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【創作小説】コクるときは 刻々と近づく⑧

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由奈は、しくしく泣いていた。
(あなた、変わりは 無いですか〜)。
心のなかで、都はるみの曲が流れる。編み物でなく、縫い物をしながら。

由奈のすきな 翔くんは、由奈の焼いたお菓子をすっかり「綺羅がつくったもの」と、勘違いして、今、綺羅と仲良くしようとしている。

今、綺羅は 追いかける翔くんを防戦一方だが、なんとなく押され気味。
翔くんは、もしかして前から綺羅が好きだったのか?

しくしく、しくしく……。

ちくちく……、ちくちく……。
由奈は、いつのまにか、縫っている布の下のほうの自分のスカートまで縫ってしまっていた。「巻き込み縫い」だ。

(あ……)

だいじなスカートまで……。
由奈、涙がぶわーっと出る。
その手のうえを、いつかのフタホシテントウ。
(恨んじゃダメ。恨んじゃダメだよ、由奈。翔くんも、綺羅も、誰も恨んじゃダメ)。
由奈は、フタホシテントウを見ながら心のなかで繰り返す。ぽろぽろ涙が出る。

由奈は、自分の幼稚園時代を思い出していた。
自分が、隣の席の男の子をバシバシ叩いている。

その子は、翔くんだ。

翔くんは、朝、中学校へ向かって登校していた。近所の家の庭からは、所々から沈丁花のにおいがする。
ふうん、といい匂いがする、この春が翔くんは、すきだった。
なんとなく、綺羅を思い出して。

翔くんは、綺羅のことが、なんとなく気になりだしていた。
シュークリーム事件のとき、涙を流しながら、罰のノートを書いていた綺羅……。

(たぶん、このお菓子類、そのときのお礼なんじゃないのか? 綺羅ちゃんからの)

放送部の連中は、毎朝部室の前に積み上げられる手作りのお菓子類を 綺羅からのものだと推測していた。
こないだ綺羅に訊いたときは、綺羅は否定したけど、それは照れ隠し? ほんとは、どうなの?

翔くんは、うつむきがちで歩いていく。そして、何故か思い出した。なんの脈絡もなく。幼稚園時代のいじめっ子。

翔くんを、毎日バシバシ叩いていた、元気女子。

翔くんは、そのせいで当時 登園拒否に陥っていた。
(なんで、こんなこと思い出したんだろう? )
そういえば、あの登園拒否の頃もこの沈丁花のいい匂いが ふうん……、と漂っていた。

あのとき……。

あの子の焼いたクッキー、まずいって言っちゃったんだよな、あの子 幼稚園児なのに、初めてクッキー焼いたのに。おいしい、って言ってあげられなかった。僕も悪かったな。あの子、それでもメゲないでお菓子作り頑張ってやってたな……。今じゃ、……。

ほんとは、綺羅よりうまい噂だ。ほんとにお菓子を食べた者の噂では、そうだった。

その子は、由奈。


             つづく


©2023.10.26.山田えみこ

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