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18才の彼、28才の彼女。

うちの奥さんあてに電話がかかってきて、その電話を私がとったのだけど、その相手の女性のきれいな声を聞いていて、そのこととまったく関係なく、昔いたこんなアルバイトのことを思い出した。

あれはもう、かなり昔のことになる。ちょうど私がその店に転勤してきて初日だったと思う。私がそのアルバイトにある仕事の指示して、そのバイトがその作業を終わらせたあと、私はとても軽くこう言ったのだった。

「あ、やっぱりこうやり直して」と。
私の勝手な思いつきで、そう言ったとき
「なんすか、それって!いい加減じゃないすか!」と彼がひどく怒ったのだ。

今思えば彼が怒って当たり前だが、私も当時、かなり若かったものだから、それでお互いにケンカになった。”なんて生意気なヤツだ!しかも18才のくせに!”と。そう、彼はまだ18才だった。しかも高校中退。世間一般に言ういわゆる”落ちこぼれたヤツ”とその時の私は思っていた。(もちろんそれは正しくない。若かった私の偏見だ。)

でも、そんなゴタゴタがいろいろとあって、それから1週間経ったくらいのことだろうか?僕達ふたりは、気付けば夜中にドライブをしたり、飯を食いに行ったりするような仲になっていた。それは仕事の上司とバイトという妙な友達関係だった。

当時、どうして私が、歳の離れた18才の彼と親友になってしまったのか?それが不思議で仕方なかった。でも、彼には人を引きつける不思議な魅力があった。そんな世代じゃないくせに、ビートルズを溺愛していたり、彼が熱心に話す人生論には思わず耳を傾けてしまうほどだった。

高校はどうしても馴染めずに、彼は中退したらしいが、それは彼があまりにも大人だったからと私は思っている。彼には一般の高校生が持っていないような”自分”をすでに持っていた。私は彼のそんなところが、実はうらやましく思っていたのだ。

ある日のこと、彼は珍しくも照れながら私にこう話してくれた。

「実はオレ、付き合いはじめた彼女がいるんです」

大人の彼が、急に18才の少年に戻って、いつもは見せないような笑顔を私に見せてくれた。そんな彼の告白に私も思わずニンマリとしてしまった。そして、私はその彼女の名前を聞いて更にビックリしてしまったのだった。その彼女とは、同じ職場で仕事をしている28才のパートの女性だった。

彼女は実は、子供こそいなかったものの離婚の経験があった。でも、そんなことはひとつも感じさせないくらい、いつも明るい彼女だった。私は彼女とは、同じ部署だったこともあり、仕事でもプライベートでもいろいろと話をすることがあった。

もちろん、それは付き合っているとかじゃなくて、私にも当時付き合っている彼女(今の奥さん)がいて、いろいろと恋の相談に乗ってくれたりもしていた。彼女の助言は、いろいろな意味で私の悩みを和らげてくれるものだった。

そういえば、彼女(28才の彼女)とはこんな小さな思い出がある。ある日、彼女が夜、私に電話してくれたことがあった。たいした用事じゃなかったと思うのだけど、その電話を切る際に「また、電話してよ」って私が何気なく言ったとき「こらこら」って、まるで子供に説教するみたいに私に言ったのだ。

「なんで?」って私が聞くと「そう言う時はね、”今度は僕から電話するよ”って言うのよ。女はね、”電話するよ”って言われるほうがうれしいのよ」と笑いながら言っていた。

「へぇ、そんなものかぁ」と私は妙に感心をしたのを覚えている。

アルバイトの彼からその彼女と付き合いはじめたことを知らされた時、私は心からふたりのことを祝福した。似合いの二人だと思った。だけどある日のこと、私はつい、彼女に聞いてはならないことを聞いてしまったのだ。

「あまりにも歳が違いすぎるけど、どうして彼と付き合おうと思ったの?」

何気ない会話の流れの中でのことだったのだけど、言ってしまった後で私はひどく後悔をした。でも、それは出してしまった手紙のように、もう取り消すことは出来なかった。

そんな私の、とても慌てた気持を知ってか「あのね…」と彼女はゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。

「あの子がね、こう私に言ってくれたの。”僕はあなたが結婚していることを知って、ずっとこの気持ちを隠していました。でも、あなたが離婚したことを知った。それで僕は1年待とうと思った。それで1年が経った今、僕はあなたと付き合いたいと思っている。こんなこと、卑怯と思うかもしれない。でも、僕はそうしたかった…”と。

そう言われた時、私はあの子の言葉から、うまくは言えないんだけどこう、何か大切な気持ちというかそういうものを感じたの。確かに私が離婚してから好きだって言うのは卑怯かもしれない。フェアじゃないし、本当に好きなら結婚していようが、してなかろうが関係ないかもしれない。

でも、あの子はそれを素直に言ってくれた。私のことを心から想ってくれた。その彼の気持ちに何か大切なものが私の心に感じられたの。その時にはもう、年齢なんて私にはなにひとつ関係なかったの」

彼女は、自分の決心を、もう1度ひとつひとつ確認するように私に話してくれた。それを聞いた私にはもう、何一つかける言葉はなかった。ただ、一言「君も彼を好きになったんだね」と照れもなく私はそう言っていた。

その時の彼女の笑顔は、まるで初めて恋をしたような少女の顔だった。彼のことをよく知っている私にしてみれば、彼の不器用な優しさを、その言葉だけでみごとに見抜いた彼女に、私は心からうれしく思っていた。今思えば、ふたりのそんな心はとてもよく似ていたと思う。

それから私達は、3人で夜のドライブをしたり、楽しく食事したりした。でも、やがて私は、それを遠慮するようになった。いくら鈍い私でも、ふたりの邪魔にはなりたくなかった。

やがて私は転勤をしてしまい、更に長い年月が流れてしまって、いつしか連絡も途絶えてしまった。その後、ふたりがどうなったかは私は知らない。でも、どんな結果をむかえたとしても、あの時のふたりの大切な気持ちは消えることなく、ふたりの人生の中で輝きつづけるものだと私は思っている。

それにしても、こんな昔のこと、私はよく思い出したものだ。今ではとても懐かしくも大切な思い出になっている。

奥さんの友達からかかってきた電話は、奥さんがたまたま出掛けていたので、居り返し電話することを約束して私はその電話を切った。

今でも私は思うのだけど、私あての女性からのプライベートな電話では必ず「今度は僕から電話するよ」と言うように心がけている。ただし、今じゃ、奥さん以外に、私あてに女性から電話をもらうことはないので彼女のあの教訓は生かせないままではあるけれど。(まぁ、それがいいことか、悲しむべきことかは別にして。)

でも、彼女の言葉は、長い年月を経た今でもこうして、まだ、私の中で輝いている。やがてめぐりくる季節のように、それだけはきっと、何も変わることはないのだろう。

私の中では今もまだ、あの海辺を
ふたりが歩いているような気がする。
18才の彼と28才の彼女が、
何も変わらずあの頃のままで。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一