短編小説『1mm法師』前編
僕は自殺している。
先ほど飲み込んだ毒薬のカプセルが胃の中で溶け始めるのを待っているのだ。
1Kのボロアパートの湿っぽいベッドの上で仰向けになり、僕はこれまでの人生にゆっくりと想いを馳せる。
27年という短めの人生だった。特に悲しいことも嬉しいこともなかった。……と、思い出す思い出もなかったと気づくのは早すぎた。
こんな感じで死んでしまうのか。それ、なんか怖いぞ。油に近いべっとりとした汗が額に浮かび始める。
「やっべ。やっちゃったよ」
と言ってももう遅い。
外から子どもたちの声が聞こえる。下校中の小学生だろう。甲高くてうるさい。
「すいませーん」
子どもがそう言っているのが聞こえる。しかもよく聞いてみると、子どもの声というよりも、金切り声といった方が正しいかもしれない。声がチクチクしている。それに子どもの声は窓のある左側から聞こえるが、キーキー声は右側から聞こえる。
「あなた、死にたくないですよね?」
キーキー声がそう言っている。死ぬ間際となると幻聴が聞こえるらしい。
「あのー、幻聴じゃないですよ」
僕は得体の知れない恐怖に死にたくなった。一刻も早く死にたい。それかもう僕は死んでいて地獄が始まっているのか。
「そのままで聞いてください。絶対動かないでくださいね。私1mm法師と申します。一寸法師の親戚みたいなものだと思ってくださればけっこうです」
「……はい」
「気味が悪いかもしれませんが、私は仕事でこちらに参りました。まず、もう一度伺います。死にたくないですか?」
「死にたいような死にたくないような複雑な気分です」
「かしこまりました」
「あの、どういうことでしょうか?」
「その回答は、『この不思議な現象から逃れたくて死にたいが、死ぬ踏ん切りがついていないのでやっぱり生きたい』という意味として受け取ることになっています。これはマニュアルに書いてあります」
「えーと、話が見えてこないんですが」
「私の言う通りにしてくだされば死ぬ可能性は限りなく低くなりますので従ってください。まずゆっくりと立ち上がって机の上にある紙に捺印してください」
僕は指示通りゆっくりと起き上がって机の前に座った。死ぬ前に掃除していたので、その紙がどれを指すのかわかったが、言われなければ1cm四方の紙くずにしか見えない。その紙にぐっと顔を近づけると、小さすぎて文字は判別できないが何かが書いてある。
「これは、私が万が一、業務中に命を失うことがあった場合、あなたが私の家族に賠償金を払うという契約を結ぶ書類になります。
まぁお待ちください。何をおっしゃりたいかはわかります。しかし最後までお耳をお澄ませください。
裏面にもご契約内容を記載しているんですが、こちらはあなたがもし自殺に成功してしまった場合、こちらから保険金をお支払いさせていただきます」
「え? 僕あなた方の保険入ってないし保険料も払ってないですよ?」
「これは、私どもの自信の表れです。かといって虚勢というわけではございません。万が一失敗した場合はきちんと払わせていただきます。そして、この保険は寄付で成り立っております」
「そんな寄付あったんですね」
「公共施設の池的なところに投げられた寄付です。
さて、ひも状のものはございますでしょうか?」
寄付の財源には引っかかったものの、取り急ぎ助かりたい。僕はひも状のものを探した。
「ていうか、ひも状ってどれくらいのサイズ感のことですか?」
「うどん、ですかね」
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