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「セラピスト」を読んで

このところ、軽い料理小説ばかり読んでいたので、久々の「読み応えのある本」でした。

この著者の作品で最初に読んだのは「絶対音感」。

読んだのはもうずいぶん前(下手したら20年くらい前?)。とにかく目からうろこの話が多くて夢中になって読みました。私自身は高校時代に合唱部だったのですけど、絶対音感がなくてずっと劣等感があったのです。当時この本を読んでいたら、もうちょっと気楽に音楽と向き合えたかもしれないのにーーー。

次に読んだこの方の作品は「青いバラ」。

膨大な取材をもとに書かれた大作なのですが、これまた夢中になって読みました。偶然、読んだ直後にこの本にも出てくるサントリーの青いバラ開発に携わった方とお目にかかる機会があって、妙に興奮してしゃべってしまった(若干引かれた)こともありましたねえ。

他にもたくさん著書はあるのになぜかご縁がなく、この本が3冊目ですね。

上の2冊とまるっきりテーマが違うのにはまずびっくり。絶対音感という「音楽界」も、青いバラという「バイオテクノロジー」も、それぞれまるっきりテーマが違うのですけどね。

何か一つのことを徹底的に調べて、その分野に詳しくなったら、その分野の中のことを書き続ける方が楽じゃないですか。テーマを変えてしまうとまた一から調べなくてはならないし。

なので、書ききった後はそのテーマに固執せずに、さらりと次の興味に移っていける軽やかさを尊敬します。

ドキュメンタリーの場合は膨大な取材をもとにストーリーを構築していくわけで、その構築の部分に著者らしさがあるとはいえ基本的には黒子です。ですが、本作では「著者本人」が重要な証言者として登場します。作品の中でもそのことに対する著者の迷いが書かれているし、あとがきでもそこから派生してしまった著者が望んでいなかった影響についても書かれているのですが、私自身はやはりその部分が読めてよかったと思います。だからこのテーマなのか、とか、だからここまで掘り下げて書くことが出来るのか、と納得ーーーというか、「すとんと腑に落ちた」感じがしました。

人間だれしも、いいことがあれば「やったー」と気持ちが上がるし、悪いことがあれば「しょんぼり」と気持ちが下がります。この「上がり下がりの幅」は個人差があって、私自身は「振幅が大きい方」だと思っています。私の周りにはあまり動じない人もいるので、不思議な気もするし、羨ましくもあります。

振幅が大きすぎて手に負えなくなったら、私もこの本に出てくるような「セラピスト」の門をたたくことになるのだろうか、と気軽に考えながら読み始めました。でも、想像していた以上に心の世界というのは複雑な階層構造で、そこに入り込むのはセラピストも危険なのですね。工事現場で働いている人の危険性は想像しやすいですが、セラピストの危険性を想像したことがなかったので、衝撃的でした。

「えー、心理とかチョー楽しそうじゃん」といって高校生が気楽に志す学問ではないのだなあ、としみじみ。多少なりとも心理学を学ぼうと思っている人はこの本を一読して、覚悟を決める方がいいかも。

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