【青春小説】ボーイ・ミーツ・ガール #リュクスなクリスマス

【GIRL①】


手袋をし忘れた私の手のひらに、雪がひらひらと舞い落ちる。
コートに付着した雪は、そのまま溶けて水滴となり、私をしっとりと濡らしていく。

すっかり暗くなった頃、私たちはカフェを出た。

カフェのドアを開けた瞬間、冷たい空気がスッと私の頬に当たった。冷気を浴びてゾクッとしながら外を見ると、思いがけず雪が降っていた。

すごい降り方だ。
最初「えっ…」と驚いたけど、すぐに私は「きれいだなぁ…」と思った。

軒の外に出て、空を見上げる。
舞い落ちる雪が、白い花びらのように見えた。

「山本さん、そんなところにいたら風邪を引くよ。こっちにおいでよ。」
振り返ると、傘をさした大野君が、心配そうに私を見つめていた。

「えっ?相合傘? 私としてくれるの?」
私が目を丸くして声を上げると、大野君は恥ずかしそうに
「うん、もちろん。こっちにおいでよ。」
と言い、私の方に向かって広げた傘の半分を差し出す。

私は「うん…」と言って、大野君の傘の中にすっぽりと納まった。

傘を持っている大野君の腕が、私の肩先に少し触れる。
大野君の息遣いを真横で感じる。

私はドキドキしながらコートのポケットから手袋を出して、自分の手にはめていった。



今日はクリスマスイブ。
高校の終業式は数日前に済ませ、今は冬休みの真っただ中だ。

◇◇

事の始まりは、終業式が終わった日の夜。
無事に2学期が終わり、通知表を親に渡して「明日から冬休みか…」とホッとしたその晩に、大野君から私のスマホに連絡がきたのだ。

「クリスマスイブの日、空いてる?先輩のデートに付き合わされることになって、僕と一緒に出掛けてくれる人を探しているんだけど、山本さん、僕と一緒に映画に行ってくれないかな?」
そんなメッセージを突然もらい、私の胸はドキンと高鳴った。

先輩のデートとは、今、私の高校でビッグカップルと噂になっている藤巻先輩(通称・フジマキ先輩)と清瀬先輩のことらしい。

先輩たちが外でデートをするのに、二人っきりだと恥ずかしいから、それで大野君にも一緒に来てほしい…ってことだった。
変な要請だなぁと思ったけど、それで大野君が「自分のペア」として私に声をかけてくれたのだから、素直に嬉しい…と思った。


私は、以前、大野君が清瀬先輩に片思いしていたことを知っている。
だけど、清瀬先輩がフジマキ先輩と付き合うようになり、大野くんは清瀬先輩にフラれてしまったのだ。
そんな大野くんに片思いしていた私は、大野くんに思わず自分の気持ちを打ち明けてしまったのだけど、今は、その成り行きで「友達以上、恋人未満」に昇格し、時々、学校で気軽にお喋りできる関係になった。

だけど、こうして学校外で会おうと言ってもらえたのは、これが初めてだった。

◇◇◇

「雪、すごく降ってきたね。山本さん、寒くない?」
大野くんが私に話しかける。
大野くんが吐く息が白く染まっている。動く度に、大野くんの匂いが私の鼻元をくすぐる。

そんなに私を見ないで…。
私は恥ずかしさのあまり、うつむいたまま
「ありがとう。私は大丈夫。」と答えた。

そして、小さな声で「大野くんと一緒だから、全然寒くないよ…」とつぶやいた。


【BOY①】

 
あれは、2学期の終業式の日の放課後。
部室に顔を出した時のことだった。

この日は部活はなかったけど、帰宅する前に、ロッカーに置きっぱなしだった夏のジャージを取りに行ったのだ。

すると、部室には部長のフジマキ先輩もいた。先輩もロッカーの整理に来ていたようだった。何やら忙しそうにしている。
僕は、先輩に挨拶をしてから部室に入り、自分のロッカーを開けて、ぐちゃぐちゃのジャージを取り出し、自分のカバンの中に突っ込んだ。

無理やり押し込んだから、カバンがパンパンになり、すごく不格好で重たくなった。
そうだ…。僕はカバンの中に手を突っ込み、詰め込んだジャージの下から、飲みかけのペットボトルを引っ張り出した。これを飲み干して、ごみ箱に捨てて、荷物を軽くしよう。
僕はペットボトルの蓋を開けて、ごくごくとドリンクを飲み始めた。

…と、そんなとき、横で忙しそうにしていたフジマキ先輩が、急にかしこまった表情になり、僕の方を向いた。
そして、「大野、ちょっと頼みがあるんだけど…」
と、言い出した。

えっ?何だろう?

先輩が僕に頼み事だなんて珍しいなぁ…と驚く。
冬休み中の部活のことだろうか?
それとも、新人戦が近いから、そのことだろうか?

そんな風に言われると、僕もすごく気になるので、
「先輩、何かあったんですか?」
と答えた。

すると、先輩は、僕の近くにすーと寄ってきて、神妙な面持ちになり、真剣なまなざしで僕を見つめた。

ちょっといつもと違う雰囲気に、僕はドキドキしてきた。

何か重要なことだろうか?

変に緊張してきた。喉が渇く。
ドリンクを口に含む。

…と、そのドリンクを一気にグイっと飲み込もうとしたその時、先輩が僕の耳元でそっと
「お前、クリスマスイブの日は暇か?予定、空いている?良かったら俺と出かけないか?」
と、ささやいてきた。

この瞬間、僕は喉へと落ちる寸前だったドリンクを口からぶふぉー!と吹いてしまった。

「えっ?えええっーーー!?クリスマスイブって…。ゲホゲホ。先輩、まさか僕にデートの誘いですか!?」

驚きのあまり、口から鼻からもドリンクを噴き出した僕は、涙目になって先輩の方を見た。

フジマキ先輩は、こんな僕の過剰反応ぶりを見て「ヤベッ!」と焦った表情になり、
「いやいや、違う!違うんだ!俺はそっち系の気持ちは1ミリもない!」と必死に言い訳をし始めた。そして、
「いや、そうじゃないんだ。そうじゃないんだけど、でも大きく見れば、これもデートの誘いになるのかな?」
と訳のわからないことを言っている。

もう…何なんですか?先輩。
カバンからタオルを出して、グチャグチャになった自分の顔を拭いた。


こうして僕は、フジマキ先輩と2人きりの部室で、先輩の「クリスマスイブのお願い事」を聞かされた。



先輩の話によると、今度のクリスマスは清瀬先輩と過ごしたいんだけど、2人っきりでロマンチックな雰囲気を楽しむのが恥ずかしすぎて無茶なので、僕にも同席してほしい…ってことだった。

「はぁー?何ですか?それ。何で僕が先輩たちのデートに参加しなきゃいけないんですか?」
僕は呆れてしまった。

だって僕は、数か月前まで、フジマキ先輩の彼女の清瀬先輩に恋をしていたのだ。でも、この二人が付き合うことになり、僕は泣く泣く諦めたのだ。

でも、あの後、フジマキ先輩の公認のもと、僕は清瀬先輩と友達になり、時々、フジマキ先輩と清瀬先輩と僕の三人で時々会ってお喋りをする関係になった。憧れの清瀬先輩とは、今は「よき友達」として仲良くさせてもらっている。

しかし、これとそれとは話は別だ。

だって、「クリスマス」って、カップルにとって特別な日ではないか。
どうして、先輩たちの特別な日に、僕が参加しなければいけないんだ?
あまりに間抜けではないか?
そんなみっともないこと、絶対にできる訳がない。



僕は、フジマキ先輩に「いえ!それは絶対に無理です!清瀬先輩と2人で過ごして下さい!」と懸命に固辞した。
しかし、先輩は「頼む!大野。俺を助けてくれ!」の一点張りで、僕が参加することを絶対に曲げなかった。

そこまで言うのなら仕方がない。

熱々カップルのクリスマスデートに混ざるなんて、あまりに野暮だし、カッコ悪すぎて恥ずかくて死にそうだけど、ここまで先輩が願うのなら、僕は聞くしかない…と腹をくくった。

「わかりました…」
僕は仕方なく承諾した。

すると先輩は、ホッとして嬉しそうな表情になり、こんなことを言い出した。
「お前もさぁ、女の子と一緒においでよ。気になる子がいるって、前に言ってたじゃん。その子に声をかけて、ダブルデートにしないか?」

え?
ダブルデート?
そんなこと、全く頭になかった。

僕は「デート」というワードに胸がドキンと高鳴った。
その瞬間、僕の頭の中に山本さんの姿がぽっと浮かんできた…。

◇◇◇

そういえば、以前、フジマキ先輩と清瀬先輩と僕の3人でダベっていたとき、僕はクラスメートの山本さんのことを話したのだ。

山本さんは、僕が唯一、クラスで仲良くしている女の子だ。
そして、僕にコクってくれた女の子でもある。

しかし、あの頃の僕は、清瀬先輩にフラれたばかりで頭の中が混乱していて、彼女のことを受け止める余裕が1ミリもなかった。それで、彼女には「友達になろう」と伝えたのだ。

それから、彼女とは「同じクラスの友人」として仲良くしている。教室で喋ったり、宿題を見せてもらったり、テスト勉強の相談をしたり…等、いい友達でいる。

でも、そんなことをしているうちに、気がつくと、僕は山本さんを目で追うようになっていた。
彼女をそっと観察していると、今まで気づかなかったことをたくさん見つけてしまう。

それらは決して嫌ではなく、むしろ好感が持てることばかりだった。

彼女の仕草や口調。
笑うと柔らかい雰囲気になって可愛いところ。

どんな人にも分け隔てなく優しく接する姿勢。
ちょっと気が強いところ。

いつもきちんと折り畳んだハンカチをもっていること。
ノートに書かれた丁寧な文字。
授業中の真剣な目差し。

きれいに切られた爪とほっそりした手指。
きちんと手入れされた制服と大事に使い込まれたカバン。
彼女の髪につけられた髪留めの品のよさ。
…などなど。

そんな何でもない彼女の日常のシーンが、僕の心の中に「好感」となって積み重なっていく。いつの間にか、僕は山本さんのことを大切に思うようになった。

…とまぁ、そんなことも含めて、僕は山本さんのことを先輩達に正直に話したのだ。

この時、
「私、その子に会ってみたいな」
と清瀬先輩がつぶやいた。

◇◇◇

…あっ!

僕がハッとして顔をあげると、フジマキ先輩は目尻を優しく下げて僕に言った。

「山本さんだっけ?彼女に声をかけてみたらどうだ?」

部室の窓から差し込む日差しが、先輩の上半身を明るく照らしている。
先輩の笑顔につられて、僕は思わず「はいっ!」と答えた。


【GIRL②】


大野くんからクリスマスイヴのお誘いを受けてから、私は毎日「何を着ていこうかな?」「どんな髪型で行こうかな?」と、あれこれ考えてすごく悩んだ。

クローゼットの中の数少ない私服を眺めながら、どれにしようか…一生懸命に考えたけど、私の手元には可愛い服が一枚もなかった。

第一、今までの私は、地味でお洒落にも疎くて、思いっきり「子供」だったから…。
それなのに、好きな男の子から急に映画に誘われてしまい、今更、どう自分を装えばいいのか?さっぱり分からなくて困ってしまう。

だけど、大野君と一緒にいる時は、できるだけきれいで可愛い自分でいたい…。

だって男の子に誘われたの、生まれて初めてなんだもん。
人生初めてのデートだから、そして、好きな大野君だからこそ、彼に「誘って良かった」と言ってもらえるような自分でありたい…。

困り果てた私は、姉に相談してみた。

私より四つ年上の大学生の姉が、今ちょうど帰省していたので、姉に事情を話してみた。

姉は「わぁ!舞ちゃん、おめでとう!初デートのお洒落は私に任せて!」と喜び、私のスタイリストを申し出てくれた。

「ありがとう!お姉ちゃん!」
ちなみに姉は、高校生の時からお洒落が好きで、いつもきれいだった。私の自慢の姉だ。大学生になった今は、清楚なイメージのファッションで、ますますお洒落に磨きがかかっている。

そんな姉が、「舞ちゃんはこれが似合うと思うよ」と自分の服を気前よく貸してくれて、更に私の髪を可愛く整えて、軽くメイクもしてくれた。

「うん!これでバッチリね!高校生らしく爽やかで可愛いコーデとメイク。お姉ちゃんが完璧に仕上げてあげたからね!舞ちゃん、自信をもって出掛けておいで!」と私の背中をポンと押してくれた。

ありがとう、お姉ちゃん…。

鏡の前の私は、なんだか自分じゃないみたい。
なんだか恥ずかしい。
でも、一番可愛い自分を大野くんに見てもらえるのが嬉しくて、私は胸が高鳴ってきた。

◇◇◇

こうして待ち合わせの場所に行き、大野くん、藤巻先輩、清瀬先輩と合流した。

藤巻先輩と清瀬先輩、このお二人と間近で会うのは初めてだけど、どちらも「山本さん、こんにちは!今日はごめんね!一日付き合ってもらうけど、どうぞよろしくお願いします」と丁寧に私に挨拶をしてくれた。
すごく爽やかで温かい人たちだった。

フジマキ先輩と清瀬先輩が二人で歩く後ろについて、私と大野くんも並んで歩く…という感じ。だから自然と私と大野君が横に並び、何だか二人っきりで歩いているような形になる。

おしゃべりをしながら、私服の大野くんを私は横目でチラチラと見た。大野君の私服姿、初めて見たけど、とても素敵でカッコよかった。

こうして映画館まで歩く途中、大野君はさりげなく車道側に回ってくれたり、ちょっとした段差で私の手を引いてくれたり、これって「エスコート」って言うのかな?
そんな優しい仕草を大野くんにしてもらう度に、私は自分が「女の子」として大事に扱われていることを感じて嬉しくなり、胸がキュンとするのだった。

映画館までの道中、時々、先輩たちが後ろを振り返り、私たちのことを気にかけてくれる。
「大丈夫?私たちの歩くペース、ちょっと早いかな?」と清瀬先輩がさりげなく聞いてくれた。
私は「すみません。大丈夫です!」と笑顔で答えた。
清瀬先輩は「困ったことがあれば、遠慮なく何でも言ってね。」と優しい笑顔を私に向けてくれた。

清瀬先輩、キリッとしていて、とてもきれいな人だなぁ…。
女子の私でも、見つめられるとドキッとしてしまう。

大野君が先輩に惹かれるの、少しわかる気がした。


【BOY②】


山本さんをダブルデートに誘う時、僕はメッチャ緊張した。
だって、女の子をデートに誘うなんて、生まれて初めてのことだったから…。

でも、山本さんは嫌がらず、喜んで受けてくれた。
「よかった」
無事OKをもらった後、僕は緊張が解けてホッとした。

だけど、ちょっと待てよ。僕、何を着ていこう?

僕は私服をあまり持っていなくて、ほとんどがジャージかスウェットだ。こんなダサい格好でデートだなんて、恥ずかしすぎる…。

僕は頭を抱えた。

こんな時、僕はいつもフジマキ先輩に頼ってしまう。
山本さんからOKをもらった報告のついでに、僕は「何を着て行けばいいですか?」と先輩に相談してみた。

すると、先輩の従兄弟に美容師さんがいるそうで、とてもお洒落な人だから、この人に相談してアドバイスをもらったら?…という話になった。
先輩がその従兄弟さんに話を付けてくれるそう。
先輩の親戚の人だから、きっと良い人だろうな。
僕は嬉しくてワクワクしてきた。

次の日、先輩から教えられた美容室に行くと、先輩と少し面影が似ている20代後半くらいの男性が出てきた。
「君が、大野君?」
この人が先輩の従兄弟さんだった。

お店で従兄弟さんに髪をカットしてもらい、スッキリしてカッコ良くなった。
更に、着ていく服も見てもらった。
「大野君にはこれが似合うと思うよ。高校生らしく爽やかで、でもデートだから、少し大人っぽく落ち着いた感じで…」
従兄弟さんが選んでくれた服は、僕がコツコツ貯めたお小遣いでも買えるようなものだったけど、さすが、お洒落でカッコいい。今の僕なら絶対に選ばないスタイルのものばかり。でも、僕を大人っぽく頼れる感じに仕立ててくれる。
よし。これなら堂々と自信をもって山本さんと会える…と思った。

当日、従兄弟さんから教えてもらった通りに髪をセットし、一緒に選んでもらった服を着て、待ち合わせの場所に行った。
すると、もう山本さんは来ていた。

「ごめん、待った?」
と声をかける。でも、振り返った彼女を見て、僕はドキンとした。

いつもと違う雰囲気。
濃くて地味な色目の制服と違い、この日の彼女は、淡くて優しい色の服を着ていた。全体的にふわふわしていて可愛い。髪留めも、学校の時とは違い、服の色に合わせたもので、とてもよく似合っている。

顔の印象がいつもと違って感じられたのは、肌がきれいだからだ。
化粧をしているのかな?
山本さんの唇、ほのかにピンク色がかかり艶々している。

思わず「山本さん、かわいい…」とつぶやいてしまった。
やばい…。
僕は何を言っているんだ。
顔がカーと熱くなった。

じっと固まっている僕を、山本さんがまっすぐに見上げる。
山本さんと目が合う。

彼女も恥ずかしそうに頬を赤らめて、
小さく「大野君、かっこいい…」とつぶやいた。

うわー!恥ずかしい。メッチャ恥ずかしい。
こういう時って、一体どうしたらいいんだろう。何か言わなきゃ…と思うけど、気持ちがテンパってしまい、言葉が出てこない。
山本さんも、耳まで真っ赤になってうつむいている。

お互いに黙ったまま、気まずい空気を感じて焦っていたら、遠くから
「おーい!大野ーー!」と声がした。

振り返ってみると、向こうからフジマキ先輩と清瀬先輩が走って来るのが目に入った。
「ごめんー!少し遅れちゃったねーー!」
ハアハア息を弾ませながら、二人が近づいてくる。

先輩たちの姿を見つけたら、恥ずかしさでガチガチになっていた心がほどけて、緊張がスーと解けてきた。
このタイミングで来てくれた先輩たちに感謝し、心の中でそっと手を合わせる。

「こんにちは、山本さん。初めまして。今日は俺たちに付き合わせてしまってゴメンね。俺は藤巻と言います。こちらは清瀬さん。今日はよろしくね。」
と、フジマキ先輩が山本さんに声をかける。

「あっ!はい。こちらこそ、はじめまして…。山本舞といいます。よろしくお願いします。」
山本さんも先輩に慌てて挨拶をする。

藤巻先輩は、僕の耳元で
「山本さん、メッチャ可愛いじゃん。大野、頑張れよ!」と
ささやいた。

僕はまた顔がカーと熱くなった。
先輩の小声が山本さんの耳にも届いたみたいで、山本さんも真っ赤になってモジモジしている。

そこに清瀬先輩が割って入り、
「フジマキ、何それ?おじさんみたいなことを言わないの!」
とフジマキ先輩をビシッと一喝した後、
「ごめんね…山本さん。この人、ちょっとおじさんが入っているから。気にしないでね。」と笑った。そして「はじめまして、清瀬と言います。今日はよろしくお願いします。」と言い、爽やかな笑顔を僕たちに向けてくれた。

清瀬先輩の言葉に、山本さんがクスっと笑う。
「初めまして、清瀬先輩。こちらこそ、よろしくお願いします。」
彼女が頭をちょこんと下げ、またクスクスと笑った。

フジマキ先輩も、清瀬先輩に叱られた後なのに、何だか嬉しそうにニコニコしている。
僕も自然と笑顔になった。

こうして僕たちは歩き始めた。
先に行く先輩たちの後ろについて、僕たちも歩く。

だけど、僕たちはお喋りに夢中になってしまい、ついつい足取りがゆっくりになる。すると、先輩が立ち止まって振り返り、「おーい、大野。大丈夫か?」と声をかけてくれる。
「あっ!すみません!」と慌てて小走りに追いかける。
そんな時、山本さんをチラリと見ると、彼女もチョコチョコと駆け出しながら嬉しそうな表情をしている。
「よかった…」
彼女の楽しそうな様子を見て、僕は「彼女を誘って本当に良かった」と、心から思った。


【GIRL➂】


クリスマスイブだからだろうか?
映画館は結構混んでいた。

当日券を購入するとき、四人でかたまって座れる席が空いていなかったため、先輩たちとは別々に離れて座ることになった。

「じゃあ俺たち、あっちの席に座るから、終わったら、このロビーに集合な。」とフジマキ先輩は言い、清瀬先輩をエスコートして私たちから遠く離れた席へ行ってしまった。

ここから先、私と大野君は二人っきりになる。
ドキドキしてきた。
二人で並んで座り、映画が始まるのを待つ。
周りの人に気遣い、話しかける時は、お互いに相手の耳元で囁くように話す。なんだかくすぐったい。
こんなに大野君と顔を近づけて話すのは、初めてのことで、私はますますドキドキしてきた。

映画はとても良かった。あまりに良くて涙が溢れそうになった。
でも、泣いたら、お姉ちゃんがせっかくきれいにしてくれたメイクが取れちゃう…。私はハンカチで目頭をそっと押さえて、メイクを落とさないように気を付けながら涙をぬぐった。

私の横で、大野君も泣いているみたいだった。
でも、私に気づかれないように、そっと手で涙を拭いている。
私もわざと気づいていないふりをして、映画のスクリーンをまっすぐに見つめていた。

映画が終わり、ロビーに出ると、先輩たちが待っていてくれた。

先輩たちの近くに行くと、相変わらずクールな表情の清瀬先輩の横で、フジマキ先輩は目を真っ赤にして腫らし、グチャグチャの顔になっている。

「フジマキ先輩、どうしたんですか?」と大野君が驚いて聞いていた。

すると、清瀬先輩が「この人、映画の途中で感極まって号泣しちゃったのよ。」と答えた。

フジマキ先輩は「感動した!メッチャ良かった~!」と叫び、手に持っているタオルで、今も溢れ出る涙を必死に拭いている。

「先輩、こんな所にまでタオル持参ですか?」と大野君が呆れた表情で聞くと、フジマキ先輩は「俺は涙もろいから、いつもタオルを持ち歩いているの!」と言い、二カッと笑った。
清瀬先輩も、「うんうん、フジマキは涙もろいよね~」と言って笑っている。
そんなクールな清瀬先輩だけど、先輩の目じりにも、涙の痕があるのを私は見つけた。

こうして映画を見終わった後、今度はカフェに行くことになった。
名前は聞いたことがあるけど、まだ行ったことがないお洒落なカフェ。

そのお店の大人っぽい雰囲気に、まだお子様の私は、何だか場違いな感じがして気後れしたけど、「今日はクリスマスイブだから、行こう!行こう!」と勢いづいている先輩たちに押されて、私も大野君と一緒に入店した。

中は意外と空いていて、大きなテーブル席がちょうど空いていたので、そこに四人で座った。

「クリスマスだから、ケーキを食べよう!」
と先輩たちが言い出し、私も大野君もみんなでケーキセットを注文する。

先輩たちはドリンクに「コーヒー」をオーダーしている。さすが大人だなぁ…。お子様の私は、コーヒーが苦く感じられて飲めないから、代わりに「紅茶」にした。大野君はどうするのかな?と思ったら、私と同じ紅茶を頼んでいた。

ケーキを食べながら、先輩たちが面白い話をしてくれる。
フジマキ先輩が冗談を言い、それに清瀬先輩がクールな突っ込みをいれる…という感じなんだけど、それがすごく楽しくて私はたくさん笑った。

フジマキ先輩も清瀬先輩も、真っすぐで正直で、自分の気持ちを素直に話してくれる。そして、お互いに「感じること」「思うこと」を正直に伝え合っている。
こんな風にハッキリ言い合うのって、人目を気にして「嫌われたらどうしよう」とすぐに心配になる私には、なかなか勇気が要ることだし、そう簡単にはできないことだ。
そんな「私には難しく感じられてしまうこと」を、先輩たちはいとも簡単にやってのけてしまう。しかも、それが全然嫌味ではなく、また、険悪にもならず、とても良い雰囲気なのだ。
二人が話すと、その場がサッパリしていて気持ちがいい。
これって、きっと先輩たちはお互いに信頼し合っていて、相手と誠実に向き合っているからなんだろうな…と感じた。
あぁ、先輩たちって、とても素敵なカップルだなぁ。

この時、
私も、大野君とそんな関係になれるかな…。
そんな思いがポッと浮かんだ。

その瞬間、大野君と私が、目の前の先輩たちのように恋人となり、仲良く一緒にいるシーンがリアルに脳裏に浮かんだ。

きゃ…恥ずかしい。胸がドキドキしてくる。
でも、そうなったらどんなに素敵だろう…。


私の横に座っている大野君が、私が赤くなっているのに気づき、「どうしたの?」と小声で聞いてきた。更にドキッとする。
「ううん、大丈夫。何でもないよ。」と小声で答える私。

すると、清瀬先輩が、
「あっ!私、ちょっとお手洗いに行ってくるね。山本さんも一緒に行こう。」と声をかけ、私をトイレに連れ出してくれた。

私が赤くなったのを「トイレに行きたがっている」と思ったみたいで、それで清瀬先輩は気を効かせてくれたのだ。

偶然にもちょうどトイレに行きたかったから、先輩の心遣いに私は感謝した。

◇◇◇

洗面所で手を洗い、色付きのリップクリームを塗りながら、清瀬先輩は、
「初めてのデートの時って、トイレのタイミング、難しいよね。私も初めてフジマキと出かけた時、恥ずかしくて言い出せなかったのよね。」と言って笑っていた。

「ありがとうございます。何だか恥ずかしくて、言い出せないことがいっぱいで…。」
と私が言うと、清瀬先輩は、真っすぐな視線を私に向けて、
「みんなそうよ。それが普通よ。すごく恥ずかしいってことは、それだけ、大野君のことが好きだってことじゃない?」
と言った。
ストレートすぎる先輩の言葉に、私は意を突かれてドキッとした。

「あっ…。はい。そうです。私、大野君が好きです。」

思わず口から自然とこぼれてしまった自分の言葉に、私自身が一番驚く。

そんな私に対して清瀬先輩はニコっと微笑み、「でしょう?山本さんの顔に『好き』って書いてあるもん。バレバレよ。こういう時は、変に隠さない方が良いの。大野君に対しても、ちゃんと自分の気持ちに正直になってね。」とやさしい口調で言った。

「はい。ありがとうございます。正直に…ですね。」
「そう、正直に…ね。ありのままの自分で良いのよ。大野君は、山本さんのことをしっかり受け止められると思うから、変に自分を作らないでね。無理して背伸びしていいところを見せようとしないで、素顔のままでいればいいのよ。」

先輩はそう言ってニコっと笑った。
私もつられて笑う。心の奥から勇気がみなぎってきたように感じた。
なんだか清瀬先輩に背中を押してもらったみたい。
大野君への思いも含めて、私は自分に自信をもっていこう…と思った。



トイレから戻ると、フジマキ先輩と大野君が楽しそうに笑いながらじゃれ合っていた。この二人、本当に仲がいいんだなぁ…。

「もう!ちょっと!こんな所で何してるのよ~!」と清瀬先輩が二人を叱っている。甘噛みするような優しい叱り方。
そんな清瀬先輩を見て、フジマキ先輩はまんざらでもなく嬉しそうにしている。
素敵なカップルだなぁ…。
思わず笑みがこぼれた。


【BOY➂】


映画館を出た後、僕たちは先輩に連れられてお洒落なカフェに行った。
こんな大人っぽい雰囲気のお店、僕一人じゃ緊張して怖くて入れないよ。さすが先輩だなぁ…と思う。
席に着くと、僕たちはみんなでケーキセットを頼んだ。

ケーキとドリンクがテーブルに届くと、フジマキ先輩が、
「今から、俺たちのクリスマス会を始めます!」
と突然言い出し、清瀬先輩が「それって子供会みたい」と言ってツッコミを入れる。そんな二人のやり取りを見て、山本さんがクスクスと笑っている。
楽しそうにしている山本さんを見て、僕も嬉しくてニコニコしてしまう。

途中、清瀬先輩と山本さんがトイレのために席を立ち、僕とフジマキ先輩の男子が席に残った。彼女たちの姿が見えなくなったところで、フジマキ先輩が、
「山本さん、とってもいい子だな」
と言った。

僕は、思わず「はい」と答える。

そんな僕を見て、先輩はニコニコしながら、
「大野、彼女のことが好きなんだろ?」と聞いてきた。

直球ストレートすぎる一言に、僕はドキッとした。
言葉に詰まってしまい、目を丸くして先輩を見る。

「お前の様子を見ていると、顔に大きく『好き』って書いてあるんだよな。誰が見てもわかるよ。すごく好きなんだろ?」

先輩の言葉につられて、僕は思わず「はい」と答えてしまった。
「はい、僕、山本さんのことが好きです。」…と。

すると先輩は嬉しそうな表情になり、「よし。それを聞いて俺は安心した。上手くいくことを願っているぞ。」と言った。

そして、ふと店内の時計を見て、
「ここで俺たちはそろそろ帰るからな。あと、お前、ちゃんと彼女を家まで送ってやれよ。」と言い、二カッと笑った。

あっ・・・・。

僕はハッとした。
もしかして、このダブルデートは、僕と山本さんのために、先輩たちが一肌脱いてくれたってことなんですか?

…と、僕がそう言いかけたところで、先輩は、
「俺たちも、そろそろ二人っきりで過ごしたいからさ。ここで解散にしよう。」と言ってワハハと笑った。

さりげなく言っているけど、ここに至るまでの先輩の一連の言葉や行動の裏には、計り知れないほどの「気遣い」と「思いやり」があったのだ。そして「愛」も…。

そんな先輩の「壮大な心遣い」に気づいた時、堪らなく嬉しくなって、僕の心が幸せで満ち足りてきた。なんだか涙が出そうになった。
どこまでも温かくて頼もしくて、そして優しい…。こんな素敵な先輩と出会えたことに、僕は心から感謝した。

僕は、目じりの涙をそっとぬぐいながら、
「先輩、ありがとうございます。僕、先輩のこと、すごく好きです。」と言った。

「おいおい、まさか俺にコクっているのか?」と焦り出す先輩。

僕は「僕、マジで先輩のこと、大好きです。」と言い、先輩に飛びつこうとした。先輩は「おい、止めろー!まじヤバいって!」と言って抵抗している。
なんだかおかしくてケラケラ笑っているところに、清瀬先輩と山本さんが戻って来た。
「ちょっと!あななたち、何してるの?こんな所でやめてよー!またじゃれ合ってるの?」と、清瀬先輩が呆れている。
その横で、山本さんがまた面白そうに笑っていた。

◇◇◇

このすぐ後、フジマキ先輩が
「清瀬さんの門限が早いから、これで俺たちは帰るね。大野たちはゆっくりしてって。」
と言い、清瀬先輩と一緒に席を立った。その時、
「今日一日、俺たちに付き合ってくれたお礼だから」と、僕たちの分の会計も支払ってくれた。

帰っていく先輩たちを見送った後、僕たちは二人用の席へと移り、改めて違うドリンクを頼み、二人でゆっくり話をした。

僕たちは、温かい飲み物を飲みながら、今日の映画のことや先輩たちのこと、学校のこと、いろいろ語った。
学校の教室でお喋りしていた時とは違う雰囲気で、僕たちは懇々と話をしている。
制服を脱いで私服になり、一人の人間としてこうして向き合った時、山本さんと僕は、何でも分かり合える、心の近い存在だと感じた。
もっといろんな話がしたいし、もっと一緒に居たい。そして、もっといろんな山本さんを知りたい…。

二人で夢中になって語り合っていたら、あっという間に時間が過ぎ、もう帰らなくてはいけない時間になった。
「あっ!もうこんな時間だ。そろそろ出ようか…。」

僕たちは席を立ち、コートを着て、会計を済ませ、ドアを開けた。

すると、店の外はすごい雪。

「わぁ、すごく降ってるね!」
僕がビックリして声を上げると、ドアのところまで見送りに出てくれたカフェの店員さんも、「うわぁ~!本当だ。いよいよ降ってきましたね。」と驚いていた。そして、すぐさま、レジの横に立ててあった傘を取りに行き、「良かったら、これを使ってください。一本しかなくて申し訳ないのですが…」と僕に傘を貸してくださった。
「また今度、お店に来てくださったとき、返していただければ良いので…」と言葉を添えて。

僕は「ありがとうございます。」と御礼を言い、傘を受け取って外に出た。

先に店の外に出た山本さんは、雪の降るなか、空を仰ぎ、降り落ちる雪をじっと見つめて立っている。

傘をひらきながら、僕は思わず、
「山本さん、そんなところにいたら風邪を引くよ。こっちにおいでよ。」
と声をかけた。

ハッと振り返った山本さんが、傘を持っている僕の姿を見て
「えっ?相合傘? 私としてくれるの?」
と驚いている。その表情がとても新鮮で可愛くて、僕はドキッとした。

僕は恥ずかしい気持ちを抑えながら、
「うん。もちろん。こっちにおいでよ…。」と言い、山本さんの方に向かって、広げた傘の半分を差し出した。

すると、山本さんは、恥ずかしそうに「うん」とうなずき、僕の傘の中にすっと入ってきた。
そのしぐさがまた可愛らしくて、僕は愛しさで胸がいっぱいになった。


【GIRL④】


雪がしんしんと降るなか、私と大野君は一つ傘の下に入り、並んで一緒に歩いた。男子と相合傘をするのは生まれて初めてで、何だかドキドキする。

二人で同じ傘に入って歩くのって、結構難しいんだな…。

お互いの歩くペースが上手くつかめなくて、最初は少しぎこちなかった。だけど、そのうちに、大野君が私の歩幅に合わせてゆっくり歩き始めてくれた。

二人で同じ傘の中にいると、私たちだけすっぽりと時間が止まったみたいに感じる。
今日は大野君と一緒に居られて、いろんな話ができて、とても楽しかったけど、でも、このまま帰るのはちょっぴり淋しい。

だって、まだ大野君から大事なことを聞いていないから…。

デートはこれが最後なの?
もう会ってはくれないの?
そして…。
そして…。

たった一言なのに、それを言い出すのに勇気がいる。
聞きたいことは一つなのに、それを聞くのに勇気がいる。

でも、今言わないと、もう二度とチャンスは来ないかもしれない。
後で後悔しないために、今、勇気を出さなきゃ…。

「あのね、大野君…」
と私が言いかけた時、大野君も「山本さん…」と言い出した。

私は言いかけた自分の言葉を飲み込み、大野君の次に続く言葉に耳を傾けた。

「山本さん…、今日は僕に付き合ってくれて本当にありがとう。」

私も思わず「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。声をかけてもらった時、すごく嬉しかったし、今日はとても楽しかったよ。」と応えた。

すると大野君は、緊張した面持ちで、「うん、僕も今日一日、山本さんと一緒に過ごせてすごく楽しかった。」とうなずく。
それから、少し間をおいてから、私に「また、こうして会おうよ。二人で…」と言った。

「えっ?」と私が聞き直すと、大野君は意を決したように真剣な表情になり、「僕と付き合ってください。」と言った。

思わず立ち止まる私。
大野君も私に合わせて立ち止まる。

「僕、山本さんのことが好きです。僕と付き合ってください。」

そう告げると、彼は傘を持ったまま私の方を向き、私を見つめてきた。

私は、彼の視線を感じながら、小さく「はい」と答えた。
声が少し震えている。ドキドキする。

「私も大野君のことが好きです。」
そう言った瞬間、涙があふれてきた。

大野君は、私のこの言葉に緊張が解けたみたいで、ホッとした表情になり「ありがとう。よかった…」と嬉しそうにニコっと笑った。
そして、涙で濡れた私の頬を、手袋をした手でそっと拭いてくれた。

雪がしんしんと降り積もる。

クリスマスイブの日、私は生まれて初めて男の子から告白された。
それも世界で一番好きな彼から…。

私の大切な人。
初めての恋。

大野君の指のぬくもりが、手袋ごしに私の頬に伝わってきた。


【BOY④】


カフェを出た後、僕たちは一つの傘の中にすっぽりと入り、一緒に歩いた。
女の子とこんな風に相合傘して歩くのは、僕にとって生まれて初めてのことだから、最初はすごく緊張した。
傘を持つ手に力が入る。
彼女の歩くペースに合わせるのがちょっと難しくて、何度も自分のペースを落として調整した。

そして、なるべく彼女が濡れないように、傘を彼女の方へ…と多めに傾ける。

彼女を守りながら雪の中を歩くのに精いっぱいで、話をする余裕がない。

でも…。

今、言わなきゃ…。
自分の気持ちを、今、ここで伝えなきゃ…。
このタイミングで、今ちゃんと伝えないと、僕は後で絶対に後悔する…。

何度も行ったり来たりする彼女への思いを、今ここで落ち着かせよう…と腹を決めた。
勇気を振り絞って、彼女に声をかける。

…と、その時、同じタイミングで、山本さんも話し始めた。
「あのね、大野君…」と彼女が放った言葉の上に、僕も「山本さん…」と言葉を重ねてしまった。

でも、ここは僕が言わなきゃ。

ここは彼女に言わせちゃダメだ。

僕が先にキチンと言わないと…。

僕はそのまま止めないで言葉を続けた。
「山本さん…、今日は僕に付き合ってくれて本当にありがとう。」

山本さんは「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。」と言い、「声をかけてもらった時、すごく嬉しかったし、今日はとても楽しかったよ。」と優しい声で応えてくれた。

「うん、僕も今日一日、山本さんとこうして一緒にいて、すごく楽しかった。」…と言ったところで、僕は息を大きく吸った。

さぁ、勇気を出せ!

「また、こうして会おうよ。二人で…」

山本さんが「えっ?」と声を上げて、僕を見上げた。

僕はまたもう一つ、息を大きく吸った。
覚悟を決めた。

「僕と付き合ってください。」

山本さんの足が止まる。
僕も彼女に合わせて、足を止めた。

最後までちゃんと伝えよう、僕の気持ちを…。
正直に素直に。
ありったけの思いを込めて。

「僕、山本さんのことが好きです。僕と付き合ってください。」

そう告げて、僕は彼女をまっすぐ見つめた。

山本さんは、目を潤ませて「はい」と答えた。
心なしか、彼女の声が少し震えている。僕もドキドキしてきた。

「私も大野君のことが好きです。」

その瞬間、彼女の目から涙があふれ出てきた。


メリークリスマス。

今日のこの瞬間を、僕は一生忘れないだろう。

しんしんと雪が降りしきる。
聖なる夜。

彼女の頬をつたう涙を、僕はそっと指先でぬぐった。
僕の手袋を濡らした彼女の涙は、とても温かく優しかった。


◇◇◇

【おわり】


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