるはずだ。)確かにその「タイタニック」のDVDには、傷が大きく入っている。あぁ、今この瞬間に、私もディカプリオと沈んでしまいたい。

まだ、おばさんは怒鳴っている。縄張りを荒らされた犬のように、激しく吠え散らかしている。

「サービスマンを、すぐに手配いたしますから」と私は必死にお辞儀をしている。私は何も悪くはないのに、と・・・そう思うこの心に必死にシャッターを下ろしつつ、女優のごとく演技を続けるのだ。とても沈んだ顔をして、たまに泣きそうな顔をして、そしてそれらは、いつしか演技じゃなくなってゆく。

「申し訳ございません」とお辞儀をしながら
私はいつも、床を眺めつつ、こう思う。

この床は私の空だ。少し汚れた青い床だけど、私にとっては、あの青い空だ。私は空を眺めている。私は空を想っている。だから悔しいと思わない。だから泣きたいと思わない。

私のこの「空を想う日記」は
こうして書き綴られてゆくのだ。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一